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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第6章:現世へ

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【第3話】

「ハンカチは持ったか?」


「持った」


「筆記用具は?」


「君から借りた鉛筆えんぴつが」


「知らない人には?」


「ついて行かない」


「よし、試験頑張ってこい」


「私は子供か?」



 試験当日、オルトレイから忘れ物の確認と現世にける注意事項を直々に受けていたキクガは、その扱いに不満を覚える。

 まるで初めてのお使いに子供を行かせる親のように、あれこれと子供じみた注意事項を繰り返してくるのだ。相手がすでに30代も半ばを過ぎたいい大人であることを理解してほしいところである。


 オルトレイは「何を言うか」と呆れたように言うと、



「お前は冥界の仕組みだけではなく、現世げんせの事情も知らんだろう」


「それはそうだが」


「そんな訳だからお子ちゃまみたいにあつかうのだ。観念かんねんしろ」


「普通に言ってほしい」



 別に子供扱いをしないでも、ちゃんと注意事項を聞くぐらいはする。キクガは自分に絶対の自信を持って行動するような愚か者ではなく、他人からの指摘もきちんと受け止めることが出来る人種なのだ。

 それに、この世界がまだ不慣れであるのは自覚がある。変に行動をすればまずいことになるに違いない。この世界では自分の常識など通用しないことの方が多いのだ。


 オルトレイも「まあそれはそうか」とちゃんと理解を示してくれ、



「ではお子ちゃま扱いは止めて、普通に言おう」


「頼む訳だが」


「とはいえ、気をつけるべきは1つだけだ」


「少ない」



 注意事項が1つだけだとは拍子抜けである。今までの確認事項は何だったのかと聞きたくなる。



「現世での注意すべきところは『死者と知られてはいけない』だ」


「そうなのかね」


「死者が現世を訪れることは出来ないからな。そもそもあの世とこの世を行き来する壁を越えられる手段が存在しない。存在するのは冥府転移門めいふてんいもんぐらいのものだろうが、現状使えるのはお前ぐらいしかいないからな」



 オルトレイはそこまで説明してから「それに」と言葉を続ける。



「法律がまだ制定されていない。死者が現世に出かけることが出来る法律がないので、もし死者が現世にいると知られれば地獄に叩き落とされる」


「何故」


「脱走したと認識されるのだ。地獄は巨大な監獄かんごくみたいなものだからな」



 キクガは納得したように頷いた。理に適った説明ではあるが、まあ1人で知らない場所に行くのは不安を覚える。

 だが仕方がない。死者が現世に出かけることが出来る法律が制定されていない以上、余計なことをして怒られるのは避けるべきだ。冥界の立場はただでさえ悪化しているのだから。


 オルトレイは肩をすくめ、



「本当ならばついて行ってやりたいのだが、俺は不幸なことに有名人でな。多くの人間が俺の死をいたんだので、俺の死者認定は覆らない」


「その点、私は異世界人だから死者だったとしても誰にも気づかれないと」


「そういうことだ」



 キクガの言葉に、オルトレイは鷹揚おうようと頷いた。



「お前が死者と明かしていいのは、中央魔法裁判所の裁判官であるルージュ・ロックハート女史だけとする。あの魔女は冥界の事情を知る唯一の裁判官だからな、不正は許さないが便宜べんぎは図ってくれるだろうよ」


「現世では彼女を頼ればいいかね?」


「そうだ。連絡は俺からすでにしてあるから安心しろ。そしてこれが最大限の注意だが」



 オルトレイは厳しい表情で、キクガの鼻先に人差し指を突きつけてきた。



「極力、冥府天縛めいふてんばくは出すな」


「何と」


「冥界を代表する神造兵器レジェンダリィだからな、それは。1発で冥界の関係者ということがバレてしまう。まあ簡単にはバレないだろうが、世の中には頭のいい奴は大勢いるからな」



 キクガは驚愕きょうがくした。自分の最大限の武器である冥府天縛めいふてんばくを封じられるとなったら、もはや拳でしか対抗手段がない。最悪の場合、オルトレイから借りた鉛筆が血に染まる可能性もある。

 死者が現世に出かけてはいけないというのはなかなかに面倒なものだ。いつか上層にのし上がった際には、絶対にこの関係の法律をどうにかしようとキクガは心に決める。


 オルトレイはキクガの背中を叩き、



「あとは成せばなる、だな。お前は冥府書記官めいふしょきかんの資格に適している。存分に力を発揮してくるがいい」


「ああ、行ってくる訳だが」



 オルトレイに見送られつつ、キクガは虚空こくうに呼びかける。



冥府転移門めいふてんいもん



 すると、キクガの目の前に白い門が音もなく出現する。


 それは巨大な骸骨がいこつに支えられた門だった。扉の両側を骨格標本張りに見事な骸骨が支えており、扉の表面は隙間なく人骨が使われているようだった。どことなく不気味な扉である。

 骨で構成された真っ白な扉が、ゆっくりと開いていく。扉の向こうは先も見通せないほど暗い闇がわだかまっていた。この先に足を踏み出すのを躊躇ためらいもするが、諸々の不安を飲み込んでキクガは冥府転移門めいふてんいもんの向こう側に飛び込んだ。


 背後でバタンと扉が閉まると同時に、景色がパッと切り替わる。



「……おお」



 思わず声がれてしまっていた。


 先も見通せないほどの暗い闇がキクガを包み込んだと思えば、次の瞬間には国会議事堂もかくやとばかりの立派な建物が目の前に鎮座していた。青い空になびく旗には天秤てんびんの紋章が刻印されており、そこがどういう場所であるかと告げている。

 耳朶じだに触れる賑やかな声の群れ。さりげなく周囲に視線を巡らせると、色とりどりの衣服を身につけた人々がキクガの横を通り抜けて建物の中に吸い込まれていく。よく見ると、建物を取り囲む柵に看板が出ていた。


 看板には『冥府書記官めいふしょきかん 試験会場』とあった。



「ここが現世か……」



 しみじみとつぶやくキクガの言葉は、現世のにぎやかな雑踏に掻き消された。

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