【第5話】
冥王台帳を探そうと思ったら問題が発生した。
「整理整頓されていない……」
無数とも呼べる巨大な書架を見上げ、キクガはため息と共に呟いた。
自分の身長よりも高い、それどころか天井にまで届かんばかりに巨大な本棚に書籍が隙間なく詰め込まれているものの順番がおかしい。題名順になっていないのだ。せめてアルファベット順とかにしてほしいのに、名前がしっちゃかめっちゃかに詰め込まれている。
そんな状態で目当ての人物の冥王台帳を見つけるのは至難の業だ。砂漠の中で落とした砂金を探すような作業である。オルトレイたちが懸命に時間を稼いでくれているが、果たしてその間に見つかるか。
とりあえず背表紙を確認してアッシュの名前を探すキクガだが、
「ふあぁ、こんな時にわざわざ受信機の調整なんてしなくていいだろ」
「呵責開発課も空気が読めないよな」
「ッ」
急に別方向から声が聞こえてきて、キクガは慌てて書架の影に隠れる。
見れば、記録課の獄卒たちが両腕いっぱいに書籍を抱えていた。それらを整理することなく雑な手つきで床に投げ捨ててから、文句を垂れつつ立ち去る。この記録課には元の場所に戻すということを知らないのだろうか。
足音を立てずに床へ投げ出された書籍を拾いに行くキクガ。素早く題名を確認するも、やはり目当ての人物は見当たらない。
「ここはまだ生きている人たちのものだろうか……」
記録課が運搬してくるということは、今日現在まで生きている人たちの記録をつけていたということだろう。アッシュはすでに故人となっているので、もっと記録課がやってこないような場所に保管されているのかもしれない。
キクガは静かに身を翻すと、本棚の間を縫うようにして部屋の奥を目指す。奥へ進むごとに獄卒の姿はいなくなり、本棚に詰め込まれた冥王台帳が古びたものが多くなってくると記録課の獄卒は1人もいなくなっていた。やはり部屋の奥までは記録課の獄卒も来ない様子である。
試しにその辺の本棚から冥王台帳を抜き取って、中身を確認する。出生地、どのような出産だったか、両親はどんな人物か、どのような幼少期を過ごして学生時代を通過して結婚して子供を産んでという過去の出来事が事細かに記載されていた。しかも見たところ、手書きの文字である。この時代ではオートマチックライターなどという優れた仕事道具は開発されていなかったのかもしれない。
そして最終ページには、
『冥王の判決、煉獄行き。軽度の呵責を経て天国へ』
この人物は生前の過程で軽度の罪を犯し、そして煉獄と呼ばれる場所で軽度の呵責を受ける判決を下された。地獄で苦しむ罪人たちと比べればさしたるものでもないだろう。
最終的な冥王の判決まで書かれているということは、この冥王台帳の人物はすでに死んでいる。やはりこの辺りからすでに死んだ人間たちの冥王台帳となっているようだ。
これなら探せそうだ。やはり整理整頓はされていないので時間はかかりそうだが。
「よし、まずはこの辺り」
キクガはアッシュの冥王台帳を探そうと周囲の書架に視線を巡らせ、それからはたとその視線が止まる。
視線の先にあったのは、1冊の古びた冥王台帳だった。埃を被ったそれには、見知った人物の名前が記載されている。
アッシュのものではない。別の人物の名前だった。
オルトレイ・エイクトベル。
「…………」
自然と、キクガの指先がその埃を被った冥王台帳を抜き取っていた。
興味があった。あの博識で面倒見がよく、闊達で豪放磊落な性格をした魔法使いがどのように生きてどのように死んだのか。それはきっと子供や孫に囲まれて穏やかな最期を辿ったことだろう、とタカを括っていた。
実際はその通りではなかった。
『冥王の判決、第8刑場行き。魔獣食いの刑に処される』
最下層の刑場より、1歩手前。
その刑場に送られる罪人は、悪い魔法を開発・行使した魔法使いや魔女ばかりだとされる。世界を滅ぼさんと画策し、あるいは実行した大犯罪者たちの巣窟。
そこに、オルトレイが落とされていたなんて。
「馬鹿な。彼ほどの魔法使いが、かつて罪人だと?」
キクガは驚愕した。
もしかしたら、いい人に見えていただけなのかもしれない。外面だけ取り繕うのが上手い人間はどこにも存在する。異世界にも存在しないとは限らない。詐欺師の如く善人の皮を被り、他人に擦り寄ってくる邪悪な犯罪者だったのだ。
キクガは彼の表面しか知らない。一緒にいる期間が短いからだ。きっと、もしかしたら、キクガはオルトレイの何かしらの計画に利用されているかもしれない。
だが、それでも。
それでも、だ。
オルトレイ・エイクトベルが第8刑場に落ちるほど、極悪な罪人だとは思えない。
「…………」
だからキクガは、オルトレイの歴史の1ページ目に指をかけた。
糊がパリパリと音を立てて剥がれていく音を聞きながら、かの魔法使いの生涯を記した冥王台帳を開こうとして。
直後に、怒号を聞いた。
「何故ここにいる、オルトレイ・エイクトベル!?!!」
「見て分からんか、お前の目は節穴のようだなァ!!」
キクガの指が止まった。
おそらく、記録課に呵責開発課が乗り込んだことをどこかの獄卒が漏らしたのだろう。そしてその行動を怪しんだ冥王第一補佐官がわざわざ足を運んできたのだ。
面倒なことこの上ない。家探しをされれば確実にキクガの所業が明るみに出る。今回の件は完全に私情なので、罰されれば反論材料を持たないまま追い出される羽目になりかねない。
「…………チッ」
忌々しげに舌打ちをしたキクガは、仕方なしに冥王台帳を元の本棚に戻した。
作戦は一時中断である。
まずは、あの喧しい冥王第一補佐官を黙らせなければならない。




