【第3話】
捕獲して来た小さな狼たちを、とりあえず呵責開発課にて保護である。
「はい、顔を拭きなさい。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな訳だが」
「むいむいむい」
「次は君だ。大人しくしていなさい」
「はあい」
ハンカチで小さな狼たちの顔を丁寧に拭いてやるキクガ。「食べられる」とか「怒られる」とか散々騒いでいた2匹は、今やすっかり大人しくキクガのされるがままになっている。
その様子を、呵責開発課所属の獄卒たちは微笑ましげに眺めていた。アヤメなどは自分が保管していたおやつをいそいそと取り出してくるなり、小さな狼たちに差し出して食べさせている。表情もデレデレしていた。可愛いのは理解できる。
一方で、歓迎していない獄卒が1人。課長のオルトレイである。
「アンドレ、エリザベス」
「ぴい」
「ぴゃあ」
小さな狼たちの名前を呼んだのか、人名が聞こえたかと思ったら2匹の狼たちが急いでキクガの背中に隠れた。それから様子を伺うようにぴょこりと顔を覗かせる。どうやらオルトレイは、この2匹の狼を知っているらしい。
「どちらがどちらだね?」
「赤いツナギの方がアンドレ、青いツナギの方がエリザベスだ。双子の狼の獣人でアッシュの娘と息子」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるオルトレイは、
「またかかに内緒で脱走してきたのか。ととに見つかったら大目玉を食うぞ」
「うう〜」
「でも〜」
アンドレとエリザベスと呼ばれていた双子の狼は、しょんぼりと耳と尻尾を垂れさせながら言う。
「にちゃ、いない」
「にいちゃ、さがすの」
「またそれか」
オルトレイは深々とため息を吐いた。「何度も言うが、無理だと言っておろうに」と小さく呟いたのを、キクガは聞き逃さなかった。
「何故、無理だと?」
「どこにいるか分からん。生きているのか、死んでいるのかさえな」
作業机に投げ出されていた煙草の箱を掴み、表面をトントンと指先で叩くオルトレイは無理だと語った理由を語る。
「俺たち獄卒は、そう言った死者の情報がもらえんのだ。守秘義務だ何だと屁理屈を捏ねて、冥王裁判課と人間のあらゆる生前の情報を記録・管理する記録課の連中が渡してこない。だから調べようがない」
「また冥王裁判課か」
「それも今回の件は記録課も関わっている。記録課は裁判記録も保管しているからな、冥王裁判課の連中の言いなりだ」
オルトレイは「全く、現場が混乱するだろうに」と呆れた様子で呟いた。
記録課とやらがこの世に生存する人々の記録を独占しているのは、まあ妥当な判断だとは考える。何せいわゆる個人情報である。個人情報は簡単に明かしてはならないし、守秘義務を訴えるのも理解できた。
ただ、守秘義務にも限度はあるだろう。せめて罪人が犯した罪の内容と経緯ぐらいは現場まで下ろしてもらわなければ困る。オルトレイの言い分も尤もなところではある。
ただ、今回ばかりは仕事が理由ではない。おそらく個人情報の閲覧は不可能だろう。
「にちゃぁ……」
「にいちゃぁ……」
「う」
アンドレとエリザベスのしょんぼりとした姿を見ると、キクガはどうしようもなくなってしまう。
だって可哀想ではないか。彼らの言う「にいちゃ」や「にちゃ」――つまりこの2匹の幼い狼たちは今もどこかにいる兄に会いたいのだろう。危険を冒してまで兄に会いたいとは、素晴らしい兄弟愛ではないか。
少し悩んだ末、キクガは幼い狼たちにこう提案した。
「私が君たちの兄の所在を探ってこよう。だからアッシュ――お父さんと一緒にお家に帰れるかね」
「おい、キクガ。お前は自分の言っていることが分かっているのか?」
オルトレイは咎めるような視線をキクガに送り、
「呵責の業務に必要な事項ならばまだしも、今回のこれは完全に私用目的だ。個人情報の流出として処罰される可能性があるぞ」
「オルト、君に異世界の格言を教える訳だが」
キクガは真剣な表情で、キッパリと、至って真面目にこう言った。
「『バレなければ犯罪ではない』」
「戯け、いや本当にそれを考える奴は阿呆としか言いようがないが!?」
オルトレイはぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き毟る。獣のような唸り声を漏らし、それに反応をしたアンドレとエリザベスが遠吠えで合わせ、呵責開発課の作業場がなかなか混沌としてきた頃合いに、聡明な魔法使いが判断を下す。
「俺も行こう。あと3人ぐらい協力しろ。責任はキクガに取らせる」
「オルト」
「クビを承知で協力するのだ。責任ぐらい取ってもらわなければ割に合わん」
ガチャガチャと作業机に投げ出されていた工具を工具箱へ雑にしまいつつ、オルトレイは「よっこいせ」と椅子から立ち上がった。
「記録課で使用している機器の修理は呵責開発課が担っている。久々に俺が復職したからな、それを理由にして潜り込めば何とかなるだろう。どれほど時間が稼げるか分からんが、修理している時間でアッシュの情報を探せ。そうすればそこなおチビチビズの兄の情報が載っているだろうよ」
「任せてほしい訳だが」
オルトレイから作戦の概要を明かされ、キクガは真剣な表情で頷いた。
クビになりかねない状況だと言うのに、囮という危険な行動を買って出てくれたのは非常にありがたい。キクガ1人で潜入するとしたら記録課の獄卒を捕まえて脅すしか方法はなかった。
キクガはアンドレとエリザベスの小さな頭を撫でてやり、
「ここでお兄さんやお姉さんたちと一緒に待っていなさい。必ず見つけてくる訳だが」
「ありがと」
「とぉ」
アンドレとエリザベスの期待するような眼差しを受け、キクガはオルトレイに連れられて呵責開発課の作業場を後にするのだった。




