【第2話】
さて、どこを探したものか。
「とりあえず、まずは子供が入り込みそうな箇所……」
冥府総督府に侵入を果たした子供が行きそうな場所を探し、キクガは広大で薄暗い城の中を彷徨っていた。
職場に子供が侵入するような経験がないので、果たしてどこから探したものかと見当がつかない。さらに言えば、キクガはまだ冥府総督府の全域を知らないので探す場所に見当がつかないのは当然のことと言えた。
とりあえず当て所もなく冥府総督府内を彷徨っているが、これで見つかるとは思えない。どうやら知り合いらしいオルトレイに探すコツを教えてもらえばよかった。
「む」
考え事をしながら彷徨っていたのが仇となったのか、どうやら変な場所まで迷い込んでしまったことにキクガは気づいた。
周囲に生活音や話し声は全くなくなり、寂れたベンチと錆びついた灰皿がポツンと立っているだけの静かな空間に行き着いた。屋根はなく、いつのまにか屋外に出ていたらしい。冥府総督府の裏手は獄卒たちの憩いの場にでもなっているのだろうが、今は利用者がいないので心臓の鼓動すら耳で拾えてしまうのではと錯覚するほど静謐に満たされていた。
周囲を見渡してもキクガ以外の人物はおらず、当然ながら子供の姿も見当たらない。考え事をしながら歩き回っていたキクガが全面的に悪い。本格的に冥府総督府で迷ってしまったら、オルトレイに迎えにきてもらう他はなかった。
「とりあえず引き返す訳だが」
元来た道を辿ればどうにか出来ると考えたキクガは、くるりと身を翻す。
「えりぃ、いたぁ?」
「ないよ」
「そっかぁ」
「うん」
ゴミ箱に、色違いのツナギを身につけた小さな2匹の狼が頭を突っ込んでいた。
「…………」
見間違いではないか、とキクガは目を擦ってもう一度確認してみる。
赤色のツナギを身につけた灰色の小さな狼が、もう1匹の狼を持ち上げてゴミ箱の中を漁らせている。ゴミ箱の中に頭を突っ込んだ小さな狼は、ポイポイとゴミを放り捨てながら何かを探している様子だった。
どちらもアッシュと同じく二足歩行をする狼である。人間のように振る舞い、人間のような思考回路を持った異世界特有の種族――獣人だ。アッシュ本人やオルトレイからの講義でキクガも色々と学んでいる訳である。
目当ての人物を発見できたのならば話は早い。キクガは早速とばかりに2匹の小さな狼たちに歩み寄る。
「君たち」
「「ッ!!」」
2匹揃って息を呑んだ。
ゴミ箱に頭を突っ込んでいた方の狼の足を離してしまった影響か、青色のツナギを身につけた狼がゴミ箱から滑り落ちて尻餅をつく。頭にはバナナの皮が乗っかっており、尻餅をついた衝撃でポトリと彼らの足元に落ちた。
2匹の小さな狼たちは、その大きくつぶらな銀灰色の双眸に涙を溜め始める。恐怖のあまりぷるぷると震え出していた。おかしい、話しかけただけで警戒されているし何なら怖がられている。
キクガが話しかけようとした途端、2匹の狼は互いの手を取り合うとすぐさま身を翻して走り出した。
「ぴゃあああああ〜!!」
「あん、みっかっちゃったよ」
「にげよ、えりぃ!!」
「あ」
見た目の年齢からして2歳か3歳そこらのはずだが、逃げる速度があまりにも速すぎた。あっという間に遠くへ逃げてしまう。
「待ちなさい」
制止を呼びかけたキクガが右手を掲げると、じゃらりと音が耳朶に触れた。
「冥府天縛、彼らを痛めつけない程度で拘束を」
右手に寄り添うように出現した純白の鎖、冥府天縛を引っ張りつつ命じる。
果たして冥府天縛は、キクガの命令を完璧に遂行した。
あっという間に遠くへ逃げ去った小さな2匹の狼だが、胴体に巻き付いた純白の鎖によって行動を阻まれてしまう。見た目はまるで犬の散歩である。リードの如くピンと伸びた純白の鎖を引っ張ると、小さな狼たちも一緒に引き摺られてくる。
かくしてキクガの前まで引き摺られてきた狼たちは、饅頭のように地面に伏せてぷるぷる震えていた。
「たびらりちゃう、たびらりちゃうう」
「ぴいいいい」
「食べない訳だが」
地面に伏せる狼たちの前に膝をつき、キクガはポンポンと彼らの背中を撫でる。
「顔を上げなさい。大丈夫、怖いことはしない訳だが」
「ほんと……?」
「たびない……?」
小さな狼たちは、ゆっくりと顔を上げた。鼻水と涙で顔面がぐちゃぐちゃであるが、愛らしい顔立ちはどこかアッシュと似ているような気がする。というか多分、瓜二つである。
「私は君たちのお父さんとお友達で」
「ぴゃああああ!!」
「ととにおこらりる!!」
自己紹介したらとんでもない事故を引き起こしてしまった。
よく考えれば、冥府総督府に両親に内緒で忍び込むぐらいである。やんごとない事情があるに違いなかった。それも、他の大人はおろか両親にさえ打ち明けられない事情が。
あわあわとキクガは慌てて、
「言わない、言わないから。だから泣き止んでほしい訳だが。えと、ほら、怖くない怖くない」
「おいしくないれしゅ!!」
「おこらりたくない!!」
「そうだな、怒られなくないな。大丈夫な訳だが、私は君たちが冥府総督府に来たことを言わないから。ほら、冷たい床で寝ていると風邪を引いてしまう訳だが。一緒に行こう、お話を聞いてくれる大人たちのところに行こう」
さめざめと涙を流す狼2匹を小脇に抱えて、キクガはとりあえず呵責開発課の作業場を目指して来た道を戻るのだった。




