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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第5章:死因

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【第1話】

 キクガが呵責開発課かしゃくかいはつかに異動となって、1週間が経過した。



「第5刑場に導入予定の呵責道具はどうなっている?」


「設計書こちらです」


「うむ、見せてみろ」



 もきゅもきゅもきゅもきゅ。



「第2刑場の水責めの車輪、大きさはこれぐらいになりそうですが」


「あとは高さで呵責かしゃくの重さを調整しよう。ご苦労」



 ずずずずずずず。



「第1刑場の獄卒がまた呵責道具を壊してきたんですけど」


「あの馬鹿たれども、まーた喧嘩けんかしないと分からんのか!?」



 むぐむぐむぐむぐ。



「…………あの、オルト」


「何だ、キクガよ。おやつのお代わりか?」


「違うが。全然違う訳だが」



 キクガは即座に否定した。


 呵責開発課に異動してから1週間、キクガがまともに働いたことはない。仕事と言えば課長であるオルトレイの隣に座り、彼が用意した焼き菓子を食べながらお茶をすすっているだけだ。お荷物以外の何者でもない。

 雑用と称してアヤメと一緒に掃除をすることはあれど、そのぐらいの仕事量である。30分もすれば終わってしまう仕事ばかりだ。これでは異動してきた意味がないではないか。



「私もそれなりに機械の知識は持ち合わせている訳だが」


「お前に呵責道具の開発作業は早い」



 オルトレイはキクガの意見を一蹴すると、



「それに、この仕事は一定以上の『魔法工学まほうこうがく』の知識を学んでおく必要がある。魔法の知識が備わっていないなら口先だけ出すのみで構わん」


「私は構うのだが」


「頭脳労働というものだ、たわけ。ちゃんと働いているだろう」



 ケラケラと軽い調子で笑い飛ばすオルトレイだが、キクガは不満である。大いに不満である。

 こんなお菓子を食べてお茶を飲んでいるだけで給料は全員と同じなど、いくらなんでもズルすぎるだろう。頭脳労働の対価には見合わない労働時間である。お荷物の獄卒として扱うならば、何故この呵責開発課に引き込んだのか。


 納得がいかんと言わんばかりにオルトレイをにらみつけるキクガに、かの魔法使いの男はお手上げだと両手をひらりと振った。



「分かった分かった、そこまで言うなら仕事をやる」


「む、何かね」


「ほれ」



 オルトレイがキクガに差し出したのは、無地むじの紙であった。



「そこにお前の有する異世界知識を書いていけ。出来れば絵もつけてくれ。なるべく再現できるものにしろよ」


「む、ここでも異世界知識かね」


「当たり前だ。お前の異世界知識は世界を変えるのだからな」


「果たしてそれほど影響があるのか不明だが……」



 キクガは仕方なしにオルトレイから無地の紙を受け取り、ついでに「ほれ」と手渡された羽ペンを反射的ににぎった。


 オルトレイはキクガの有する異世界知識に期待を寄せてくれているが、異世界の知識如きで世界を変えることが出来るのかとはなはだ疑問である。確かに便利なことは便利だが、魔法の方が便利ではなかろうか。

 とはいえ、それは魔法を使うことが出来ないキクガ側の意見である。日常的に魔法を使うことが出来て、それが当たり前の世界で生活しているオルトレイたちからすれば魔法を使わずに便利に生活する異世界が異常に見えるのだ。文化の違いは何とも大きい。


 お望みならばやってやろうと気合を入れ直して白紙にペン先を走らせようとすると、



「す、すみませーん!!」



 慌てた様子で、修道服を着た女性獄卒が呵責開発課の作業場に飛び込んできた。一体どの位置から走ってきたのか、ぜえぜえと肩で息をして今にも倒れ込みそうである。見かねたアヤメが、こちらも慌てた様子でお茶を入れに走っていた。

 駆け込んできた女性獄卒は、装飾品が削られた修道服を身につけている。胸元から下がった錆びた十字架が唯一のアクセサリーだろう。その錆びた十字架を見ていると、あのいけ好かない冥王第一補佐官の顔を思い出す。


 まさか関係者かと警戒するキクガの横で、オルトレイが駆け込んできた女性獄卒を一瞥して「ああ」と頷く。



「総務課か。何の用だ?」


冥王裁判課めいおうさいばんかではないのかね」


「あそこは男しかおらん。アヤメが唯一の女性補佐官だったが、残念ながらご覧の通りの仕事っぷりだからな」



 オルトレイは「見分け方として神父服は冥王裁判課、修道服なら総務課だ」と説明してくれる。男性比率が多い職場なのかもしれない。



「す、すみませ、あ、あのですね、あの」


「落ち着け。呼吸を整えてから話せ」


「げほッ、がはッ」


「言わんこっちゃない」



 アヤメから渡されたお茶を焦って飲んでしまい、どこか変な場所に入ってしまったようで女性獄卒は激しくせていた。オルトレイからも落ち着くようにと促され、お茶の残ったカップを両手で包み込むようにして持ちながら何度か深呼吸を繰り返す。

 そうすることで徐々に落ち着いてきたのか、女性獄卒の呼吸も整ってきた。落ち着けないほど慌てるような事件でも起きたのだろうか。


 オルトレイが「何があった?」と質問を投げかけると、女性獄卒はようやく呵責開発課の作業場に駆け込んだ理由を話す。



「子供を見かけませんでしたか?」


「子供を?」


「はい、あの、子供というより小さい狼の子供なんですけど……」


「ああ」



 オルトレイは納得したように頷くと、



「見ていないな。他の場所ではないのか? 奴らはすばしっこいからなぁ、両親に連絡して捕まえてもらえ」


「そ、そうします……」



 女性獄卒はお茶を飲み干して「ありがとうございました」とお礼を述べると、ふらふらとした足取りで作業場から出ていった。



「……心当たりが?」


「ああ。アッシュの娘と息子だろう」



 オルトレイは再び機械いじりの作業に戻ると、



「子供好きの俺で持ってしても連中の『おねだり』は叶えてやることが出来ん。完全にお手上げの状態でな」


「ふむ」



 キクガは少し考える。


 相手は子供とはいえ、冥府総督府に侵入するぐらいなのだから捕まえるのは至難しなんわざだろう。現在もなお獄卒の手から逃げ回るとは、相当な運動神経を持っているに違いない。

 ここは少しでも人手が多い方がいいだろう。呵責開発課の作業場に駆け込んできた女性獄卒もふらふらの状態になっていたし、この広大な冥府総督府めいふそうとくふを端から端まで駆け回って子供を探すのは厳しいはずである。幸いにも、キクガは捕まえるだけならば高性能な拘束具こうそくぐを有している。



「オルト、少し様子を見てくる」


「む」



 オルトレイはキクガに視線をやり、



「相手は子供なのだから怖がらせるような真似は控えるようにしろよ。お前はただでさえ容赦なく暴力を振るうのだから」


「子供に手を上げることはない訳だが」


「いいから行ってこい」



 呆れたようなオルトレイに見送られ、キクガは作業場から飛び出すのだった。

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