【第8話】
ケルベロスが大人しくなったところで、調査である。
「肉球にでっかい石が挟まっとるわ」
「大事に至らなくてよかった訳だが」
ケルベロスの前足の肉球の隙間に挟まった石を取り除いてやると、地獄の3頭犬は大人しく関門の護衛に戻った。やはりキクガを見ると尻尾は垂れ落ち、耳は伏せて、明らかに警戒しているのだが。
念の為、他にも異常はないかと呵責開発課の獄卒と獄卒課の獄卒が手を組んで調べることになったらしく、作業着姿の獄卒と囚人服姿の獄卒たちがケルベロスの周りを取り囲む。不思議な機器や骨のおやつ、そしてキクガの助言通りの竪琴などを装備してケルベロスと距離を縮めていた。
自分の部下に指示を出すオルトレイとアッシュは、
「気ィつけろ、また吹っ飛ばされたら医務室から出てこれねえぞ」
「内臓疾患系の病気の有無も疑え。肉球に石が挟まった程度であそこまで暴れるのは稀だ」
「了解です、課長」
「「どっちの課長だ」」
そんなやり取りを交えつつ進んでいく調査を眺めるキクガは、
「オルト、私も何か手伝うかね?」
「いや、お前はいい。今もケルベロスは大人しくなっているしな」
己の部下から「内臓疾患系の計器に異常は見られません」という報告を聞きつつ、オルトレイはキクガに視線をやった。
「キクガよ」
「何かね」
「冥府天縛はどこで知った?」
「はて?」
キクガは首を傾げる。知らん単語が出てきてしまった。
「ほら、あの純白の鎖だ」
「ああ、あれは冥府天縛と言うのかね。初めて知った訳だが」
キクガが右手を掲げると、じゃらりと音を立てて純白の鎖が伸びてくる。武器庫でキクガが踏みつけてしまった、あの鎖だ。
どこからか伸びている純白の鎖は、キクガの握りやすい位置にきちんと陣取っている。即座に握って鎖を引っ張れば、あっという間に誰かを拘束することが出来るだろう。便利なことこの上ない。
キクガの右手に寄り添うようにして伸びた純白の鎖を一瞥し、オルトレイは肩を竦めた。
「そいつは冥界開闢の時より誰も扱うことが出来なかった神造兵器だ。神造兵器についての知識は?」
「神様が調子に乗ってたくさんの魔法と加護を与えた結果、選ばれた人間にしか使えなくなってしまったとされる武器と聞いているが」
「その認識で正しい。そいつには強力な封印魔法がかけられており、強靭さと伸縮性は他の神造兵器より頭1つ飛び抜けている。魔法を無力化し、加護を打ち切り、どんな存在でも赤子同然にして拘束することの出来る拘束具に於ける最高峰の鎖だな」
「ふむ」
キクガは純白の鎖を握ると、
「それはオルト、君でも無力化できると?」
「おい止めろ、何をするつもりだ」
オルトレイは危機を察知し、ズザザザッと凄まじい勢いで距離を取る。ほんの冗談のつもりだったのだが、どうにもこの冥府天縛と呼ばれる純白の鎖が持つ効果は洒落にならないらしい。
「ふむ、脅しの材料に使えるのは便利な訳だが。これは冥王が?」
「いや、冥王はあんな見た目でも元人間だ。罪人に舐められないように姿を変えているだけに過ぎん」
「何と」
驚くキクガをよそに、オルトレイの説明が続く。
「冥府天縛は『終わりの女神エンデ』と呼ばれる女神が関わっている。本来の冥界の主人だが、統治権を冥王に譲って現世の神殿に引っ込んだとされている。強力な封印魔法はあらゆる存在の加護や魔法を断つエンデの魔法によるものだな」
「そうなのか」
手の中で力なくじゃらりと鳴る純白の鎖に視線を落とし、キクガは感慨深げに呟いた。
冥界が生まれ、冥府総督府が発足してもなお誰の手にも渡らなかった冥府天縛。それが急に自分の手の中にあることが不思議である。
そういえばケルベロスを拘束する際も何やら声が聞こえたような気がしたのだが、今やすっかりうんともすんとも言わなくなってしまった。選ばれた際にしか聞こえないのだろうか。
キクガがパッと右手を離すと、純白の鎖はシャボン玉が割れるかの如く弾けて消えた。幅を取らないなんて神造兵器とは実に便利な代物だ。
「仕事も捗りそうな訳だが」
「おい、妙にイキイキしているが冥府天縛を何かよからぬものに使う訳ではあるまいな。例えば俺を縛ったりとか、俺を縛ったりとか、縛ったりとか!?」
「お望みならばアッシュともども亀甲縛りに処して恥ずかしい思いをさせてやる訳だが?」
「その『キッコーシバリ』とやらは想像つかんが、俺を変態に仕立てる為の縛り方と見た!! 止めろ、全力で抵抗しちゃうぞ!!」
「君の抵抗など無意味なのだろう。こちらはあらゆる魔法や加護を封ずるのだが」
「冥府天縛、この世で最も神造兵器など持たせたらいけない奴と手を組むなーッ!!」
「というかオレを巻き込むんじゃねえよ!?!!」
再び冥府天縛を引っ張り出して楽しそうにジリジリと距離を詰めるキクガから、オルトレイとアッシュは洒落にならない怯えた表情で逃げるのだった。




