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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第4章:冥府天縛

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【第7話】

 現場である第1刑場に駆けつけると、獣の咆哮ほうこう耳朶じだを打った。



「ッ、あれか!!」



 キクガが顔を上げると、巨大な黒い犬が鮮血の空を振りあおいで鳴き声をとどろかせていた。


 3つの首を持つ巨大な犬である。あれが第1刑場と第2刑場を繋ぐ関門を監視するケルベロスか。アヤメの言う通り、確かに巨大な犬だ。キクガなどゴミみたいに吹き飛ばされるだろう。

 そのケルベロスの周りを、拷問用の武器を手にした現場の獄卒たちが取り囲んでいた。主に槍や刺股さすまたなどの長柄ながえの武器を手にしてケルベロスを牽制けんせいしているものの、振り上げた前足に容赦なく吹き飛ばされてしまう。屈強な獄卒ごくそつたちが次々と木の葉の如く空に舞い上げられていく様は見ていて気持ちのいいものではない。


 現場に駆けつけたキクガは、すぐに目当ての人物の背中を発見した。



「オルト!!」


「キクガか!?」



 弾かれたように振り返ったオルトレイは「何をしている!!」と叫ぶ。



「お前は魔法も使えなければ怪力でもないのだから、大人しく作業場にいろ!!」


「私の発言でケルベロスの暴走を助長させたのであれば、責任を取るべくこの場に来た。状況はどうなっているのかね!?」


「ああクソ、お前は真面目な奴だな!! 背後でふんぞり返っていればいいものを!!」



 オルトレイは暴れるケルベロスを指差すと、



「お前の異世界知識に基づき竪琴たてごとでも用意しようと思ったが、咆哮ほうこうで音がかき消されてしまうのだ。まずはどうにか口でもふさがんと無理だ!!」


「そうか……」



 キクガは歯噛みする。


 さすがにケルベロスの口を塞ぐ方法は、キクガでも知り得ない。そもそもケルベロスを初めてこの目で見たのだ。規格外の大きさに驚くばかりである。

 どうにかして頭の中に存在する引き出しを開けまくってケルベロスの沈静化ちんせいかを図る方法を探すが、やはり竪琴の演奏による落ち着かせ方しか思いつかない。キクガの異世界知識もここまでである。


 その時、



「――ぐおおおおおおおおおおお!!」



 大地が割れんばかりの雄叫おたけびをとどろかせたケルベロスが、ぶんと身体を大きく揺らした。


 それと同時に、何かが真っ赤な空を高々と舞う。大きく放物線を描くそれは、真っ直ぐにキクガとオルトレイめがけて落下しようとしていた。

 徐々にそのぶっ飛ばされてきた物体について明らかになる。灰色の体毛、生物的な恐怖から涙の滲む銀灰色ぎんかいしょく双眸そうぼう、大きく開かれた口からぞろりと生え揃う鋭い犬歯けんし、長めの鼻先、筋肉質でガタイのいい体格を白黒縞模様(しまもよう)が特徴的な囚人服に押し込んだ巨大な砲丸ほうがんが――。


 どこからどう見てもアッシュだった。



「ッ、キクガ下がれ!!」


「うわッ」



 横から伸ばされたオルトレイの手に突き飛ばされ、キクガは真っ黒な大地を転がる羽目になる。


 起き上がった瞬間、ケルベロスに吹き飛ばされてきたアッシュとオルトレイが衝突を果たして一緒に地面へ倒れ込んでいた。吹き飛ばされた影響で目を回したアッシュがオルトレイを押し潰している。オルトレイはアッシュを退かそうと躍起やっきになっているが、気絶した人間を移動させるのは至難しなんわざだ。

 まして、相手は人間ではなく筋骨隆々とした狼の獣人である。筋肉質な人間は重いという事実を体現しており、退かすのはさらに難易度が跳ね上がる。あれは時間がかかりそうだ。


 キクガも駆け寄ろうとするのだが、ふと視界に影が差した。



「あ」



 思わず声が出ていた。


 目の前にあったのは、巨大な爪。ケルベロスが振り上げた前足が、キクガめがけて振り下ろされようとしていた。

 獄卒たちの野太い絶叫も、オルトレイの悲鳴じみた声も、全てが遠のく。ゆっくり、ゆっくりとケルベロスの凶爪きょうそうが落ちようとしていた。さながらギロチンの如く――気分は処刑を待つ王妃である。


 呆然と頭上から落ちてくるケルベロスの爪を眺めるキクガだったが、ふと頭の中に誰かが呼びかけてきた。



 ――我が名を呼べ。



 それは知らない声だった。

 男であり、女でもあった。



 ――我は冥界を体現するもの、我は罪深き者を常闇とこやみつなぎ止めるくさび


 ――天におわす神さえ、我は地獄の底に繋ぎ止める鎖。


 ――応じよ、応じよ。我が名は。







冥府天縛めいふてんばく







 じゃらり、という金属音が鼓膜を揺らす。


 キクガに前足を振り下ろそうとしていたケルベロスの全身を、真っ白な鎖が締め上げていた。どこから伸びているのか不明なそれは、巨大な3頭犬を容赦なく抑え込んでいる。振り上げられたケルベロスの前足は特に何重にも真っ白な鎖が巻き付いており、その動きを完全に引き止めていた。

 自らの全身をいましめる真っ白な鎖の存在に、ケルベロスは苛立ったように吠える。どうにかして引き剥がそうと躍起になるも、純白の鎖はますます強くケルベロスの全身を縛り付けるだけである。



「む」



 手元でじゃらりと鎖の感触を拾う。

 いつのまにやらキクガの目の前には1本の純白の鎖が垂れていた。その純白の鎖が繋がっている先は、今もなおジタバタと暴れるケルベロスである。


 やるべきことは決まっていた。



「ふんッ!!」



 キクガは渾身こんしんの力で純白のくさりを引っ張る。


 じゃりじゃりじゃりッ、という金属が擦れる音と共にケルベロスの全身がさらに締め上げられた。行動を阻害する意味合いではなく、完全に動きを止めて縛り上げてしまう。

 全身を強く純白の鎖に縛られたケルベロスは、堪らずその場に倒れ伏す。ズズン、と重々しい音が響いた。全身を鎖で戒められ、倒れてもなおケルベロスは諦め悪くジタバタと暴れているが。


 鎖を右手に巻きつけた状態で、キクガは暴れるケルベロスの前に立つ。そして、



「大人しくしなさい」


「ぎゃわんッ!!」



 ケルベロスの血走った眼球を、鎖を巻いて防御力を上げた拳でぶん殴った。


 キクガの拳がケルベロスの血走った眼球に突き刺さり、ケルベロスの口から甲高い悲鳴が上がる。地獄の刑場を守る3頭犬は己を殴ってきた何某を睨みつけるも、次の瞬間には情けない声を漏らして真っ黒な大地に伏せた。

 おそらく本能的にケルベロスもキクガへ逆らってはいけないと悟ったのだろう。逆らえばどうなるか分かったものではない。全身の毛皮を剥ぎ取られるか、内臓を容赦なく抉り取られるか、はたまた首を落とされるかの最悪の未来が予想される。懸命な判断である。


 ケルベロスが大人しくなったところを確認すると、キクガはようやくアッシュを退けることに成功したオルトレイに手を差し伸べる。



「大丈夫かね」


「全身が痛いに決まっているだろう。たわけ」



 差し伸べられたキクガの手を握り、オルトレイは悪態を吐きながらも立ち上がるのだった。

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