【第6話】
武器庫での用事が終わった直後のことだった。
――カタカタカタ、カタカタカタカタカタッ!!
オルトレイが投げ出したままにしてあった髑髏が、綺麗な歯列をカタカタと鳴らしてアヤメに威嚇をしていた。
「ひいッ!?」
「落ち着きなさい。これは通信の一種なのだろう」
引き攣った悲鳴を口から漏らすアヤメを宥め、キクガはカタカタと歯列を鳴らす髑髏に視線を落とした。
さて、これは一体どうするべきだろうか。通信に応じる手段は見様見真似でどうにか出来るが、通信の内容については答えられない。キクガはまだ呵責開発課に異動となってから数時間しか経過していないのだ。
だが、これをこのまま放置しておくのも問題だろう。先に用件を聞くだけでもしておいた方が、獄卒課との喧嘩に出かけてしまったオルトレイの役にも立つはずだ。
そう自分の中で結論を下したキクガは、髑髏の脳天を指先でちょんと突いた。歯列のカタカタ音が止まり、代わりに聞こえてきたのはアッシュの大絶叫。
『キクガあああああああああああああああ!!』
「わあ」
ひっくり返りそうになった。
仰け反るキクガは、何とか気合いで堪える。常日頃から鍛えているとは思っていたが、まさか肺活量でさえも相手をひっくり返させるほどに鍛えられているとは想定外である。
髑髏から聞こえてくるのは、アッシュの大絶叫の他に背後で爆発音とか何かの獣の咆哮とかである。異常事態であることは明らかだ。そんなにオルトレイのことを怒らせたのだろうか。
「何かあったのかね、アッシュ」
『大変なんだよ!!』
「大変なことは君の背後から聞こえてくる爆発音などで理解した訳だが」
『実は第1刑場と第2刑場を繋ぐ関門に設置したケルベロスの奴が暴れてて!!』
「けるべろす」
キクガは鸚鵡返しであまり聞かない単語を繰り返した。
ケルベロスといえば、冥界の番犬と名高い3つの頭を持つ犬だったか。そんなものまで存在するとは、さすが異世界の地獄である。ますます異世界らしさが出てきた。
というか、そんなものが暴れていたら大変ではないのだろうか。アッシュの嘆きの声の背後で連続して聞こえる爆発音が何よりの証拠である。暴れているケルベロスを押さえ込もうと、どうにかこうにか抵抗しているようだ。
首を傾げるキクガは、
「それで、どうするのかね。私は何も出来ない訳だが」
『そんなことを言うな、キクガよ。お前なら異世界知識とやらでパパッと解決できるのではないか?』
「む、いつのまにかオルトに代わったのかね。言ってほしかった訳だが」
『すまんな、アッシュも何とかケルベロスの奴を大人しくさせようと躍起になっているのだがな。いかんせん、相手の力が強すぎる。まともに力で太刀打ちできるのはアッシュぐらいしかおるまいよ』
状況は理解したが、そんな簡単に異世界知識で解決できるような問題ではないとは思う。異世界知識もそこまで万能ではない。
とはいえ、相手が大変な状況にあるのも事実である。助けてやりたいとは思うが、果たして異世界の知識で太刀打ちできるだろうかと心配になる。
悩んだ末、キクガは仕方なしに自分の持ち得る異世界知識で提案することにした。
「ケルベロスは音楽が好きで、竪琴の音で眠ってしまうと聞いたことがある訳だが。実践したかね?」
『おお、なるほど音楽か!! それならどうにかなりそうだ!!』
「オルト、君なら対処法を知っているかと思ったのだが」
『こんな非常時に冷静な判断など出来る訳なかろう!! 持つべきものは冷静に物事を分析してくれる奴だな!!』
ではな、と髑髏から声が途絶えてしまう。
髑髏を安全な場所に置き、キクガは思案する。本当にあの解決方法でよかったのだろうか。
ケルベロスはキクガの元いた世界にも存在していた。実在していた訳ではなく、想像上の生物としてである。キクガの元の世界にいたケルベロスとこの世界に実在するケルベロスの対処法が同じということはあるだろうが、異なる可能性も考えられる。
もし本当に竪琴による解決方法が誤りだった場合は?
「……自信がなくなってきた訳だが」
異世界式ケルベロスの落ち着かせ方に関して一気に不安を覚えたキクガは、
「すまない、アヤメ君。第1刑場と第2刑場を繋ぐ関門とやらにはどうやって行けばいいかね?」
「え?」
ちょうどお茶の準備をしていたらしいアヤメが、驚いたようにこちらへ振り返る。
「関門はとても大きいですから刑場のどこにいても確認できますよ。それがどうかしましたか?」
「ケルベロスが暴れたらしい。私が話した対処法で本当に解決できるのか心配なので、様子を見に行こうかと」
「ええッ!? そんなあ、ダメですよダメです!!」
現場の様子を見に行こうと作業場を出て行こうとするキクガに、アヤメが首を振って「ダメだ」と告げた。
「ケルベロスはとにかく身体が大きくて力持ちで、それで凶暴なんですよ!! キクガさんが行ってもすぐに吹き飛ばされちゃって危険です!! あの私がこう言うのもあれなんですけど行かない方がいいかと思いますごめんなさい!!」
「しかし」
「もう死んでいるとはいえ、痛いのは嫌じゃないですか!!」
アヤメの説得は理解できる。確かに痛いのは嫌だし、もう死んだ時のような衝撃を食らうのは御免である。
でも、キクガの発言で誰かが傷つくのは許せない。特に自分の発言を信じて行動し、その結果で怪我を負ったのならば発言に関する責任ぐらいは取らなければ気が済まない。
キクガはアヤメに「すまない」と謝罪し、
「それでも私は、自分の発言に責任を持つ意味でも行かねばならない訳だが」
「ああ、キクガさん!?」
アヤメの制止を振り切り、キクガは今度こそ呵責開発課の作業場を飛び出した。




