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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第4章:冥府天縛

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【第5話】

 ――ガチャン、ギィ。



 オルトレイから預かったと言っていた鍵によって、武器庫の扉は簡単に開いた。

 重々しい音を奏でて開かれた扉の隙間すきまから、ほこりっぽい臭いが漂ってくる。思わずキクガとアヤメでそろってくしゃみをしてしまった。今までオルトレイが鍵を預かっていたので、おそらく相当長いこと武器庫内は掃除がされていないと見た。


 見た目とは対照的にやたら重くて分厚い武器庫の扉を開けて、キクガは埃が雪の如く降り積もった武器庫の床へ足を踏み出した。



「暗い」


「あ、待ってくださいね。明かりを……」



 アヤメが「ええと、これだ」と入り口付近に設置された棚を漁り、無骨な見た目の角燈カンテラを引っ張り出す。ガラス製のランプ部分には大小合わせて5個の石が詰め込まれているだけだった。

 それで何をするのかと思えば、アヤメはおもむろに角燈を上下に振った。ランプ部分に詰め込まれていた5個の石が上下に振られたことでガラスと衝突し、キンコンカンカンという軽快な音を立てる。その衝撃によって5個の石が同時に光を放ち始めた。


 角燈カンテラの持ち手を握ったアヤメは、



「衝撃を与えると光る魔石ませきを使用しているんですよ。便利ですよね、これ。オルト課長が作ったんですけど」


「作業場はあれほど明かりに満ちているのに、ここは暗いのかね」


「明かりの設置も大変みたいですよ。『いちいち明かりをつけねばならんではないか!!』とオルト課長も頭を抱えていました」



 アヤメの話を聞いて、キクガは首を傾げた。


 科学技術が発達した世界出身のキクガは、明かりをつけるのも魔法を使わずに一瞬だった。スイッチを押せば部屋全体が煌々(こうこう)と明るく照らされるのである。面倒とは思えない作業だ。

 とはいえ、ここはキクガの知らない異世界である。明かりをつける作業にも魔法の技術が必要になってくるのだとしたら、余計な口出しは出来ない。キクガは魔法が使えないので黙るしかないのだ。


 角燈カンテラを掲げて、アヤメが早速「あ」と声を上げた。



「あれです、あれ。部屋の奥にある」


「部屋の奥に……」



 アヤメに指摘され、キクガは部屋の奥に視線を滑らせた。


 角燈カンテラで照らされた部屋の奥。ぼんやりとした明かりを受け止めていたのは、巨大な三日月だった。月という天体を知っているからこそ言えるが実物よりも小さく、それでいて綺麗な三日月と言うより若干(ゆが)んでいるのが窺えた。

 例えるなら本格的な天体ではなく、三日月の形をした巨大な弓だろうか。なるほど、確かに『砲』と呼ばれるだけの代物ではある。


 キクガが三日月型の弓と向き合っていると、背中にアヤメが張り付いてきた。



「……何かね?」


「へッ、いやあのぅ」



 アヤメはもじもじとした様子で、



冥砲めいほうルナ・フェルノにお尻を燃やされたくないなって……あのさっきも言った通りに私ってばあれに舐められてましてそれで下手に会話したり触ったりするとお尻を燃やされる恐れがあってですねすみませんすみません」


「謝らないでほしい訳だが。あれを起こせばいいのかね?」



 キクガはアヤメから角燈カンテラを受け取り、大股で部屋の奥に安置されている三日月型の弓に近寄る。


 近寄ってみて判明したが、全長は大体キクガの身長を軽く超す程度だろうか。2メートル前後ぐらいだろう。やはり天体を模して作っているだけであって、本物と同じ大きさにしてやろうという魂胆はないらしい。あったらあったで困るが。

 さて、ご要望は「起こせ」ということだがどうやって起こせばいいのか。神様が好き勝手に魔法や加護を与えた影響で選ばれた人間にしか扱うことが出来ないならば、簡単に触ることも出来やしないのではないかと頭の片隅で考える。下手に触って指が吹っ飛んだら笑い事では済まない。


 少し考えてから、キクガは三日月に向かって声をかけることにした。



冥砲めいほうルナ・フェルノと言ったかね。起きてほしい訳だが」



 そう呼びかけた、次の瞬間である。





 ――ずずずずずぞぞぞぞぞぞぞッ!!





 そんな音が聞こえてきそうな勢いで、冥砲めいほうルナ・フェルノの本体やすぐ側の床から大量の炎が噴出した。


 燃やされるのかと驚いたキクガは、その場から反射的に飛び退いて炎を回避する。肌をかすめた熱はまさに本物の炎であり、網膜もうまくを焼かんばかりに暗い武器庫を真っ赤に染め上げていた。

 やがて冥砲ルナ・フェルノを中心として炎が腕の形を取る。無数の腕の形をした炎はゆらゆらと手首を揺らして起床したことを告げた。まるで「起きたけど何?」と言わんばかりの動きである。


 やがて、その腕の形をした炎たちは、ほっそりとした指先をキクガに向ける。「お前は誰だ?」と言っているようだった。



「本日より呵責開発課かしゃくかいはつかに勤務することとなった、アズマ・キクガな訳だが。よろしく頼む」



 あえてちゃんと自己紹介をすると、腕の形をした炎たちはゾロゾロと動いて文字をなす。腕の形をしていても集合すれば文字を描けるらしい。何という統率とうそつの取れた行動だろうか。





 ――われわれ、えんわんです。


 ――るな・ふぇるのに、ついてます。





 彼らはそう語った。なるほど、確かに感情豊かだ。



炎腕えんわん、かね。私はオルトから君たちを起こすように頼まれた訳だが」



 キクガが腕の形をした炎たちに語ると、彼らは分かっているとばかりに手首を上下に揺らした。まるで首を縦に振ったかのような行動だ。

 炎腕えんわんたちはほっそりとした指先を、今度はキクガの背後に控えていたアヤメに向けた。ご指名を受けたアヤメは飛び上がると、慌てて壁に取り付く。そこにはハンドルのようなものが伸びており、アヤメは汗だくになりながらそれを回した。


 ハンドルの動きに合わせ、武器庫の壁が持ち上がっていく。重たい音を立てて壁が収納されていくと、目の前に広がっていたのは冥府総督府の外の世界だ。



「行くのかね?」



 キクガが問いかければ、炎腕えんわんたちが手首を上下に振ってから親指を立てる。それから用事は済んだとばかりに姿を消した。

 炎腕が消えたと同時に、三日月の形の弓が音もなくふわりと浮かび上がる。そういえば飛行と狩猟の加護を与えられたと言っていただろうか。自由に空を飛ぶことが出来るとは羨ましいことこの上ない。


 ひとりでに浮かび上がった冥砲めいほうルナ・フェルノは、開かれた壁から真っ赤な空めがけて飛んでいった。あっという間に三日月型の弓は消えていなくなる。どうやら無事に刑場の方面へ飛んでいってくれたようだ。



「飛んでいってくれた訳だが」


「よ、よかったぁ」



 アヤメは安堵あんどしたように息を吐き、



「お尻も燃やされないで済みました。ありがとうございます!!」


「役に立てたようで何よりな訳だが」



 ただ呼びかけて起こしただけだが、尻を燃やされる展開には至らなかった。アヤメは相当怯えている様子だが、その怯えた態度が冥砲ルナ・フェルノの嗜虐心しぎゃくしんを刺激するのではないだろうか。



「安心したらお腹空いちゃいましたね。おやつを隠し持っているんで食べましょう、異動のお祝いです」


「いいのかね。君のものだろう」


「いいんです。私の代わりに冥砲めいほうルナ・フェルノを起こしてくれたお礼ですから!!」



 ニコニコの笑顔でアヤメは意気揚々と武器庫を出ていく。壁が開かれたままになっているが、飛び立った冥砲ルナ・フェルノが自分で戻ってくるなら開けておいた方がよさそうである。


 キクガはアヤメを追いかけて武器庫を出ようとするが、その際にじゃりと何かを踏みつけた。紐のようではあるが硬い。凸凹した感覚は紐のそれではないように感じる。

 見れば、足元には真っ白な鎖が伸びていた。どこから伸びているのだろうか。周囲に視線を巡らせるが、鎖が片付けられているような箱などは見当たらず、武器庫の床をうようにして白い鎖が落ちている。先程まではこんなものなど存在しなかったのに。


 キクガは白い鎖を拾い上げると、



「罪人を運ぶ為のものだろうか。こんなところに放置されていたら危ない」



 じゃらじゃらと白い鎖を何とか回収して、キクガは武器庫に置かれていた箱の中にそれを収納する。どれほどの長さがあるのか不明だが、完全には拾いきれずに箱から飛び出してしまっていた。

 ちょっと申し訳ない気持ちになるが、仕方がない。あとでオルトレイにも手伝ってもらった方がよさそうだ。


 箱に白い鎖を収納して「よし」と頷くキクガに、アヤメが武器庫の外から声をかけてくる。



「ええと、キクガさん? どうかしましたか?」


「何でもない訳だが」



 白い鎖の件には触れず、キクガは武器庫の外に出るのだった。

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