【第4話】
アヤメの手から工具を取り上げてから、キクガは質問を投げかけた。
「アヤメ・オリカゼ君、何か理由があって戻ってきたのではないのかね!?」
「はッ、そうでした!!」
正気に戻ったアヤメは、慌てた様子で自分の作業着のポケットを漁る。ポロポロと色とりどりの飴玉やハンカチ、髪留めの予備などが転がり落ちる中で引っ張り出されたのが錆びかけた小さな鍵だった。
鍵を両手で持つと、アヤメは「よかったぁ」と胸を撫で下ろしていた。この鍵はよほど大事なものらしい。
キクガは首を傾げ、
「その鍵は?」
「武器庫の鍵なんです。課長から『冥砲ルナ・フェルノを起こしてほしい』と頼まれまして」
「ふむ?」
聞き慣れない名前に、キクガはさらに首を傾げることとなった。人名のようには聞こえないが「起こしてほしい」と言うぐらいだから人なのだろうか。
「それは一体」
「第1刑場に配置されている神造兵器でして、とても強力なんですよ。獄卒課の人たちの100人分ぐらいの働きを見せてくれて……」
そこまでアヤメは冥砲ルナ・フェルノなるものの説明をしてから、ハッと気づいたようにキクガの顔を見上げた。
「ごごごごごごめんなさいごめんなさい神造兵器は知らないですよね私ったら何を馬鹿なことを死んでお詫びします!!」
「死なれたら困る訳だが。説明してくれたらそれでいい」
「すみません本当にすみません!!」
再び自虐モードに入ってしまったアヤメを何とか宥めて、キクガは神造兵器とやらの説明を促した。
「それで、神造兵器というのは」
「ええと、簡単に言えば神様がたくさんの魔法をかけた超強力な武器ですかね。特定の人にしか使えないんですよ」
そこからツラツラとアヤメの説明が続くのだが、面倒なので要約する。
神造兵器とは、武器職人が作成した武器に神様がたくさんの魔法やら加護やらを与えて超強力なものにしてしまった武器のことを示す。調子に乗った神様があれこれと魔法や加護を与えてしまった影響で、選ばれた人間にしか扱うことが出来ないようになってしまったらしい。
その代わり、神造兵器の威力は人里を破壊できるほどに強力さを極めており、戦争で使用すれば一騎当千の働きを見せるぐらいと言われている。神様が色々と加護を与えてくれたおかげで経年劣化はせず、魔力を必要としないで強力な魔法を何発もぶっ放せるのだとか。
説明をしているうちに止まらなくなってしまったらしいアヤメが、ふんふんと興奮気味に続けた。
「それでですね、冥砲ルナ・フェルノは元々違う武器でして!!」
「ほう」
「本来は月の女神システィが飛行と狩猟の加護を与えた『月砲ルナ・サリア』という武器だったんですけど、その女神様が冥界に落ちた際に現世へ戻る渡し賃として月砲ルナ・サリアを冥王様に差し出したんですね」
「なるほど」
「それでそれで、月砲ルナ・サリアをオルト課長と冥王様が改造して冥砲ルナ・フェルノに生まれ変わったんですよ!! 課長は本当に凄い魔法使いなのです!!」
「んん?」
聞き捨てならない名前が出てきて、キクガは赤い瞳を瞬かせた。
「オルトと冥王ザァトが?」
「昔は仲良しでしたよ。よく一緒にお酒を飲んだりしたと言っていましたし」
「考えられない訳だが」
今では冥王ザァトの存在を毛嫌いしている雰囲気さえあるオルトレイだ。昨日の堂々とした罷免に関する判決書を掲げた彼の姿を見せてやりたいぐらいである。仲が良かったような雰囲気など一切感じられない。
とはいえ、キクガは現在の姿しか知らない。昔の話を引き合いに出されても、想像も出来なければ目撃することも永遠に叶わない。他人からの話をとりあえずは信じるしかないようだ。
キクガは「なるほど」と頷き、
「それでは起こさなくていいのかね? 今頃待っているのでは」
「はッ、そうでした!! お尻を燃やされちゃう!!」
「燃やされ?」
アヤメがハッとした様子で鍵を握りしめると、慌てて作業場の奥に駆けていった。
彼女が向かった先にあったのは、存在感のない鉄製の扉である。「そんなものがあったのか」と驚くぐらいにはあまりにも存在感が薄すぎる。棚やら山積みにされたガラクタやらのせいで存在感が奪われているのだろう。
ドアノブの下部に取り付けられた鍵穴に、アヤメはオルトレイから預かってきた鍵を差し込む。くるっと捻れば簡単にガチャンと音を立てて施錠が外れた。
扉を開けようとしたアヤメが、申し訳なさそうにキクガへと振り返る。
「あ、あのぅ、アズマさん?」
「キクガでいい訳だが」
「じゃ、じゃあキクガさん。あのぅ、お願いがあるんですけど」
首を傾げるキクガに、アヤメは「すみません……」と小声で謝りつつお願いを口にした。
「出来ればついてきてほしいです。いや、あの、大変烏滸がましいんですけど、こんなの1人でやれって感じなんですけれど」
「構わない訳だが、何か心配事が?」
「いえ、あのぅ、えへへ……」
アヤメは泣き笑いの表情を見せると、
「実はですね、私ってば冥砲ルナ・フェルノから舐められてまして」
「ただの武器なのに」
「神様がたくさん魔法やら加護を与えた影響で、神造兵器の中には自我を持つものもあるんですよぅ。しかも冥砲ルナ・フェルノは冥王様とオルト課長が改造を施したものだから余計に感情が豊かで……」
言いたいことはよく分かった。
要は「自分の力量だけでは冥砲ルナ・フェルノを起こせないかもしれないから、手伝ってほしい」ということなのだろう。謝罪の言葉が来るのでいつまで経っても本題に入れないままだ。
キクガは「ふぅ」と息を吐き、
「承知した、手伝う訳だが」
「あ、ありがとうございます!!」
心の底から嬉しそうに破顔するアヤメに「こちらです!!」と案内され、キクガは武器庫とやらに足を踏み入れることとなった。




