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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第3章:叛逆の狼煙

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【第7話】

 法廷ほうていの扉が閉ざされてから、アッシュが半泣きでオルトレイに飛びかかっていた。



「オルトこの馬鹿野郎があああああああああああああ!!」


「床が汚れてるな。汚え」


「あべし!!」



 飛びかかろうとした矢先、オルトレイが床の汚れを気にしてわざとその場から退いた為に、アッシュは制止も出来ぬまま冥府総督府の天井を支える石柱に正面衝突を果たした。ごいーん、なんていう除夜の鐘みたいな音が聞こえた。

 無様に顔面をぶつけてうめくアッシュに、オルトレイが「何をそんなところでうずくまっているんだ、アッシュ」などと不思議そうに首を傾げていた。全ての原因はオルトレイにあるのだが、まるで自覚がない。おそらくわざとだろうが。


 顔面の痛みから復活したアッシュは、生理的な涙を銀灰色ぎんかいしょく双眸そうぼうにじませつつオルトレイをにらみつけた。



「オルト、よくもウチから新人を引き抜いてくれやがったな!!」


「お前では新人を守ることなど出来やしないだろう。誤審ごしんを疑わん阿呆に、あいつの上司の荷は重すぎる」



 アッシュの凄みにも、オルトレイはどこ吹く風で受け答えをする。今にも喉笛を食い破らんばかりにアッシュはうなり声を漏らしているものの、オルトレイには恐怖心を抱くことすらないようだ。

 付き合いが長いだけあるからだろうか、オルトレイもアッシュのあしらい方を理解している。怒鳴られようが掴み掛かられようがお構いなしだった。


 オルトレイは青色の瞳を細めると、



「それとも何だ、あの期待の大型新人を飼い殺すつもりか?」


「それは」


「現場から本部勤務になるのは難しいが、キクガは頭がいい。どちらにも対応できるだろう。いずれ冥府を変える存在となろうよ」



 オルトレイに諭されるも、アッシュは「けどよ……」とまだ何か言いたそうだった。


 それも理解できる。何せ刑場には罪人が溢れているのだ。キクガも罪人の呵責かしゃくを1人で何人も抱えていたので、人手が足りなくなると現場が回らなくなる恐れがあるのは分かっていた。

 この辺り、非常に難しいところだろう。現場には現場の言い分があり、本部には本部の言い分がある。意見衝突は免れない。


 キクガはポンと手を叩き、



「ならば、手が空いた時は私も現場に戻る訳だが」


「キクガ、それではお前の身体が持たんのではないか? 獄卒の現場は重労働だぞ」



 オルトレイが納得できなさそうに眉根を寄せて言うが、キクガは意見を翻すことはなかった。



「私が次に勤務する先は呵責開発課だろう。つまり呵責を開発する部署――新しい呵責の実験は必要ではないのかね?」


「む。それはそうだが」


「現場にて呵責の経験もあるし、私も多少の運動神経なら自信はある。実験台として現場に出ることを許してほしい訳だが」


「むむむ」



 キクガの申し出にオルトレイは納得できていなさそうにしていたが、意見を引っ込めないと確認するや否や「仕方あるまい」とため息を吐いた。



「いいか、大事な人手なのだから無茶をするな。お前は魔法も使えんヨワヨワのヨワなのだから」


「む、確かに魔法は使えないが身体の頑丈さには自信がある。風邪も引いたことはないのだが」


「怪我と病気は紙一重ってことを頭に叩き込んでおけ、たわけ」



 オルトレイはやれやれとばかりに肩をすくめると、



「悪い、ちょっと煙草たばこ休憩してくる」


「オルトは喫煙者なのかね。意外な訳だが」


「まあな。禁断症状が出るまでとは言わんが、細かい作業とかをしていると吸いたくなる」



 右手を振ると、オルトレイの手元に小さめの箱が握られる。確かに煙草の箱のように見えたが、銘柄は不明である。この世界にも煙草があるとは意外だ。

 キクガも仕事の最中に休憩と称して煙草をたしなんでいたが、実のところ喫煙所では様々な情報が飛び交うので重宝していた。冥府総督府でもそのようなことが起こり得るかもしれない。主に冥王ザァトに対する悪口とか、冥王第一補佐官であるキサラギの秘密でも握れればいいのだが。


 そんな訳で、



「オルト、私もついて行っていいかね?」


「すまんな、キクガよ。今日は1人で吸いたい気分なのだ」



 取り付く島もなく断られてしまい、オルトレイはスタスタと迷いのない足取りで喫煙所に向かってしまった。

 まさか断られると思っていなかったキクガは、行き場のない手を彷徨さまよわせるだけだった。ちょっとしょんぼりである。オルトレイならば「おう、いいぞ。ついてくるがいい!!」なんて言ってくれると思っていたのだが、今日は1人になりたい気分だったようだ。


 オルトレイが消えた方向を見据えるキクガの肩を、アッシュがポンと元気づけるように叩いてきた。



「元気出せ。オルトも普段は断らねえんだよ」


「今回のような時が珍しいと?」


「ああ、そうだな」



 アッシュは苦笑を浮かべ、



「まあ、気分屋のアイツらしいわな。辞めたのも自動化獄卒を導入するってのをキサラギ補佐官に反対されたって話だし、冥府総督府の問題児だって言う連中もいるぐらいだ」


「え」


「えッ」


「ええ?」


「え?」



 アッシュの言葉に反応したのは、オルトレイが連れてきた彼の同僚らしき獄卒たちである。彼らは互いに顔を見合わせると不思議そうに首を傾げていた。まるで、アッシュが語ったオルトレイの辞めた理由など初耳だと言わんばかりの反応である。



「辞めた理由は『全自動化の獄卒を導入する際に冥王第一補佐官と揉めた』と聞いたのだが。それは違うのかね?」


「俺は『こんな泥舟みたいな冥府総督府にいられるか』って聞いたけど」


「自分は『給料が安いから辞める』と」


「え、私は『他にやりたいことが出来た』って……」



 口々に語られる、オルトレイ・エイクトベルが冥府総督府を去った理由。そのどれもこれもが異なった理由で混乱する。

 果たして、どれが本当に彼が冥府総督府を去った理由なのだろうか。獄卒たちも、アッシュも、キクガも聞いていた話とは違うので首を傾げるばかりだった。

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