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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第3章:叛逆の狼煙

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【第5話】

「獄卒課獄卒、アズマ・キクガよ」



 目の前に壁の如くそびつ、巨大な漆黒のもやと無数の眼球の群れが織りなす怪物が口を開く。おごそかな雰囲気をただよわせているものの、キクガは恐怖心すら抱かない。


 ぼう、と数え切れないほど存在するランタンが照らす冥王の法廷ほうていに呼び出されたキクガは、冥王ザァトの口から処罰を言い渡されようとしていた。どうせ処罰のことなど分かり切った内容なので、黙って耳を傾けることにする。

 傍聴人ぼうちょうにんは2人だ。冥王ザァトの子飼こがいである冥王第一補佐官のキサラギ、そしてキクガの上司である獄卒課課長のアッシュだ。オロオロと右往左往するアッシュと比べて、キサラギはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。その顔面を、助走をつけて思い切り殴り飛ばしてやりたい。


 舌打ちをしそうになるところをこらえ、キクガは冥王ザァトの無数の眼球を見据みすえた。



「処罰のほどは?」


「これより言い渡す」



 冥王ザァトが執務机に広げられた羊皮紙を手に取った、その時だ。





「その判決、ちょっと待った!!」





 閉ざされていた法廷の扉が、外側から蹴り開けられる。


 弾かれたように振り返ったキクガの視線の先には、ゾロゾロと数十人にも及ぶ男女を引き連れたオルトレイが冥王の法廷に乗り込んでくるところだった。先頭に立つオルトレイの表情は心の底から楽しそうであり、どこかイキイキとした雰囲気さえ感じさせる。

 オルトレイの乱入に、キサラギは憎々しげに顔をしかめ、アッシュは希望の光が見えたかの如く表情を明るくさせる。己が部下が不当な解雇を受けるのを助けにきてくれたとでも思っているのだろう。


 誰もがオルトレイに注目する中で、最初に口を開いたのは冥王ザァトだった。



「オルトレイ・エイクトベル。今、余は」


「何だ、あれほど熱烈な手紙を2週間に1回は送ってくるくせに。随分と冷たい歓待かんたいではないか」



 オルトレイは「なあ?」と仲間内に呼びかける。彼の背後に控えている数十人は、揃いも揃って頷いた。



「まあ、何だ。かつての上司で恩義もあるし、切実そうな雰囲気もあったからな。交渉しようとこうしてはるばる足を運んでやったのだ。感謝するがいい」


「……今は、其方そなたの話を聞いている暇はない。下がれ」


「いいや、この場だから乗り込んできたのだ。分からんのか、愚かになったな()()



 オルトレイの馬鹿にするような言葉に、キサラギが「貴様!!」と声を荒げる。



「冥王様に何という態度だ!!」


「あー、このうるさいのもいたのか。よくもまあクビにならんで冥王第一補佐官をやっていられるな。何だ、この目玉お化けにまたがってアンアン腰でも振っとるんか。どこに欲情できるんだ、こんなのに」



 呆れたようなオルトレイの物言いに、キサラギは言葉になっていない金切り声を返した。何か言い返しているのだろうが、滑舌かつぜつが機能していない。まるで金属製の食器を擦り合わせたかのような雑音が、彼の口から発せられるだけだ。



「さて、まあ。話は逸れたが本題に移ろうか」



 オルトレイは軽く咳払いをすると、冥王ザァトを真っ向から見据えた。



「冥王よ、我々はお前の希望通り冥府総督府に戻ってやろうと思う。ただし条件付きだが」


「……言ってみろ」


「そこな新人獄卒のアズマ・キクガを我が呵責開発課かしゃくかいはつかにほしい。奴の異動が交換条件だ」



 オルトレイが提示した条件とやらに、即座に「はあ!?」と反応したのはアッシュだった。現場の獄卒はただでさえ人手不足で悩んでいるのに、獄卒を1人持って行かれてしまうと大変なのだろう。



「ふざけんな、オルト!! ウチの獄卒だぞ!!」


「黙れ、駄犬。愚王の裁判に疑義を持たん阿呆に、こいつの上司は相応ふさわしくないわたわけが」



 アッシュの意見を一蹴するオルトレイだったが、冥王ザァトの「ならん」という低い声に眉根を寄せた。



「アズマ・キクガの存在は、冥府総督府の秩序をいちじるしく欠く恐れがある」


「ほう、お前がそれを言うか。愚王よ」



 オルトレイはひるまず、冥王ザァトをなおも『愚王』などと馬鹿にする。確固たる自信を持って馬鹿にしている様子だった。



「俺を発言を忘れたか。俺は『交渉に来た』と言ったのだ。加えて言えば、この交渉は我々からの脅迫であり、お前はこの交換条件を必ず飲まねばならん」


「何だと?」



 不機嫌さを表すように低くなった冥王ザァトの声に対して、オルトレイは楽しそうに告げた。



誤審ごしんをやったようだな、愚王よ。今回は深い刑場に落とされるべき罪人が浅い刑場止まりになっただけに過ぎんが、天国行きの死者が誤審で地獄に叩き落とされるような真似があっては一大事だとは思わんか?」


「ッ!!」



 息を呑んだ冥王ザァトは、キクガをにらみつけてきた。


 睨まれてもキクガはどこ吹く風である。何故なら、冥王ザァトが認めなくてもあれは誤審だとキクガも胸を張って言える。

 外部に漏らしたことを咎めるのならば、きちんと守秘義務を盛り込んだ契約書でも持ってきてほしいものだ。口約束など当人の記憶の匙加減さじかげんでどうにでも改竄かいざんできてしまうのだから。


 睨んでも仕方がないとでも考えたか、冥王ザァトはうなるように言う。



「余は、何も間違えていない。あれは第1刑場に落とされるべき罪人だ」


「ほう、素晴らしい魂胆こんたんだな。まだ己の罪を認めないとは」



 愉快そうに笑い飛ばしたオルトレイは、懐から1枚の羊皮紙を取り出す。

 その羊皮紙には、天秤てんびんの刻印が大きく押されていた。キクガにはそれが何なのか分からないが、オルトレイがその羊皮紙を自信満々に取り出した瞬間、法廷内の空気に緊張感が混ざる。


 羊皮紙を広げて、オルトレイは紙面を冥王ザァトに突きつけた。



「ならば愚王は必要にらず。その王座をいさぎよく退いてもらおうか」



 広げられた羊皮紙に書かれていたのは『冥王の罷免ひめんに関する判決書』とあった。

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