【第4話】
その日の夕食である。
「考えられない訳だが!!!!」
「おーおー、荒れとる荒れとる」
夕飯の面倒を見てもらうという名目の元、キクガはいつもの如くオルトレイの屋敷を訪れていた。
夕食の際に昼間の誤審事件の顛末を話し、キクガはオルトレイが開けてくれたワインを一気に呷る。アルコールのおかげで舌がよく回り、同じ話を何度も何度もする羽目になっていたのだが、オルトレイは気にせず耳を傾けてくれている。
時間が経過してもキクガの怒りは収まらなかった。それどころか、考えれば考えるほど苛立ちが増す。冥王としての誇りは彼にないのか。いや、あれの性別を考えたら夜が明けても答えは出ないと思う。
オルトレイは空っぽになったキクガのワイングラスに追加の酒を注ぎ、
「その罪人とやらは、どんな罪を犯したと言うんだ。肝心のところがむにゃむにゃと誤魔化されているのだが?」
「神の名の下に、23人の婦女子を殺害したらしい」
キクガはうつらうつらと船を漕ぎながらも、オルトレイから投げかけられた質問に回答する。アルコールのおかげで眠気倍増である。
「この場合、殺人及び異教信仰の罪になるのが妥当だろう。何故、異端の神を信仰した罪が消されるのかね」
「ドゥブルイナ、だったか。確か闇を根城にする女神だったかな」
オルトレイは「信仰に値する神ではないことは確かだ」と納得したように頷く。
神の名前などキクガの預かり知らないところだが、オルトレイが言うのだから間違いはないだろう。彼が嘘を教え込むような魔法使いには見えない。かと言って、全面的に信じてしまうのも危ういとは思うのだが、そこはそれ、美味しいご飯を作ってくれる人間に悪い奴はいないのだ。
それにしても「追って処罰を与える」と冥王ザァトが言っていたが、本格的にクビになるだろうか。衣食住をようやく確保できたと思ったが、また振り出しに戻ってしまった。
深々とため息を吐いて項垂れるキクガを、オルトレイが「まあまあ」と肩を叩いて慰めてくる。
「あまり落ち込むな。人生は何が起こるか分からんから面白いのではないか」
「もうすでに未来は愉快なものではない訳だが」
キクガはワイングラスを満たす上等なワインをちびちびと舐めるように飲みながら、
「社員寮から追い出されたらここに置いてくれないか」
「何だ、ここで暮らしたいのか」
「部屋なら余っているだろう。これほど広いのだから」
「まあ、余っているには余っているが」
オルトレイはニヤリと笑い、
「言ったろう、人生は何が起こるか分からんから面白いとな」
「そうかね。君は、まあそういう性格っぽいな」
キクガはワイングラスの中に残ったワインを全て飲み干し、席を立つ。夕食の他に上等な酒までもらってしまった。これ以上飲めば長居は必至である。
「今日はお暇させていただく訳だが」
「んん? 泊まらんのか。部屋ならあるぞ?」
「最後の社員寮での生活を堪能させてもらう訳だが」
明日の状況がどのような結末を迎えるか不明だが、まだ社員寮にいることが出来るうちは居座ろうと思う。本当にクビを言い渡された暁には、すぐにオルトレイのところへ駆け込もう。
そんなことをアルコールが回った頭の片隅で考えながら、キクガはとりあえずオルトレイの屋敷をあとにした。
☆
キクガが帰ってから、オルトレイは素早く動いた。
「こうしちゃおれん!!」
そう叫ぶや否や、ワイングラスにワインを注ぎながら手元に手鏡を召喚する。同時期に冥府総督府を去った同僚複数人に通信魔法で呼び出しをかけつつ、上等なワインを一気に飲み干した。
『どうした、オルト。何か用かよ』
「大変だぞ、冥王ザァトの奴が致命的なミスを犯した!!」
『何だと!?』
『ようやく尻尾を出したのか!!』
『長かったなぁ』
手鏡から聞こえてきた同僚たちの声は弾んでいる。かつての上司の致命的なミスを、心の底から喜んでいた。
冥府総督府は扱っている情報の重要性から、外部どころか内部でさえ秘匿されることが多いのだ。労働環境の劣悪さすらも秘匿され、ほとんど機能不全に陥っていることなど実際に勤務していた獄卒しか知り得ない。
だが、この致命的なミスは大いに使える。誤審などあってはならないことだからだ。この情報は間違いなく叛逆の一手となるだろう。
「早速だ、中央魔法裁判所に掛け合ってくる。この異常事態を知らせることが出来るきっかけが作られたことは嬉しいものだな」
『しっかし、誤審をやるなんてとんでもねえな』
『だな。冥王ならあっちゃならねえことだぞ』
「だから糾弾もしやすい。何せ裁判の記録は全て冥府総督府に残されている、冥界を統べる王であっても罪人の魂をなかったことにするなどということは出来まい」
オルトレイは「それに」と笑い、
「裁判記録を改竄しても無駄だ。わざわざ冥王のところに乗り込んだ勇者に向かって、堂々と『私は何も間違えてない』と宣言したのだ。これこそが生き証人となる。魔法で記憶や記録を再生する術などいくらでもある、それを証拠として中央魔法裁判所に提出すれば黙っている訳にもいくまい」
『というか、嬉々として仕事をするだろうよ。連中は』
『おうとも。冥府総督府が危ういってのは嗅ぎつけてたからな。いつ乗っ取ってやろうかと虎視眈々と狙ってるさ』
「乗っ取りはいただけんが、上手いこと利用して働かせよう。目には目を、だな」
オルトレイと同僚たちの会話は大いに盛り上がった。
話し合っているのは、冥府総督府の改革だ。汚れた組織になってしまった冥府総督府を正しく機能するように戻さなければならない。
改革を行うには多くの協力者が必須だが、頭のいい獄卒は少ない。大半は法律の何たるかも理解していない馬鹿野郎どもが、文句を垂れながらも冥王ザァトに従っているだけに過ぎないのだ。
しかし、見込みのある現役の獄卒はいる。
「あの新人を使おう」
『ああ、あの異世界出身っての?』
『本当に大丈夫なのか?』
「なに、あいつは『冥王の座から引き摺り下ろしてやる』と啖呵を切った奴だぞ。革命の旗振りに抜擢するのは当然だろう」
新しいワインの瓶を開封しながら、オルトレイはつい先程までこの場にいた期待の新人に向けて言う。
「――なあ、キクガよ。お前こそが、この革命に相応しい」




