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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第3章:叛逆の狼煙

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【第3話】

「おい新人、何をしている。とっとと仕事にぐぼぉッ」



 冥府総督府めいふそうとくふの前で門番をしている獄卒をぶん殴って黙らせた。



「新人が謀反むほんを、謀反を起こしぎゃあ!!」



 通りかかった現場を知らない内勤ないきんの獄卒も、同じように殴って黙らせた。


 大股で冥府総督府の廊下を闊歩かっぽするキクガの形相は、まさに鬼のようであった。地獄を根城にする鬼の如く、罪人の青年の首根っこを引っ掴んで荷物の如くりながら迷いのない足取りで冥府総督府の最奥を目指して突き進んでいく。

 その様子に、他の獄卒は慌てたように逃げ出した。近づけば手にした鉄製の棒切れで容赦ようしゃなく殴られ、大怪我を負うことは必至である。下手に止めようとすることなく逃げることこそが吉だ。


 悪鬼羅刹あっきらせつと化したキクガは、ついに冥王の法廷ほうていまで辿り着くと巨大な扉を蹴り開けた。



「冥王ザァト!!!!」



 キクガの怒声が法廷内にこだまする。


 無数の鬼火をようするランタンがぼうと照らす、広大な冥府の法廷。その最奥に位置するのは、色とりどりの眼球を内包する黒いもやのような物体――冥王ザァトだった。ちょうど裁判が終わったばかりなのか、罪人が屈強な獄卒に連れ出されようとしている。

 その側では、冥王第一補佐官であるキサラギが眼鏡の奥にある瞳に鋭い眼光を宿らせてこちらをにらんでいた。冥王の法廷へ無粋ぶすいに乗り込んできたのだ、相手からすると面白くないだろう。


 今まで引き摺っていた罪人の青年を冥王ザァトの御前に放り出し、キクガは鉄製の棒切れで青年をぶっ叩く。「ゔッ」と青年の口から呻き声が漏れた。



「貴様、よもや誤審ごしんをやるとは冥王の座にあるまじき蛮行ばんこうだ!! どう説明するつもりだ!!」


「誤審?」



 冥王ザァトは色とりどりの眼球をうごめかせ、キクガの足元に転がる罪人を見やる。



「余が誤審をする訳がない。何か勘違いをしていないか」


「勘違いだと? ならば彼の罪状は何だ、言ってみろ!!」



 キクガの怒声に促され、冥王ザァトはそばに控えたキサラギに視線をやった。


 キサラギは慌てた様子で羊皮紙をひっくり返し、キクガが連れてきた罪人の情報が記された羊皮紙をようやく発見した。あのような手際の悪さでよくもまあ冥王第一補佐官を名乗れるものである。冥王の誤審にも疑問を持たないとは愚かなものだ。

 発見した羊皮紙を冥王ザァトに渡すと、骨ばった指先がそれを摘み上げる。小さな羊皮紙でもちゃんと確認できているのか、冥王ザァトは間違いなどないと言わんばかりに記された内容を読み上げた。



「彼の罪人、グレゴリオ・マディルカは自らの信奉する『ドゥブルイナ』なる神の名の下に23人の婦女子を殺害した罪がある。殺人は悪だ、第1刑場への収容が妥当である」


「その判断が正しいのならば、地獄の仕組みは崩壊する!!」



 オルトレイからの講義では、地獄へ落ちる際の罪状は加算方式だと言う。殺人に追加されて罪が重くなればなるほど、罪を重ねれば重ねるほど深い刑場へと落とされる仕組みだ。

 殺人を犯した程度の話ならば、まだキクガは法廷に乗り込むまでしなかっただろう。神の名の下に婦女子を23人も殺害した彼は立派な殺人鬼だろうが、果たしてその神を崇拝すうはいした罪はどこへ消えたのか。


 鉄製の棒切れを冥王ザァトに突きつけたキクガは、



「現世の法律に照らし合わせれば、3大宗教以外の宗教を信奉することは立派な罪な訳だが。彼は3大宗教のことを『邪教』と語った、彼の信奉する宗教は異教ではないのか!!」


「…………」


「答えられないとは片腹痛いな、冥王ザァト。それでも冥界を支配する王か!!」



 徹底的に冥王ザァトを糾弾するキクガに、キサラギが「黙れ!!」と叫んだ。



「冥王様に何という口の利き方だ!! 情けで冥府総督府に置いてくれている恩を忘れたか!!」


「うるさい、無能が!! 貴様も誤審であることを言及しなかった時点で同罪だ!!」


「ぐほあッ」



 飛びかかってくるキサラギの横っ面を、キクガは棒切れでぎ払った。紙細工の如く吹っ飛んだキサラギは、あっという間に動かなくなる。



「アズマ・キクガ、部下に対する暴力は処罰の対象となる。それ以上の蛮行は認められない」


「ほう、誤審をやるような愚王に私の何を裁けると言うのかね」



 部下を守ろうと発言する冥王ザァトに、キクガは嘲笑ちょうしょうを向けた。


 今後の人生を左右する裁判にいて、誤審を下すのは最も愚かなことだ。法律を仕事道具として扱うならば誇りを持って仕事に臨み、誤審を下すなどという真似は阻止しなければならない。

 しかし、自分の誤審を認めない冥王に何の威厳があるだろうか。信頼や信用など地に落ちたも同然である。今までの罪人も、中には誤審である可能性すら見えてきた。


 睨み合うこと数十秒、冥王ザァトが低い声で告げる。



「今回の件、処罰は追って下す」


「やってみろ。どのような処罰でも私は私の意見を変えない訳だが」



 毅然きぜんと応じるキクガの背後で「キクガ!!」と焦ったような声が響き渡った。

 誰かから通報を受けたのだろう、アッシュが法廷内に駆け込んでくる。その顔は青褪あおざめており、息を切らせていた。もう全てが終わったあとなので顔の青褪めっぷりはますます加速する。


 アッシュはキクガを羽交はがめにすると、



「キクガ、行くぞ。冥王様に何してんだ!!」


「離せ、アッシュ。私はあの愚王を徹底的に糾弾きゅうだんする、誤審などあってはならないことだが!!」


「冥王様が誤審なんてする訳がねえだろ!!」


「あの罪人は第6刑場行きが妥当な訳だが!?」



 アッシュによってズルズルと引き摺られるキクガは、それでもなお強い怒りの眼差しで冥王ザァトを真っ向から睨みつける。



「これで終わると思うな!! いつか、いつか貴様をその椅子から引き摺り下ろしてやる!!!!」



 覚悟しろ、という言葉は閉ざされた法廷の扉に阻まれて消えた。

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