【第2話】
肉を叩く音が耳朶を打つ。
骨を砕く感覚が腕を伝う。
目の前には呵責を受けてボロボロになった女の罪人がいた。彼女は生前、誰かを殺したのだ。その罪の内容を知らないので、キクガはただ痛めつけるしかない。
「泣いても無駄な訳だが」
「ぐッ、うぅ……」
親の仇でも見るような目でこちらを睨みつけてくる女の罪人を棒切れでぶん殴ると、紙細工の如く呆気なく吹き飛んだ。彼女の口から真っ白な小石のようなものが吐き出されたが、おそらく歯だろう。
「反省の色がなさそうだが、まだ必要かね」
「仕方がなかったのよ……!! 私だってあんな子、産みたくなかったのに……!!」
「なるほど、自分の子供を殺したか」
女の罪人の口から吐き出された呪詛のような言葉に、キクガは納得したように頷く。
己の子供を殺す親など、キクガには考えられなかった。自分の子供は目に入れても痛くないほど可愛がっていたのである。世の中の親とはそういうものかと思えば、どうやら目の前の女は自分の子供を愛することが出来ずに殺したらしい。
起き上がってもなお睨みつけてくる女の罪人の鼻っ面を蹴飛ばし、キクガは彼女の後頭部をごうごうと燃え盛る炎に押し付けた。
「あああああああああああああああああ!!」
「君の子供はこれ以上に痛かったはずだが? 何故、その痛みを親である君が免れると思うのかね」
顔面を靴底で踏みつけてさらに呵責を重ねるキクガ。『子供を殺した』というただ一点に於いて、彼女はキクガの逆鱗に触れた。
ジタバタと暴れる女の罪人は、やがて静かになる。見れば後頭部どころか全体が消し炭になる勢いで燃やし尽くされていた。放置していればそのうち生き返るだろう。そうなったらまた呵責の再開だ。
キクガは正座させた罪人たちに振り返ると、
「次は君な訳だが」
「ぎゃんッ!!」
指名ついでに鉄製の棒切れを横に薙いで、正座をさせていた青年をぶん殴る。呆気なく吹き飛んだ青年を、キクガは容赦なく棒切れを振り下ろした。顔面と腹部、それから足など全体的に痛めつけていく。
青年の、特徴的なものは何もない地味な顔が痛みに歪み、殴られたことで腫れ上がる。かろうじてかけていた眼鏡はあっさり破壊され、フレームは折れて歪み、レンズは粉々に砕け散った。原型が残っているだけマシだろうか。
数えて5回ほど棒切れによる暴力を振るった時、青年の口からか細い声が漏れる。
「おお神よ……我が信仰せしドゥブルイナ様よ……これがあなたの下す罰ならば喜んでお受けしましょう……!!」
「む」
どうやら、どこぞの宗教を信仰している様子である。この場に連行された際も「おお神よ」なんて言っていたし、どこぞの宗教の信者だとは思っていたが、随分と熱心な信者のようである。
信仰する宗教があれば呵責の内容も考えやすい。宗教が禁じていることをわざとやらせれば、信者にとっては苦痛になるだろう。
呵責の手を止めて倒れ伏す青年を見下ろすキクガは、
「それは一体どこの宗教かね。教典を誦じることは出来るか?」
「は? 教典?」
青年は不思議そうな声を上げ、
「そんなものはないが?」
「ないだと?」
キクガの声が自然と低くなる。
教典が存在しない、ということに対して怒りを抱いた訳ではない。かといって怪しんだ訳でもない。
脳裏をよぎったのは、ここ数日間に渡ってオルトレイから叩き込まれた地獄に落ちるべき罪の内容である。様々な罪がある中で、ごく最近聞いた講義の内容が蘇った。
――「現世の法律に基づくと、少々厳しくてな。『エリオット教』『アニスタ教』『魔法聖教』の3大宗教以外の宗教は全て異教判定を受けて地獄行きになる。だから第6刑場に落ちる連中には、信奉する神の名前や宗教の名前を言わせればいい」
――「信奉する神すらも分からんような阿呆には、宗教の教典を誦じさせればいい。特に『戒律』と呼ばれるやってはいけないことは、どれほど馬鹿でも頭に叩き込まれているはずだ。何せその宗教の禁止事項だからな」
――「法律を多少緩和すれば第6刑場行きの罪人も減るだろうが、現時点での法律の改正は難しいからな。そこで判断するしかなかろう。まあ偏見にはなるが、3大宗教以外を信奉する阿呆は碌な奴がいないからな。地獄行きは妥当だろう」
当然、キクガは3大宗教の主祭神も頭に叩き込んである。教典の戒律部分も同様だ。それなのに、彼の口から語られたのは3大宗教に祀られている神以外の名前である。
つまりこれは、異教徒判定だ。第1刑場に叩き込まれるべき罪人ではない。もっと深い場所にある地獄に連れて行かれるはずの罪人だ。
キクガは真っ赤な空を見上げて、それから青年へと視線を戻した。
「質問を」
「何でしょう」
「君は3大宗教を信奉している訳では?」
「あんな邪教を信奉するなんて、とんでもない!!」
青年はボコボコに腫れ上がった顔面を怒りで赤く染め、やおら立ち上がる。
「『全ての人々が平等に幸福を』と宣うエリオット教も、『強者は弱者を守る為にある』と馬鹿げたことを言うアニスタ教も、『魔法こそが正義』とか言う魔法聖教も全て悪だ!! 何故、人はあのような愚かな宗教を信奉するのか私のようにドゥブルイナ様を信奉すれば世の中は明るく」
「そうか黙れもういい」
「ごへあッ!!」
青年の顎めがけて棒切れを振り抜き、キクガは彼を黙らせた。妙に早口だった。気味が悪い。
ただ、分かったことがある。
これは明らかに別の刑場へ送られなければならない罪人だ。第1刑場では反省できない。
つまるところ、冥王の誤審である。
「――冥王ザァトおおおおおおおおおおおおおお!!」
青年の首根っこを引っ掴み、キクガは怒りの表情で叫ぶと冥府総督府の本部に向かうのだった。




