【第10話】
オルトレイ・エイクトベル様。
貴公が冥府総督府を去られてから2年半が経過しました。
お元気ですかお過ごしでしょうか。こちらは変わらず、多くの獄卒で賑わいを見せています。つい最近では新しい獄卒を迎え、ますます賑やかさにも磨きがかかりました。
さて、貴公にお願いがあります。
どうか冥府総督府に戻ってきてはいただけないでしょうか。
貴公が率いる呵責開発課は現在、機能不全寸前にまで陥っております。拷問用の器具の修理が山のように積み重なり、連日、呵責開発課の職員は遅くまでの作業を強いられております。
優秀な魔法使いであり、かつて呵責開発課を束ねていた獄卒であらせられる貴公が戻ってきてくれれば、彼らの負担は減ることでしょう。
今もなお貴公の帰りを待ち続ける部下の為にも、ぜひ
☆
オルトレイはそこまで手紙を読んでから、ぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に叩きつけた。
今朝、郵便受けに届いていた手紙である。宛先は冥府総督府の責任者――つまり冥王ザァトからであった。
内容は『冥府総督府に戻ってきてほしい』というものである。筆の端々から切実な思いが溢れているが、オルトレイは手紙を叩きつけたゴミ箱に虫でも見るような忌々しい目つきを向けていた。
「だーれが戻るか、戯けが」
吐き捨てるように言った矢先、オルトレイの近くにあった手鏡が煌めいた。
無骨な手鏡の表面が輝いており、微かに「おーい」という呼びかけるような声が聞こえてきた。オルトレイが右手を手鏡に翳すことが合図となり、パッと鏡面に自分の顔ではない誰かの顔が表示される。
通信魔法と呼ばれる魔法である。手鏡や水鏡、時には思念などを介して遠く離れた他人と意思疎通を取ることが出来る魔法だ。鏡面に映っていたのは、かつて冥府総督府で勤務していた時の部下である。
「どうした?」
『手紙、来たか? 冥王様からの』
「ああ、来たとも。鼻で笑えてくるがな」
オルトレイは嘲るように笑い、
「あんな丁寧に『戻ってこい』と言われても、戻る訳がない。沈みかけの泥舟に誰が乗りたいものか」
そう言って、オルトレイは通信魔法を切った。
うんともすんとも言わなくなってしまった鏡面を一瞥し、オルトレイは窓の向こうに視線を投げる。
そこに広がっていたのは、どこまでも真っ赤な空だった。赤いと言えば、つい最近訪ねてきた獄卒の男も赤い瞳を持っていた。表情変化には乏しいが、聡明で冷静沈着で天然に見える異世界人だ。
「すまんな、キクガよ」
小声で、オルトレイは謝罪する。
「冥府総督府はもう終わりだ」




