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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第2章:世界で2番目に優しい魔法使い

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【第9話】

 翌日のことである。



「――てことで、今日も頼むぞ」


「「「「「うす!!」」」」」



 屈強くっきょうな獄卒たちの野太い返事が、第1刑場にこだまする。


 キクガは、もはや相棒とも呼べる鉄製の棒切れの調子を確かめていた。振ればなかなかいい音が聞こえてくるし、重みも十分である。今日も元気に呵責かしゃくに励むことが出来そうだ。

 昨日は1人の罪人につきっきりだったが、今日はどうだろうか。昼休憩が終わった時点で大量の罪人が追加されたので、2人の罪人を担当する羽目になりそうである。そうなったら呵責の内容を変えるべきだろうか。


 本日の仕事内容を頭の中で反芻はんすうしていると、上司のアッシュが「キクガ」と呼んだ。



「テメェ、みょう毛艶けづやがよくなってねえか?」


「そうかね?」



 キクガは自分の髪を触って確かめる。変わりはないと思うのだが、嗅覚きゅうかくすぐれたおおかみのアッシュには分かってしまうのだろうか。



「おうよ、どこかでいだことのある匂いだな」


「心当たりがあるとすれば」



 くんくんと鼻をひくつかせるアッシュに、キクガは思い当たる節があると言わんばかりに告げた。



「オルトの屋敷で風呂を借りた訳だが。彼に湯船を入れてもらった方が何倍も早かった」


「嘘だろ!?」



 アッシュが驚愕きょうがくの声を上げた。何か異常だっただろうか。



「アイツ、獄卒のことを毛嫌いしてるのに。キクガ、テメェは追い返されなかったのか? 確か制服で出かけたよな?」


「追い返されはしなかったが、警戒はされた訳だが」



 屋敷に招き入れられる前と、客間に通されたあとの2段階で疑われた訳である。屋敷に招き入れられる前の警戒心は恐れて逃げ出すことを想定し、客間に通されたあとの警戒心は下手なことを話せば確実にその場で亡き者にされる可能性が考えられた。ただ、オルトレイが抱く警戒心は無駄に終わってよかった。

 彼は冥王ザァトの息がかかっていると思っていたようだが、残念ながら昨日今日来たばかりのキクガが冥王ザァトの影響を受けるはずがない。むしろ容赦なく仕事を増やしてくるので、裁判が正しいのかと疑いにかかっているぐらいだ。


 まあそんな訳で、特に何の障害もなく地獄の仕組みの講義もしてもらったのでキクガとしては万々歳である。そのあとに美味しい夕食も食べられたし。



「ところで」


「あン? 何だよ、キクガ。オレに分かる質問にしてくれよ」


「なら、分かればでいい訳だが」



 キクガはアッシュの鋭い銀灰色ぎんかいしょく双眸そうぼうを見上げ、



「オルトはキサラギ補佐官とめて、冥府総督府を去ったと言っていた訳だが。理由は?」


「あー……」



 アッシュは言いにくそうにキクガから視線を逸らすも、容赦なく突き刺さってくるキクガの視線に観念して口を開いた。



「オルトは呵責を開発する課の課長でな。獄卒の拷問器具なんかの修理とか、新しいものを開発したりとか、そういう仕事をしてたんだ。結構優秀でたくさんの部下にも慕われててな、オレたち獄卒課もオルトがいてくれたから助かってたって節もある」


「なるほど。確かにオルトは面倒見がいい訳だが」



 キクガが地獄の仕組みを学びたいという姿勢を馬鹿にする訳でもなく、懇切丁寧こんせつていねいに教えてくれたオルトレイはかなり面倒見がいい男である。大勢の部下にしてわれるのも想像できた。

 そして、キサラギと揉める姿も予想できる。面倒見がよく正義感が強い彼なら、部下を守ろうとして自ら冥府総督府を去る道を選んだのだろう。


 そう考えたのだが、



「でも全自動の獄卒を導入するとか言って開発してたのがキサラギ補佐官に見つかってな。取っ組み合いの大喧嘩に発展するぐらいに揉めて、オルトは大勢の獄卒を引き連れて冥府総督府を辞めたんだ」


「……人形でも作ろうとしていたのかね?」


「人形の技術を応用するとか息巻いていたけど、アイツの話の中身はこれっぽっちも理解できなかったな」



 アッシュは後頭部をガシガシと掻くと、



「オルトはな、めちゃめちゃ優秀な魔法使いで面倒見もいいんだけどな。欠点が『馬鹿なことしかしねえ』ってことだ。面白いことや楽しいことが好きすぎるあまり、優秀さを全力でくだらねえことに使うからキサラギ補佐官と対立が激しくてな」


「…………」



 呆れ果てたような口振りのアッシュに、キクガはどう反応すべきか悩んだ。


 昨日まで接していたオルトレイは、別段そんな素振りはなかった。変なことを教えられることもなかったし、変な行動をする姿も見えなかった。至って優しい魔法使いだったのだ。

 それが、アッシュの話を聞いて印象がはかなくも崩れ去った。果たして、昨日与えられた地獄の仕組みに関する知識は正しいものなのだろうか。最初から最後まで嘘を教えられているということはないか?


 全ての行動が怪しく思えてきて、キクガは頭を抱えた。もし嘘を教え込まれたとしたら最初から学び直しである。



「昨日のあれは嘘……?」


「いや、それはねえ。アイツは他人を揶揄からかったりするが、不利益になるようなことは絶対にしない」


「もし嘘だった場合は、私の全てを賭けてでも殺してやる……」


「殺意が高くて何よりだが、もうオレもテメェもオルトも死んでるってことを忘れるなよ」



 アッシュに「いいから仕事に戻れ」と背中を叩かれたことで正気を取り戻したキクガは、渋々と呵責の仕事に戻るのだった。

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