【第8話】
「何ッ、異世界とな!?!!」
オルトレイの驚愕に満ちた声が、広々とした客間に落ちる。
あれからキクガは、正直に自分が今まで辿ってきた経緯を話した。交通事故で死去したと思ったら始まりの神セイレムと名乗る女性によって異世界に移動させられたこと、そして「ある世界を救ってほしい」と命じられたことなどを、出来る限り詳細に話した。
これで信じる人間はそうそういないだろう。何せ異世界である。自分が「異世界出身です」なんて言おうものなら、確実に頭の中身を疑われる。キクガの物怖じしない態度でようやく異世界出身であることを、周囲は納得してくれたのだ。
ところが、オルトレイはどうやら他とは違うらしい。
「素晴らしいではないかッッッッ!!!!」
キクガがひっくり返るほどの大音声で、称賛の言葉を叫ぶオルトレイ。その青色の瞳はキラッキラと輝いていた。
「異世界、異世界だと? どうりで俺の知識にはない単語や拷問の内容が出てくるものだと思った。異世界出身ならば納得できるな」
「信じるのかね」
「何を言う。こうやって会話を重ねていけば知れることだ」
キクガが拍子抜けしてしまった。この世界にやってきて、初めての経験だった。
何故なら、アッシュでさえキクガが異世界出身であると信じるのに時間がかかったのだ。異世界出身と言うだけで何かしら疑われるし嘲られる訳である。もう自分の出身地を教えるのは止めた方がいいのではないかと頭の片隅で考えるほどだ。
でも、オルトレイは信じた。キクガがつい発してしまった聞き慣れない単語や会話の内容に、どこか違和感を覚えたらしい。そして「異世界出身だ」と明かすと確信した様子だった。どこか嬉しそうに頷いている。
「異世界とはどういうところだ? 魔法は存在するのか?」
「魔法は存在しない」
キクガは即座に否定すると、
「代わりに科学技術が発達している訳だが。魔法を使わずに火を灯し、熱を得て、空を飛び、移動する。君たちが魔法でどうにかしていた技術を、我々は魔法を使わずに再現してきた」
「おおー」
オルトレイは感心したように呟く。
「魔法を使わずに魔法と同じようなことが出来るとは面白い。ぜひ聞いてみたいのだが、例えばどんな?」
「ふむ……色々ありすぎる訳だが」
キクガはしばらく思案し、それからポンと閃いたように手を打った。
「この世界の風呂は、大量に積まれた石のようなものがあった訳だが」
「ああ、あれは『水成魔石』だな。あれを浴槽に叩きつけると、石の大きさに合わせたお湯が出る仕組みだ」
オルトレイはうんうんと何やら頷いているが、キクガにとっては不便極まりなかった。
何せキクガの知る日本文化はお湯が潤沢だったのだ。そもそも海に囲まれた島国である我らが日本は水資源が豊富であり、ガスで沸かせばお湯になるという技術がある。温度を魔法で変えられるならば『ガスでお湯を沸かす』という方面は超えられるだろうが、水を自由に出すにはやはり魔法を習得しなければならないというのはお話にならない。
この世界では石を叩きつけてお湯を出すことに慣れているだろうが、この部分に関しては異世界の方が便利だ。
「異世界では蛇口を捻ればお湯が出る訳だが」
「蛇口とな。風呂の種類か?」
「水やお湯を通す管のようなもので、蛇口は栓のようなものだろうか。とにかく蛇口を捻れば自由に水もお湯も出る訳だが」
「何と、それは便利だな!!」
オルトレイは周囲をキョロキョロと見回すと、応接用のローテーブルに広げられていた真っ白な紙にガリガリと何かを書き込んでいく。
「まずは巨大な器の中に自動で水が生成されるような魔法陣を組み、管がそれを吸い上げて蛇口とやらで水量を調整する。魔法が使えずとも風呂に入ることが出来るきっかけ作りにもなるだろうな。うむ、これはなかなか素晴らしい異世界の知識だ」
「この世界では風呂は贅沢品なのかね」
「まあ、そうだな。基本は魔法が使えなければ入れない」
それまで何かブツブツと話しながら羽ペンを紙面に走らせていたオルトレイは、キクガが投げかけた質問にさらりと回答する。
「そも、魔法は上流階級のお貴族様しか使えん。一般人では学ぶ機会すら与えてもらえないのが現状だ」
「それは差別と言うのでは?」
「だろうな。俺もそう思うが、1人2人が声を上げたところで世界はそう簡単に変わる訳がない。俺も声を上げてもよかったのだが、家の方針的にそんなことを言うのは憚られてな」
「何の家系だったのかね」
「これでも元軍人だ。強いぞ、俺は」
ふふんとふんぞり返るオルトレイだったが「とにかく」と話を強引に戻す。
「お前の異世界の知識は、この世界が便利になるきっかけを作るだろう。便利になれば一般人さえも魔法を学ぶ機会を作ることが出来るかもしれん。世界を大きく変えるには大きな一手が必要だ」
「私の知識がその一手になると?」
「お前は知識の提供をすればいい。俺がまとめて著書として現世に流す。なぁに、死者でありながら文筆業をして活躍する奴らなど大勢いるし、俺も何度かそうしてきたのだからな。これは確実にどうにかなるぞ〜」
ホクホク顔で何やら画策するオルトレイに、キクガは渋い顔で苦言を呈する。
「私が知識を提供する対価としてあまりにも釣り合っていないような気もする訳だが」
「む、不満か」
「不満だ。私が提供した知識が世界を発展させたとして、私の旨みはどこにある。いいように利用されるのはお断りしたい訳だが」
異世界知識を提供するのは吝かではないが、その提供した対価がないのは困る。せめて情報提供者として金銭でも得られればいいのだが。
オルトレイもそれに気づいたのか、両腕を組むと「確かにそうだな」と言った。頭の切れる魔法使いだと聞いていたが、あらゆる方面にも精通しているらしい。
人差し指を立てたオルトレイは、
「ではお前が異世界知識を提供してくれた分だけ、こちらもこの世界に関する知識を提供しよう。平等だろう」
「私が提供した異世界知識で世界が発展した場合、儲けはどうなるのかね。情報提供として金銭ぐらいは要求できる訳だが?」
「む、仕事として交渉してくるか。なるほど、頭がいいな」
オルトレイは「いいだろう」と頷き、
「書籍として販売する利益のうち2割を提供」
「足りない、4割だ」
「まあ聞け。4割を出してもいいが、2割を金銭で支給とし残りの2割は現物支給でどうだ」
「現物支給?」
首を傾げるキクガに、オルトレイは鷹揚と頷いた。
「お前の衣食住のうち衣食の部分を保証しよう。昼食は冥府総督府の食堂があるだろうが、それ以外の朝食と夕食分は俺が面倒を見る。その他、衣類の仕立ても任せるがいい。家事全般は得意だ」
どうだ、とオルトレイは取引を持ちかけてくる。
確かにそれは魅力的な提案である。何しろ、最も困っているのがその部分なのだ。
キクガは何も持たずにこの冥界へやってきてしまった。衣類も、この世界に着てきたスーツぐらいのものである。面倒を見てくれるのならばこれ以上なくありがたい。
考えるまでもなかった。
「交渉成立だ」
「うむ、これからよろしく頼むぞキクガよ」
オルトレイと硬い握手を交わし、キクガは今回の情報提供の話を交渉成立とするのだった。




