【第7話】
「地獄の仕組みより先に、まずは冥府総督府と死後の世界という括りからだな」
「よろしく頼む」
「俺たちが生きるこの世界が死後の世界――正式名称を『冥界』と言う。その中で死者が生前に犯した罪を裁定し、天国行きか地獄行きを判別する裁判所のような施設が『冥府総督府』と呼ばれている」
オルトレイの講義が始まると、内容はかなり分かりやすいものだった。アッシュから聞いていたこの世界に関する知識を適宜修正しつつ、キクガはオルトレイからもらった紙に講義内容を書き留めていく。
上司の説明はやたら大雑把だが、オルトレイの説明は簡潔ではあるものの内容がしっかりと頭の中に入ってくる。「教え方が上手い」と本人は自画自賛していたが、これは確かに教え方が上手いと納得せざるを得ない。
加えて、革製の表紙が特徴的な分厚い書籍を広げて、正確な情報をキクガに提示してくれる。冥界に住むことが許された人間の条件、役割、冥府総督府にある課の名称や仕事内容など、事細かに説明してくれた。それらをメモ用紙に書き留めて、頭の中に叩き込んでいく。
様々な情報を詰め込みすぎて頭を抱えたくなるキクガをよそに、オルトレイの話は続く。
「そして地獄の仕組みだが、例えるならこうだな」
そう言って、キクガが書き留めたメモ用紙を取り上げると羽ペンで何かの図形を書き込んでいく。
それはすり鉢の様な形をしていた。あるいは深い壺か何かだろうか。とにかく何かの器みたいな見た目をしており、全部で9階層に分断される。
最も入り口に近く、浅い場所にオルトレイが書き込んだのは『1』という数字だった。そこから深さが増していくごとに番号を振り当てていき、最終的に深い場所へ『9』と書いたところでメモ用紙を返却してくる。
「これが地獄の形だ」
「何かの器の様に見えるが」
「確かにそうだな。最も浅い階層にある刑場が第1刑場と呼ばれ、殺人の罪を犯した罪人が投獄される場所だ。罪は加算方式で重くなればなるほど地獄の深い場所にある刑場に落とされる」
「なるほど」
この部分は聞き覚えがある。アッシュから教えてもらった通りと言ってもいいだろう。
「ちなみに各刑場が取り締まる主な罪状はこうだ」
そう言って、オルトレイが取り出したのは1冊の書籍である。立派な装丁の本を広げて、ページをキクガの目の前に見せてきた。
ページの表面にはオルトレイがキクガのメモ用紙に書き込んだようなすり鉢状の地獄の図形があり、それぞれの刑場に解説が振られていた。解説の内容は端的なので非常に分かりやすい。
第2刑場……肉欲の罪。
第3刑場……大食の罪。
第4刑場……浪費の罪。
第5刑場……怠惰の罪。
第6刑場……異教信仰の罪。
第7刑場……暴力の罪。
第8刑場……破滅の罪。
第9刑場……裏切りの罪。
これを見る限りでは『裏切り』が最も重い罪となっているようだ。
「裏切りが重たい罪になるのかね」
「お前、戦争の時に祖国を裏切って敵国に寝返った奴を憎いとは思わんのか。悪いと思ったことは?」
「有罪な訳だが。なるほど、確かに大罪だ」
キクガは納得したように頷いた。
裏切りとは、すなわち自分の利益だけしか見えていなかった愚か者のすることである。全ての信頼を失うと言っても過言ではない愚行だ。大罪に認定されるのも理解できる。
その他の刑場も大体は罪の内容を予想できるが、ここで疑問に思うことは「地獄の罪は加算方式で算出される」というオルトレイの発言である。加算方式では『人を殺してはいないが他の罪を犯した』というパターンはどうするのか。
「オルトレイ・エイクトベル、質問が」
「オルトでいい」
オルトレイは少し冷めた紅茶を呷り、
「長いだろう。俺も『オルト』と呼ばれるのが気に入っている」
「いや、だが馴れ馴れしくそう呼ぶのは」
「何だ、俺とお前の仲ではないか。俺たちはいい友達になれると思うのだがなぁ?」
楽しそうに笑うオルトレイに、キクガは少しばかり恥ずかしさを覚えた。こういうことが言えてしまうとは、何だか少しだけ考えものである。
「ではオルト、刑場の罪は加算方式とあるが殺人が関与しなくても刑場に落とされることは?」
「なるほど、いい質問だ」
オルトレイは「ふむ」と考える素振りを見せると、
「例えばだが、第2刑場について話そう。あそこは肉欲の罪、つまり不貞や多数の男女の関係を持ったが故の殺人が起きれば落ちる地獄だな。惚れた腫れたは時に罪になるが」
「ふむ」
「不貞や多数の関係性を結んだだけで殺人にまで至らなかった場合、落ちる地獄は第2刑場だが呵責内容が軽減される」
キクガはオルトレイが広げたままにしている本に視線を落とした。
第2刑場の呵責内容は『溺死』である。恋に溺れるということから水にでも溺れさせるのか。
まだ第1刑場にしか行ったことがないので、まだ第2刑場の状態すら知らない。何故そこまで教えてくれなかったのか、あの上司。
「ちなみに呵責内容は?」
「鉛のように重たい特殊な水の中にドボン」
オルトレイはカラカラと笑いながら、
「軽くなった場合の呵責内容は、その水に顔面を沈ませてたっぷり水責めさせてやるがな」
「借金取りかね。効率の悪い」
キクガはほんの僅かに顔を顰めて、
「ならば車輪にでも括り付けて回してやればいい訳だが。適度に呼吸が出来て、遠心力で目も回って罰にもなる。呵責が拷問と呼ばれるものであるならそのような内容が適していると思うのだが」
「ほう、面白い内容だな」
オルトレイは青い瞳を細めて、キクガを真っ直ぐに見据えた。まるで何かを見透かすように、
「先程からお前、珍妙なことを言ったりするな。『シャンデリア』とか『自動ドア』とか、先程の拷問の内容もそうだ。俺は長いこと生きているが、お前の話す単語や知識はどうにも俺の知っているそれとはかけ離れているな」
どきり、とキクガの心臓が跳ねる。
まだ彼には、キクガが異世界出身であると教えていない。他の獄卒や冥王ザァトでさえ信じようとはしている気配がないのに、こうも短時間で見抜かれるようなことがあるか。
正直に話すべきかと迷うキクガに、オルトレイは口を開く。
「お前、出身はどこだ? 両親はどこに?」
もう誤魔化せないと悟り、キクガは「どうせ信じてくれないだろうから」と正直に話すことにした。




