【第9話】
「あの元第一補佐官の子、本当に輪廻転生を許してよかったの?」
「構わない訳だが。次はどうか生贄に選ばれないような人生を歩めるよう、私は祈るしかない」
「他の子は深淵刑場に送られたのに。お揃いにしてあげなくてよかった?」
「他は知らん。態度が悪ければ輪廻転生したところで治らない訳だが」
輪廻転生を選んだハスミ・キサラギを見送り、キクガは淡々とした口調で返す。他の補佐官は第七席の手によって氷漬けにされるまでぎゃーぎゃーと喧しかったが、今や冥王の法廷は静かだ。
傍聴席が解体されたことで獄卒たちは己の仕事に戻り、冥王も裁判がないということでどこぞに消えた。今はキクガとグローリア、そして第二補佐官と第三補佐官と第四補佐官の3人を深淵刑場に叩き込んだ第七席しか法廷内にいない。先程までの賑やかさが嘘のような静かさである。
グローリアは「そっかぁ」と頷き、
「まあ、彼の人生がよくなるのかは運次第だけどね」
「少なくとも、理不尽に生贄などに選ばれることはないと思いたい訳だが。あれは法律で縛った」
「もし法律を破ったら?」
「その時は」
キクガはグッと拳を握った。それはもう、力強く。
「生きたまま冥界まで引き摺り込んでやる訳だが。その為の法律でも用意してやる」
「わあ、凄い。燃えてるね」
朗らかに笑うグローリアだったが、深淵刑場に生意気な態度を取った補佐官どもを送り込んだ第七席に肩を叩かれて振り返る。無言で見つめ合うこと数秒、グローリアが「ああ、そうだね」と納得したように頷いた。顔も見えないのにアイコンタクトが成立するのか。
「キクガ君。君はめでたく七魔法王に選ばれた訳だけど」
「ああ」
キクガはふと七魔法王について思い出した。
魔法使いや魔女がほしくて止まない地位――七魔法王。最も優秀な魔女や魔法使いに与えられる称号を、魔法をクソも使えないキクガに何故か与えられてしまった。世界に衝撃が走ったことは間違いない。
引き受けるにあたって何か仕事が増えるのだろうか。今の自分の業務との兼ね合いもある。あまりにも負担が増すようなら辞退も視野に入れようとあれこれ考えた。
「何か仕事が?」
「たまに会議があるぐらいだけど、通信魔法でも全然対応できるよ。それ以外はまあ、流れかなぁ」
「流れ」
「あとで説明するね。――今はちょっと別のことを説明しなきゃ」
グローリアはそう言って、第七席を指差した。
「まずは第七席の正体を知ってもらおうかな。これは七魔法王しか知らないから他言無用でお願いね。絶対だよ」
「それは、私に明かしてもいいものかね」
「君は七魔法王の第四席だから当然だよ」
グローリアの言葉に、妙な緊張感がキクガを襲う。
第七席は今まで正体不明とされていた。キクガでさえ顔すら見たことがない。喋る時も変声機を利用したのかと言わんばかりの酷く曖昧なものだった。
徹底して隠されていた正体が、今になって明かされる。しかもその正体は他言無用である。緊張感も半端ではない。目が泳ぎでもしたらどうしようかと内心で焦ってしまう。
そんなキクガの焦りなど知ってか知らずか、第七席はついに自分の頭部を覆い隠すフードに手をかけた。
「よう、キクガさん。久しぶりだな」
変声機を使用せず聞こえた第七席の肉声は、聞き覚えのある女性の声だった。
「まさか」
「そのまさかだよ」
驚くキクガの前に、第七席は頭部を覆い隠していたフードを取り払った。
フードの下から現れる、美しい銀色の髪。色鮮やかな青色の瞳が愉悦の感情を滲ませてキクガを射抜く。高級な人形を想起させる絶世の美貌には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
フードを取り払った影響か、それまでぼんやりとぼやけていたはずの身長が確定される。女性の平均的な、それでいてやはり小柄な体躯が露わとなった。服装は違えど、幻覚の類ではないらしい。
ユフィーリア・エイクトベル――呵責開発課課長のオルトレイの息女が冥界にご降臨された。
「いやァ、笑いを堪えるの大変だった。冥府関係者なのにまさか『龍帝国出身』ってホラを吹いてくるとはな」
「最初から知っていたのかね」
「当たり前だろ。支配権は冥王に譲ったが、ある程度の情報は入ってくるからな」
ケラケラと笑うユフィーリアに、キクガは恥ずかしさを覚える。今まで必死に冥界の関係者であることを隠していたのが無駄なようにも思えた。
「では、その。君の父親が冥界にいるのも」
「楽しそうで安心した。親父のことだから冥界に行っても陰気臭く魔法の実験でもやってんのかと思ったが、楽しそうに過ごしているから娘としちゃ安心したよ」
ユフィーリアは「これからも親父のこと頼むわ」なんて気軽に頼んでくる。軽かった。あまりにも言い方が軽かった。
「じゃあそんな訳で、七魔法王の重要な説明はアタシがやろうかな」
「グローリア君ではないのかね」
「こいつ説明が下手くそだから」
「なるほど?」
説明が下手だとは感じなかったが、どうやら魔法使いや魔女の界隈ではグローリアの説明は下手の部類にあるらしい。まあ彼女も父親に似て説明上手なので、このまま任せてしまった方がよさそうだ。
「とは言っても簡単だがな。七魔法王の称号は交代制だ、試練を乗り越えて現行の七魔法王を退けた奴が七魔法王になれる」
「試練」
「第四席は今まで空欄だったが、試練内容はあらかじめ設定されている。その内容はあとで送るから確認してくれ。改変は自由だ。難しくしようが簡単にしようが何しても自由」
「ふむ」
キクガは頷き、
「交代制というのは、何が基準となっているのかね?」
「そりゃ死んだら交代だよ。七魔法王が与える試練を乗り越えた奴に現行の七魔法王と戦う挑戦権が与えられ、見事殺すことが出来れば次代の七魔法王だ」
トリサダ・キサラギも「他の七魔法王を引き摺り下ろすのは命懸け」というようなことを言っていた気がする。なるほど、試練を乗り越えたとしても優秀な七魔法王との決闘に敗れて死ぬ可能性があるから命懸けなのか。
ユフィーリアの言では、第四席の椅子だけ座るに相応しい人物が今までいなかったのが問題だったらしい。だからこぞって魔法使いや魔女が狙ったが、ことごとくダメだった。何とも厳しいことである。
グローリアはニコニコの笑顔で、
「そんな訳で、キクガ君。君も命を狙われることになるから気をつけてね」
「サラッと横からとんでもないことを言わないでくれないかね」
「アタシも気をつけろよとしか言えねえわ。まあ頑張れ」
「軽すぎる訳だが」
あまりにも頼りにならないグローリアとユフィーリアの助言に、キクガはため息を吐くしか出来なかった。




