【第10話】
その日、オルトレイの屋敷では盛大なパーティーが催された。
「祝!! 冥王第一補佐官への昇進おめでとう!!」
「おめでとうございます、アズマ補佐官!!」
「おめでとう、キクガ」
「おめっとー」
「めと」
「ありがとう」
オルトレイの広々とした屋敷に大勢の獄卒が詰めかけ、口々にキクガが冥王第一補佐官に昇進したことを祝ってくれる。
中には家族同伴で駆けつけてくれた獄卒もおり、アッシュがその代表格だった。恰幅のいい彼の奥方からは気合を入れられる意味合いで背中をぶっ叩かれ、彼の子供たちであるアンドレとエリザベスはキクガの足にしがみついて「おめとー」「めとー」とお祝いしてくれた。可愛すぎる。背中の痛みなど遠いものに感じた。
すでに赤ワインを2本ほど開け、ほろ酔い状態のオルトレイはキクガの肩を抱き寄せて意気揚々と言う。
「油断はならんぞ、キクガよ。冥王になるには、ここから長い実地訓練を重ねていかねばならん。気が遠くなるような月日を過ごす必要があるが、冥王をその椅子から引き摺り下ろすには耐えろ」
「心得ている訳だが」
キクガはグラスに注がれた赤ワインをくぴりと口に含み、ふと疑問を口にした。
「気の遠くなるような月日と言うが、大体どのぐらいかね? 10年?」
「実地で900年以上、現世での研修で5年以上。合計で1000年の月日が必要だな」
「ぶッ」
オルトレイの説明に、キクガは赤ワインを吹き出しかけた。
1000年など無理である。どう足掻いても生きていられない。仙人にでもならなければ到底不可能である。
年齢の概念を超えてしまったオルトレイやすでに死者であるアッシュならまだしも、キクガは最初からこの世界で死んだ訳ではない。寿命だって普通である。いつ正式に死を迎えるか分からないのに、1000年もかかるなど聞いていない。
「オルト、早くも私の心を折りに来ないでほしい訳だが」
「折ったという自覚はないが、どの辺りで折れそうになった?」
「冥王になるまでに1000年かかるとか正気の沙汰ではないが? それまで生きている自信はない」
「ふむ。ではキクガよ、少し尋ねるが」
オルトレイは真剣な表情で、
「お前が獄卒の新人から冥王第一補佐官に至るまでに経過した年月は?」
「え?」
キクガはふと自分が獄卒時代の新人で、アッシュに世話になっていた時を思い出す。
あれから色々とあった。現場を駆け抜け、呵責開発課に転属し、冥府書記官の資格を引っ提げて記録課に転属し、記録課の課長を経て冥王裁判課までのし上がった。大躍進である。
その時に必要だった年月と言えば、それほどかかっていないかと思う。長くて半年ぐらいだろうか。
「長く見積もっても半年では」
「6年だ」
法外な数値がオルトレイの口から言い渡された。
「お前が新人から現在の地位まで上り詰めるのに、6年は経っている。もちろん現世での時間を参照しているぞ」
「嘘だろう」
キクガは愕然とした。
いつのまにか自分は6歳も歳を取っていたということか。そういうつもりは毛頭ないし、老いを感じることはないのだが、何だか自分が浦島太郎のようになった気分である。
このままではあっという間におじいちゃんになりかねない。ヨボヨボ、ヨタヨタの状態で何が威厳のある冥王第一補佐官になれるだろうか。ヨボヨボになったら必要なのは入れ歯である。
しょんぼりと肩を落としたキクガは、
「オルト、申し訳ないが私が老いた時の介護は任せてもいいかね。こんなことを頼むのは申し訳ないが……」
「落ち着け、キクガよ。話には続きがある」
オルトレイはキクガの背中を慰めるように撫でて、
「異世界出身だからだろうな、お前と俺たちでは流れる時間の早さが違う。お前が1つ歳を取る時、世界はおよそ100年の月日が流れていよう」
「100年……」
実感は湧かないが、自分が老けたことを自覚できなかった原因は理解できた。キクガの時間は、この世界では比較的ゆっくり流れるらしい。
それなら単純計算で、冥王になるには体感的に10年超は必要になる。10年ならばまだ生きていられるだろう。希望も見えてきた。
安堵したように息を吐くキクガを、オルトレイはケラケラと笑い飛ばす。
「何だ、1000年も生きられるか不安だったか」
「当然な訳だが。私は普通の人間だぞ」
「普通の人間が新人の現場獄卒から冥王第一補佐官まで昇進できると思うか」
「それほど私が優秀だったという訳だが」
「言いよるなぁ」
早くも3本目のワイン瓶を空にしたオルトレイは、4本目のワイン瓶に手を伸ばしながら「そうだ」と言う。
「お前、冥王名はどうするつもりだ?」
「冥王名?」
「冥王ザァトは芸名みたいなものだ。冥王は真名を隠さねばならん。今から決めておいても損はないだろう」
「なるほど」
キクガは納得したように頷く。『冥王キクガ』というのも格好がつかないので、そういう制度があるのはちょうどいい。
だが、自分で改めて考えるとなると迷ってしまう。格好いい言葉はいくつか知っているものの、どれも冥王の名前には相応しくないだろう。
少し考えて、キクガは結論を出した。
「異世界にも冥王はいる訳だが」
「ほう、ではその名を名乗るか?」
「ああ」
ワイングラスを空にし、新しく赤ワインを注ぎながらキクガは言う。
「私が冥王となった暁には『冥王ハーデス』と名乗る訳だが」
――アズマ・キクガがそのように名乗ることになるのは、もう少し先の話である。




