【第8話】
トリサダ・キサラギを第6刑場送りにして、ようやくキクガは一息つけた。
「さて、試験は終わったけれども。まだ問題は残ってるね」
朗らかな笑顔を見せるグローリアが、そんなことを口走った。
その言葉で震えたのは、元冥王第一補佐官であるキサラギだった。他の冥王の補佐官もまた不安げな表情を見せている。
正しい判決に導けなければ、仕事に対する『裏切り』として深淵刑場に引き摺り込まれる手筈になっていた。第七席もグローリアのすぐ側に控え、裏切り者たちを自分の領域に引き摺り込むべく虎視眈々とその時を待っている。
グローリアは青褪めた顔のキサラギと、不安げな表情の補佐官を見比べて笑顔で告げた。
「キクガ君以外は全員、深淵刑場に行こうか。お疲れ様」
「なッ!?」
「そんな!!」
「何故!!」
異議を叫んだのは第二補佐官、第三補佐官、第四補佐官の3人だった。キサラギは何も言わずに口を閉ざしたままである。
「言ったじゃないか、正しい判決に導けって。君たちは導けたかな?」
「それは……」
「その……」
「…………」
第二補佐官、第三補佐官、第四補佐官は言い訳を探すように視線を彷徨わせる。だが何も言い返せずに終わった。
彼らの判決は、第七席が「間違いだ」と判断した。きちんとした判決に導くことが出来なかったのだ。今回の裁判は難解なので致し方ないとは言えど、普段から彼らは誤審が多いので擁護は出来ない。
すると、
「もういい」
男とも女とも取れる、平坦な声が響く。
グローリアの背後に控えていた第七席が、コツコツと足音を立てて進み出てきた。第二補佐官、第三補佐官の口元が引き攣り、第四補佐官に至っては涙を流し始める。自分たちの最期を悟った様子である。
第七席が右手を掲げると、真冬に似た空気が冥王の法廷を駆け巡った。冷ややかな空気はキサラギを含め、かつて冥府総督府で猛威を振るった悪しき補佐官の連中を徐々に凍りつかせていく。彼らの足元に目をやれば、ゆっくりと氷が身体を侵食していた。
「嫌だ、嫌だ!!」
「すみません、もっと頑張りますから!!」
「深淵刑場だけはどうか!!」
「この期に及んで言い訳か。正しい判決に導けない補佐官など、冥界に必要ない」
第七席の言葉は冷たく、彼らから体温を奪っていく。その間、キサラギは微動だにしなかった。言い訳さえもなく、ただただ氷漬けにされるがままである。
いつもだったら抵抗しているだろう。罵倒なり何なりしているかもしれない。だが実の父親を地獄送りにされただけではなく、冥王第一補佐官という立場をあっさりと剥奪されたことが彼の牙を抜いてしまった様子だった。これでは張り合いがない。
なので、キクガは「待ちなさい」と口を開いた。
「キクガ君、どうして止めるの? 彼らは仕事も出来ない裏切り者だよ。冥界を混乱に陥らせた人間を、一体どうするつもり?」
「彼らにもう一度、現世を生きる機会を与えてはくれないかね」
キクガの提案に、グローリアが不思議そうに首を傾げた。
「つまり深淵刑場行きじゃなくて、輪廻転生をさせろってこと?」
「子供は親を選ぶことが出来ない。私は何も知らなかったからこそ努力する機会を与えられたが、彼らは努力する機会すら傲慢な親のせいで奪われたにすぎない。ちゃんとした教育を受け、人としての幸せを享受させてあげてほしい訳だが」
特に傲慢な親に振り回されて子供が不幸な目に遭うことは、何も異世界だけに留まらない。キクガの生きていた世界でも、たびたびそういう事象はあった。キクガの場合も実の母親が亡くなったあとにやってきた継母が熱心な教育ママだったが、事あるごとに逆らっていたので振り回されることはなかった。
そんな訳で、色々と平等ではないのである。彼らにはちゃんと教育を受け、見聞を広げ、様々な体験をし、偏った視野を持つことなく成長して天寿を全うしてほしいのだ。理不尽に『生贄』という最期を選ばせられたのだから、せめて次の人生ぐらいはまともに生きてほしいというのがキクガの希望である。
そういう意味でもって最後の優しさを見せたのだが、
「慈悲などいらん!!」
「簒奪者め、地獄に落ちろ!!」
「お前から与えられる情けなど必要ない!!」
「第二補佐官、第三補佐官、第四補佐官は深淵刑場行きで頼む訳だが。慈悲を見せた私が愚かだった、氷漬けにしてやりなさい」
「ちょ、冗談冗談冗談だって!!」
「ありがたやありがたや!!」
「すみませんでした撤回させてください深淵刑場だけはああああ!!」
「貴様らに慈悲などない」
文句を垂れた第二補佐官、第三補佐官、第四補佐官の阿呆どもを捨て置き、キクガはキサラギを見やる。
キクガの申し出に、キサラギは唖然としている様子だった。深淵刑場に幽閉されるかと思いきや、目の前に輪廻転生の権利を提示された訳である。これは何の冗談かと疑いたくなる気も理解できる。
キサラギには散々迷惑をかけられたし、苛立つこともされた。だが、その負の感情があったからこそ、ここまでのし上がることが出来たのである。一応は感謝しているのだ。
なので、
「最後の試験があのような結末では張り合いがない。次の人生では大いに勉学へ励み、私の判決にケチをつけられるぐらいの弁論を鍛えてきなさい」
「……慈悲のつもりか」
「慈悲ではない訳だが。これは君に対する挑戦状だ」
キクガは薄らと笑い、
「私を冥王第一補佐官の座から引き摺り下ろしてみせなさい。私が君にやったように」
「……いいだろう」
キサラギはキクガを睨みつけると、
「貴様の挑戦、このハスミ・キサラギが受ける。首を洗って待っていろ、アズマ・キクガよ!! いずれ貴様を冥王第一補佐官から引き摺り下ろしてくれる!!」
傲慢にも、負け惜しみにも聞こえるその言葉は魔王に挑む果敢さがあり。
キサラギの表情に悔しさはなく、挑戦的な笑みが浮かんでいた。




