【第5話】
そして第七席による処刑が執行され。
冥府天縛で当該死者を捕縛して。
キクガは冥府転移門を通じて、冥王の法廷まで戻ってきた。
「戻った訳だが」
「お帰り」
冥王の法廷に戻ってきたキクガを、グローリアが朗らかな笑顔で出迎える。
足元には簀巻きの状態にした今回の罪人、トリサダ・キサラギが転がっている。荷物のように引き摺られることに対して不満があるのか、先程から暴言が鳴り止まない。
裁判前だがすでに処刑が執行されて冥界にやってきたので暴力を振るってもいいかなと思ったが、ここが冥王の法廷であることを思い出して止めた。目の前にいる笑顔の素敵な最古の魔法使いに睨まれたら昇進どころの話ではない。この世から消し飛ばされるかもしれない。
グローリアは笑顔で冥王ザァトへと振り返り、
「じゃあ冥王様、そこ邪魔だから退いてください」
「む」
「ん?」
グローリアの指示に首を傾げたのはキクガだった。
冥王の法廷では、最終的な判決を下すのは冥王ザァトの役目である。肝心の判決を下す人物が存在しないのであれば、一体誰が判決を下すというのか。
ところが、グローリアの指示に冥王ザァトは異を唱えることなく、大人しく執務机から退いた。のそのそと靄で構成された巨躯を揺らして傍聴席まで向かうと、隅の方に腰掛ける。隣にいた獄卒が驚いたように目を見開いて冥王ザァトを見上げていた。冥界の最高責任者が隣にいる緊張感があるのだろう。
「冥王を退かせて、誰が判決を下すと?」
「君の後ろにいる人物」
「後ろ?」
キクガは、グローリアの言葉通りに背後を振り返る。
いつのまにいたのだろう、真っ黒なコートとフードで全身をすっぽりと覆い隠した影のような存在――第七席が音もなく佇んでいた。深淵の如きフードの下からじっとキクガの顔を見上げている。相変わらず音もなく近付いてくるので、幽霊みたいな存在である。
どうやらキクガが開きっぱなしにしていた冥府転移門を潜ってやってきたようである。第七席の背後には開いたまま放置されている冥府転移門があった。あのまま放置していると他の現世の人間も冥界にやってきてしまいそうになるので、キクガは冥府転移門を消しておくことにした。
第七席はじっとキクガの顔を見つめていたと思えば、ふいと顔を逸らすとスタスタとキクガの横を通り過ぎていく。そして、
「今回は試験だからね。冥界の女主人である終わりの女神エンデから正式に支配権を譲渡された、第七席が判断を下すよ」
グローリアの説明に何の態度を示すこともなく、第七席は無人となった巨大な執務机に跳躍ひとつで飛び乗った。それから高みから人々を観察する神の如く、キクガたちを見下ろす。
フードの下にあるだろう第七席の眼球が、観察するようにキクガたち冥王裁判課の獄卒へ固定される。一挙手一投足の隙すら見逃さないと言わんばかりの鋭い視線が容赦なく突き刺さってきた。
第七席はキクガたちに視線を固定したまま、
「――これより補佐官の試験を行う。当該罪人、トリサダ・キサラギの罪状を確定して正しい判決に導け」
男とも、女とも取れる平坦な声が冥王の法廷に響いた。第七席の声である。
当該罪人の名前が発表され、傍聴席に座る獄卒たちが騒めいた。その名前に聞き覚えがあるのだろう。それもそのはず、今回の裁判で罪人として立たされたのは冥王第一補佐官として理不尽に振る舞ってきたハスミ・キサラギの親族である。
その肝心のキサラギは、青褪めた顔で立ち尽くしていた。親族を今回の試験に選ばれるとは思っていなかったのだろう。今回の裁判で正しい判決に導けなかったら深淵刑場行きである。親族の未来か、自分の未来かを天秤にかけているのか。
これが判決を下すのが冥王ザァトならば情状酌量もあっただろうが、相手は第七席である。冥界の女主人『終わりの女神エンデ』に諸々の権利を譲渡された相手に、小手先の技が通用するはずもない。
「第一補佐官、まずはお前からだ」
第七席に指名され、キサラギはビクリと肩を跳ねさせる。
戸惑うように顔を上げ、それからキクガが冥府天縛で縛られているトリサダ・キサラギを見て、両腕に抱えた裁判資料の書類をぐしゃりと潰す。彼の喉が上下し、唾を飲み込んだのが分かった。
それから何を思ったのだろう、キサラギはぐしゃぐしゃになった裁判資料を広げると口を開く。
「ひ、被告人、前へ。これより裁判を執り行う」
何度かキサラギの裁判に記録係として同席したことがあるのだが、いつになく弱々しい声だった。親族の裁判はやはり緊張する様子である。
「え、あ、トリサダ・キサラギは、息子を殺害し、なので……」
裁判資料の紙面を忙しなく蠢くキサラギの眼球。必死に戦っているのだろう。
ここで正しく判決を下すようにするのか、それとも親族に忖度して刑罰を甘くするのか。キサラギの顔全体にも脂汗が大量に滲んでいた。
そして、
「この、殺人は双方同意のもとに行われたものであり、よって無罪。天国行きを主張します」
キサラギの判決は、そのようになった。
自分の正義を貫くことはせず、やはり忖度が働いた。傍聴席の獄卒たちから飛んでくる野次も罵声になる。本当の法廷ならば退廷を命じられてもおかしくないような内容の言葉がキサラギにぶつけられた。
冥王の執務机で仁王立ちをしていた第七席は、
「それが、お前の判決か」
「はい……」
「なるほど」
第七席は、それ以上の言及を避けた。審査しているのだろう。キサラギの判決がどのような未来を導くのか、その反応を見れば予想はつく。
「ふん、分かっているじゃないか」
「私の手番が回ってきたら覚えておきなさい」
「ひいッ」
キクガの足元で冥府天縛に縛られたトリサダ・キサラギが偉そうなことを言ったので、わざと冷たい声で威圧しておいた。相手は引き攣った悲鳴を漏らし、キクガから視線を逸らした。




