【第4話】
冥府転移門を潜り抜けた先――中央魔法裁判所でルージュが待ち構えていた。
「お久しぶりですの」
「君も、息災な様子で何よりな訳だが」
簡単な挨拶だけに留め、ルージュに「こちらですの」と案内されるキクガ。中央魔法裁判所では相変わらず様々な裁判が執り行われているようで、事務員らしき人々が忙しなく中央魔法裁判所内を駆け回っていた。
荘厳な見た目の建物内に足を踏み入れると、見慣れた巨大な天秤のオブジェが目の前に飛び込んでくる。中央魔法裁判所らしいオブジェだと思う。今日も待ち合わせの目印として機能しているようで、数名の人々がオブジェの前で誰かを待っていた。
人混みを避けるように進み、いつぞやに入った地下室へ繋がる階段の前までやってくる。薄暗い階段を下りる前、ルージュが立ち止まってこちらを振り返った。
「今回の罪人は、極めて裁判が難しいんですの」
「何故?」
「わたくしとしても、殺人罪という判決しか下せなかったんですの。何せ『人を殺した』以外に悪いことはしていないんですの」
ルージュは沈んだ表情でそんなことを語る。
「殺した人間を生贄にして悪い魔法でも開発してくれていればよかったのですが、その設計書や痕跡すら見当たらなかったんですの。ただいたずらに、人を殺した。その事実しかありませんの」
「なるほど」
キクガは納得したように頷く。
明確な罪状がなければ重い判決は下せまい。生きているうちはここが限界なのだろう。
ならば、その先は冥界の出番である。己が人生で負った罪を償うのが死後の世界の役割だ。
「それで、問題の罪人は地下室に?」
「ええ」
「問題ない。案内してほしい訳だが」
「……心するんですの」
ルージュは赤い瞳でキクガを真っ直ぐに見据え、
「相手は最後まで反省もしなかったんですの」
「なるほど、承知した。暴力の行使は許可制かね? 許可をいただけるとありがたい訳だが」
「暴力は禁止ですの。どうしてそうも血の気が多いんですの!!」
「前職も含めて暴力と謀略の蔓延る大変賑やかな職場だったもので」
「よく無事でいられたんですの」
暴力禁止とルージュからきつく言い含められ、キクガは仕方なしにその言葉を受け入れることにする。生意気な罪人にはまず暴力で屈服させる方が早いと思うのだが、やはり常識的な現世では非常識な行動として映ってしまうらしい。冥界のやり方が恋しい。
早く処刑でもされてくれないものか、と悪いことを考えながら薄暗い階段を下りていくキクガ。鉄格子付きの扉をルージュが開け、彼女の背中を追いかけるようにして地下室に足を踏み入れる。ジメジメとした部屋の空気が肌を撫でた。
中央に置かれた椅子に腰掛ける罪人は、身なりの整った男だった。ややボサボサに乱れた黒髪、鋭い黒色の双眸、顔に刻まれた皺の数が彼の年齢を如実に表しているようにも思える。
「囚人88421993番。これからあなたを移送しますの」
「殺人の罪だけで死刑とは、世の中は厳しくなったものだな」
その罪人はルージュを睨みつけると、
「それとも、最高裁判官だからなせるのか?」
「口を慎みなさい」
「法の頂点に立つ最高裁判官がこうも暴君だとは聞いて呆れる。善良な市民は怯えて過ごさねばならないな」
「口を慎みなさいと命じているのが聞こえないんですの?」
ルージュの声に苛立ちが混ざるも、男の減らず口は閉じない。どこまでも侮辱するような言葉を並べ立てる。
なるほど、反省していないというのが一目で分かる。これを処刑台送りにするのは苦労しただろう。ここまで生意気な罪人を前に、声を荒げず冷静でいられるルージュの胆力は見事なものだ。キクガだったら拳が出ているところである。
だが、今はまだ現世である。彼を守るものは現世の法律だ。つまりキクガも現世の法律に則らなければならないのだが、逆に言えば現世の法律に則った暴力ならば許容されるだろう。こじつけである。
「ふむ」
キクガは小脇に抱えた裁判資料を確認し、
「トリサダ・キサラギか」
「……何だ、貴様は」
男の視線がキクガに向けられる。何だか怪しいものでも見るかのような視線だった。
「あとで顔を合わせることになると思うので、名乗りは控える訳だが。――まあ、そうか。ふむ、なるほど」
相手の名前を吟味し、それからキクガは頷いた。納得できる人物だったからだ。
「あの子にして、この親ありという訳かね。まあ何とも馬鹿で愚図で他人の話すら聞かなさそうな猿な訳だが。本当に人間かね、猿が人間のふりをしている訳ではなく?」
「貴様、儂を愚弄するつもりか!!」
ルージュを散々愚弄したにも関わらず、自分が馬鹿にされた途端に男は声を荒げた。ルージュのような胆力は持ち合わせていないらしい。
「自分の愚行のせいで処刑台送りにされるとは何とも愉快なことな訳だが。こういう時に何と言えばいいのだったか。ああそうそう、『ねえねえ今どんな気持ちィ?』だったかな」
「誰かあの男を追い出せ!!」
「おかしなことを言う。これから腐るほど見る羽目になる訳だが。よく拝みたまえ、私の尊顔を」
「キクガさん、そこまでになさい!!」
ルージュに一喝され、キクガは馬鹿にするのを止めてやった。どうせ今はまだ前座である。本番は彼が死んだからだ。
非難するような視線を寄越してくる最高裁判官から目を逸らし、キクガは冥府天縛を相手の身体に巻き付けるのだった。ついでに首にも巻き付けてやろうとしたら、ルージュからの視線がますます冷たくなったので止めた。




