【第3話】
グローリアが冥府総督府を訪れてから3日後、中央魔法裁判所から正式に通知が届いた。
「見物が許されているとは珍しいな」
「だな。多分、オレが聞いても分からんと思うけど」
「公平な審判を下せるようにと、今回は傍聴人を導入するようにしたらしい。グローリア君の判断な訳だが」
「あの最古の魔法使い、何を考えているのかまるで分からん」
冥王の法廷には大勢の獄卒たちが詰めかけていた。
通常は鬼火を収納したランプがぼんやりと照らすだけの広大な法廷は現在、グローリアが空間構築魔法と呼ばれる魔法で作り出した傍聴席が用意されていた。ざわざわと獄卒たちの会話が漣の如く法廷を支配している。誰もが裁判の行く末に興味津々なのだろう。
傍聴席の最前列をオルトレイとアッシュが陣取り、キクガは法廷側で会話を交わす。傍聴席と法廷は腰ぐらいの高さまでの柵で取り仕切られるだけに過ぎず、下手をすれば乗り越えられるぐらいだが、誰も乗り越えて法廷を歩き回るような真似はしなかった。
「キクガよ、気負って変な判決に導こうものなら許さんぞ。しばき回してやる」
「この期に及んで私が誤審をするとでも?」
オルトレイの脅しに、キクガは余裕を持って返す。
ここ最近、裁判の仕事を任されることが増えたが、全て誤審せずに正しい判決を下してきた。資料の読み込みも中央魔法裁判所との認識のすり合わせも欠かしていない。裁判を軽んじることなく、真摯に臨むが故の仕事っぷりである。
余裕綽々とした態度のキクガに、オルトレイが「ほーん」と観察するような視線を寄越す。
「本当に平気か?」
「問題ない。体調も万全な訳だが。途中で腹痛を起こすようなヤワな性格はしていない」
「まあ、お前の図太い神経を鑑みればそうだろうな」
分かりきっていると言わんばかりの態度を見せるオルトレイ。付き合いはそれほど長い訳ではないはずなのに、もう色々と把握されているような気がしないでもない。
「ところでキクガよ。裁判資料は配布されたのか?」
「いや、まだな訳だが」
「お得意の根回しは?」
「裁判資料がないからやりようがない。その場で読んでどうにかするしかない訳だが」
キクガの言葉に、オルトレイが「正気か……?」と顔を引き攣らせた。
正気も何も、今日まで裁判資料が全く配布されない状態なのでその場で切り抜ける方法を考えるしかあるまい。ぶっつけ本番である。そういう場面は何度か遭遇したことがあるので心構えはあるが、どこに罠が仕掛けられているか分かったらものではない。
裁判資料がないので碌に準備もしておらず、まして根回しなど以ての外である。中央魔法裁判所に問い合わせようにも「詳細は当日に」という回答のみ得られた。キクガでさえ教えてくれないのか。
すると、
「補佐官のみんなは集合してね」
法廷内に青年の爽やかな声が通り抜けた。
振り返ると、いつのまにか法廷にグローリア・イーストエンドが立っていた。冥王ザァトの座する執務机のすぐ側に佇み、その両腕には紙束が握られている。あれが本日執り行う予定の死者の裁判資料だろう。
キクガはオルトレイとアッシュに送り出され、法廷の真ん中辺りまで進み出た。同じく冥王第一補佐官から第四補佐官までがお行儀よく横1列に並ぶ。ちらと隣を見やれば、誰も彼も緊張した面持ちで立っていた。
グローリアは広大な法廷内を見回し、
「さて、これから異例になるけれど冥王の補佐官としての最終試験を執り行うよ。少しの判断の過ちが君たちの補佐官としての進退を決める。その覚悟で裁判に臨むように」
そこまで言って、グローリアは傍聴席に視線をやった。
「獄卒の諸君。どうか彼らが不正を働かないように、目を皿のようにして観察していてね」
傍聴席から「任せろー」「ズルはよくねえよなぁ」という野次が飛ぶ。獄卒たちもやる気に満ちていた。特に冥王第一補佐官から第四補佐官まで、今までやられてきたことの恨みもあるだろう。彼らの一挙手一投足を見逃すまいと視線が鋭くなる。
「じゃあ裁判資料を配布するよ。冥王台帳がどれほどの精度のものか分からないけど、僕なりに作成してみたから読んでみてね」
「それでは本当に正しく判決を下せないのでは?」
「今回は試験だからね。この試験に合格して、晴れて冥王第一補佐官に選ばれた補佐官に今回の裁判を本格的に執り行ってもらうよ」
あくまで、これは冥王第一補佐官を決める為の試験である。正しい判決に導けるかが肝要であった。ここで下された判決は正式採用される訳ではなく、このあとにちゃんと冥王の裁判を受けることになるらしい。
グローリアから裁判資料を受け取り、キクガは冊子の表紙を捲った。手書きではなく、改竄防止の為にオートマチックライターを使用しているようだ。形のいい文字の群れがお行儀よく整列している。
情報は正確にまとめられているようだった。当該人物の名前、生年月日、経歴など諸々がびっしりと書き込まれている。冥王台帳に匹敵するほどの正確性があった。
キクガはグローリアを見据え、
「これは、本当に君が?」
「時間を巻き戻す魔法とか、記憶を再生させる魔法とかあるからね。そういうのを使えば何とかなったよ」
グローリアは朗らかに笑いながら「まあ、冥王台帳の正確性には欠けるかな」なんて言う。
「キクガ君、当該死者の処刑時刻が迫ってるよ。お迎えに行ってあげて」
「承知した」
裁判資料を小脇に挟み、キクガは右手を掲げる。
歯車が噛み合うような音が、冥王の法廷に響き渡った。広大な法廷内に、巨大な骸骨が支える人骨で作られた扉が出現する。
冥府転移門――現世へ通じる扉だ。ギィと蝶番が軋む音と共に、真っ白い扉が開いていく。その先に待ち受けているのは、少しの先すらも見通せない深淵だ。
扉の前に立つキクガは、ふと傍聴席に座るオルトレイとアッシュに視線をやった。彼らは親指をグッと立てただけだった。
「では迎えに行ってくる訳だが」
グローリアから「行ってらっしゃーい」と軽い調子で送り出され、キクガは冥府転移門を潜った。




