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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第2章:世界で2番目に優しい魔法使い

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12/22

【第4話】

 ――冥界めいかい街区がいく



 冥界には獄卒ごくそつの他に、冥王から冥界に住むことを許された人種がいるのだそうだ。

 彼らは軒並み『死者』として数えられるものの、罪人ではない。冥界原産の何やら怪しい野菜や小麦などを育てる農家や工芸品を売る商人、洋服などを仕立てる仕立て屋、本を販売する本屋など人の街でよく見かける店舗がそこかしこで経営されていた。それが妙に目新しく思える。


 真っ黒な煉瓦れんがで構成された建物がずらりと並ぶ商店街をてくてく歩くキクガは、初めて見る冥界の商店街に目を輝かせた。



「おお、これは素晴らしい訳だが」



 どの店も冥界に住まう人々によって経営され、そして賑わっているのは大変好ましい。死後の世界だというのに活気にあふれている。

 真っ黒い野菜を陳列した八百屋がガラガラの声を張り上げて呼び込みをし、グロテスクな魚を量り売りする魚屋が主婦らしき女性と会話を交わす。お菓子屋の前では数人の子供らが買ったばかりの焼き菓子を食べていたが、何故かそれが骨の形をしていた。商品はやはり禍々(まがまが)しく、死後の世界らしいと言えよう。


 キョロキョロと商店街に視線を巡らせるキクガだが、我に返ると「いかんいかん」と煩悩を頭から追い出した。それからあらかじめアッシュから預かったメモ用紙に目を落とす。



「ええと……5番街の、この文字は何だ……」



 もらったメモ用紙の文字があまりにも汚くて、キクガは判別が出来なかった。とりあえず『5番街』という場所までは読めたが、それ以降は読めない。

 商店街の道の真ん中に突っ立ってメモ用紙に書かれた内容と格闘すること30秒、キクガは早々に諦めた。メモ用紙から顔を上げるなり、悟った顔で「うん、分からん」と匙を投げる。


 分からないことはどれほど考えたって分からない。ならば分かる人物に聞くしかない。



「すまない、そこのご婦人」


「はいはい、何だい」



 買ったばかりの商品を詰め込んだ紙袋を重たそうに抱えるふくよかな婦人を呼び止め、キクガは申し訳なさそうにメモ用紙を見せた。



「こちらの『5番街』とやらにオルトレイ・エイクトベルという魔法使いが住んでいるようなのだが、どこの家に住んでいるか分かるかね?」


「あらぁ、オルトさん家かい」



 ご婦人は何やら驚いたような表情で、キクガの格好を頭の先から爪先つまさきまで確認する。



「あんた、獄卒かい?」


「今日から獄卒として働いている訳だが」



 ご婦人の質問に、キクガは特に疑問を抱くことはなく回答する。


 現在のキクガの格好は、獄卒課の制服である白黒縞模様(しまもよう)の囚人服だった。このままでは仕事にならないと判断し、アッシュを脅して獄卒の仕事を早退してきたのだ。着替える時間というより着替える服がなかったので、制服であるこの囚人服を着たまま商店街を彷徨っている次第だ。

 ただ、ご婦人の態度から察するに、獄卒であることを咎めている様子であった。少々気になる態度である。



「何か不都合が?」


「いやねぇ……」



 ご婦人は困ったような表情で、



「オルトさん、獄卒の方を毛嫌けぎらいしているみたいでねぇ。これまで何人か獄卒の方がオルトさんのお家に行ったみたいだけど、門前払もんぜんばらいを食らったって」


「ほう、なるほど」



 キクガは納得したように頷く。


 毛嫌いをしている理由は不明だが、こちらとしては死活問題である。何せあの上司、地獄について何も分かっていないまま仕事をしているのだ。それは従業員としていただけない。

 そんな訳で、より地獄の仕組みについて詳しい人物であるオルトレイ・エイクトベルに話を聞きたいと思ったのだ。教えてくれなければ困る。キクガにはこの世界に対する知識がまだ浅い訳である。


 心配するような眼差しを向けてくるご婦人に、キクガは「心配ない訳だが」と微笑ほほえむ。



「実は地獄の仕組みについて話を聞きたい訳だが。オルトレイ・エイクトベルという魔法使いは聡明そうめいだと聞いている」


「確かに頭はいいだろうけど」


「何か問題が?」


「問題ねぇ……」



 ご婦人は悩むような素振りを見せるものの、やがて「まあ、いっか」などとあっさり投げ出してしまった。何がどうしてそんな答えを導き出せるのか。



「怒られようが追い返されようがあたしの知ったこっちゃないからね。行くなら好きにすればいいさ」


「そのつもりだが、ところで場所は」


「5番街の1番大きなお屋敷さ。見れば分かるよ、住宅街の中にドカンと庭のついた巨大なお屋敷があれば嫌でも目立つさ」



 ご婦人に丁寧に教えてもらい、キクガは「感謝する」とお礼を述べて歩き出す。

 住所は分からないが、家の特徴は教えてもらった。これで無事に辿り着いて話を聞くことが出来れば、明日からの獄卒としての仕事にもまともに取り組むことが可能だ。


 ひそかに気合いを入れ直すキクガだったが、



「ところであんた」


「何かね?」



 ご婦人に呼び止められて振り返ったキクガに、彼女はわずかにほおを赤らめながら言う。



「ちょっと、色男じゃないかい。もしよかったらお茶でも」


「そういうのはお断りしている」



 スパンといだばかりの包丁よろしくご婦人からのお誘いを見事に切り捨てたキクガは、スタスタと足早にその場から立ち去るのだった。

 こちとら別にナンパ目的で話しかけた訳ではない。それに、キクガは亡き妻以外の女性と関係性を発展するのは心底嫌なので、何かあるより先に逃げるのが吉である。

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