【第1話】
「起案書に特に問題は見られない訳だが。このまま進めてほしい」
「よっしゃあ!! 生き残った!!」
「生き残った?」
「いやこちらの話だ。気にするな」
拳を振り上げて喜びを露わにする呵責開発課の課長、オルトレイ・エイクトベルにキクガは不審な視線を突き刺す。
どうにも影で『悪の大魔王』とか『冥界の首魁』みたいな扱いを受けているような気がする。まだ気が早い。キクガが冥界を掌握するのはまだ先の話である。
キクガはオルトレイから受け取った新しく開発することが決定された呵責道具の設計書と起案書を返却し、
「開発する呵責道具の実験記録はこちらに提出しなさい」
「それまで見てどうするんだ、お前」
「数値が低かったら威力を強めるまでだ。罪人に甘さなど必要ない」
「相変わらず容赦がない」
真顔でそんなことを言うキクガに、オルトレイが苦笑しつつ「分かった」と返した。
「時にオルト、少し聞きたい訳だが」
「何だ」
「第6刑場の呵責内容は刷新しないのかね。ずっと磔刑だろう」
「ああ」
キクガが問いかければ、オルトレイは合点がいったと言わんばかりに頷いた。
第6刑場と言えば、異教信仰の罪で落ちる地獄である。呵責内容は鋼鉄製の十字架に永遠と磔にされる『磔刑』だ。晒し刑の代表格だが、ずっと十字架に拘束したまま放置するので面白みがない。
キクガも冥王第五補佐官を拝命してから何度か視察と称して足を運んだが、口が自由な分、罪人たちは全く反省している素振りを見せない。通りかかったキクガに唾を吐きかけたり、罵詈雑言を浴びせたりと反抗心を剥き出してくる訳である。その度にぶん殴って黙らせるのだが、いずれ第6刑場が罪人で溢れかえるのも時間の問題だ。
オルトレイは「そうだな」と難しげな表情を見せ、
「だが現状、他の呵責内容が思いつかん。あれ以外となると、他の手段に変えるしか」
「足元で火を焚けばいい訳だが」
キクガはあっけらかんと言い放ち、
「私の元いた世界では、魔法使いや魔女は火炙りの刑に処された訳だが」
「お前の世界に生まれなくてよかったと心の底から思ったな、今」
口元を引き攣らせて力なく笑うオルトレイは「だが、まあ」と言葉を続けた。
「実現可能な範囲だな。永遠に消えない炎や、人体を燃やし続ける魔法陣などやりようはいくらでもある。冥王第五補佐官殿のご要望にお応えしてみせるとしよう」
「ついでにいくつか陵辱用の器具も開発を頼む訳だが。設計図はこちらで作成する」
「お前、第6刑場の罪人に恨みでもあるのか?」
「誰だって唾を吐きかけられて『売女』だの『もやし』だの『地獄の炎に焼かれろ』と言われれば、苛立ちも募る訳だが。ここが地獄だ馬鹿め、燃やされて苦しむのは貴様の方な訳だが」
「怒りが漏れてる」
「あとは【自主規制】して【放送禁止用語】してやり、最後には【報道規制】を」
「下の階層の地獄よりもえげつない刑罰を与えてやるな。それ以上はいけない」
オルトレイに宥められ、キクガは正気を取り戻した。第6刑場が最も重い罪ではない、中間よりも下の位置ぐらいである。下層の地獄よりも酷い刑罰を提示したら、現場の獄卒たちに負担を強いる羽目になってしまう。
「火炙りまでは実践するが、それ以上は要相談だ」
「残念だ。地獄に落ちたことを後悔させてやろうと思った訳だが」
「それは現場の連中の手腕次第だな。では俺は火炙りの刑について呵責開発課の連中と打ち合わせせねばならんからこれで失礼するぞ、定時には迎えに行くからな」
「残業したら?」
「お前で火炙りの実験をしてやる」
「肝に銘じる訳だが」
去り際にオルトレイからしっかり脅され、キクガは執務室から出ていく魔法使いの姿を見送った。
静寂が執務室に降りる。キクガは「ふぅ」と息を吐き出し、ぐるりと首を回した。凝りすぎてゴキゴキという嫌な音がした。
色々と抱え込んでいる上に、最近は裁判の仕事の割合が増えた。第一補佐官だけでなく第二補佐官や第三補佐官、第四補佐官が担当すべき裁判まで全部キクガに回ってきたのだ。彼らが担当するのは取るに足らない罪人ばかりで、キクガが担当しているのは重大な罪を犯した罪人確定の死者である。しかも判断が難しいというおまけ付きだ。
これはキクガが誤審を招くように誘発しているのだろうか。疲労が溜まっているからと言って、キクガが仕事で手を抜くことはないのに。
――コンコン。
そんなことを考えていたら、扉が叩かれた。
「入りなさい」
書類仕事を片付けながら、キクガは来客に応じる。
「やあ、失礼するよ」
扉を開けて執務室に足を踏み入れたのは、黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドである。相変わらず爽やかな印象を与えるにこやかな笑顔は人が良さそうに見えるが、意外とその行動力はキクガに匹敵する容赦のなさを誇ることは周知の事実である。
来訪者は彼1人の様子だった。他には誰もいない。あの真っ黒な影の如き存在――確か『第七席』だったか――は見当たらなかった。
グローリアはニコニコとした笑顔で、
「まずは遅ればせながら、冥王第五補佐官に就任おめでとう」
「ありがとう」
「ん? それとも、冥王第一補佐官とでも言った方がいいかな。君の評判はルージュちゃんを通じて色々と聞いているよ」
「まだその段階には到達していない訳だが」
「いずれはなるじゃないか」
「それは分からない」
キクガは淡々とした調子で、
「他が私のように勉強をして、まともに裁判が出来ればその限りではない訳だが」
「うーん、僕としては君が冥王第一補佐官をやる方がいいと思うんだけどね」
グローリアはほわほわと笑いながらそんなことを言う。まるで雑談をしにきたかのようだ。
現世の人間は、冥界まで滅多なことではやってこれない。逆も然りである。現世と冥界を行き来できるのは冥府転移門を所有するキクガと、類稀な転移魔法の腕前を持つ魔法使いや魔女ぐらいのものだ。
キクガはグローリアを真っ直ぐに見据え、
「何か用かね?」
「死刑執行の日取りが決まったよ。中央魔法裁判所を経由して、正式に君に依頼が飛んでくる手筈になってるけれど、まずはそれだけを伝えにね」
表情を固まらせるキクガに対し、グローリアは笑顔を絶やすことなく何でもない調子で言った。
「君が冥王第一補佐官になる日も近いね」
その言葉に答える人はいない。




