【第6話】
ついてきたアッシュと共に呵責開発課の作業場に急行したら、すでに作業場付近からオルトレイの絶叫が聞こえてきた。
「何しに来た、このど無能が!! いいから帰れ、呵責道具に触るな!!」
「この僕が恥を忍んでここまで頼んでいると言うのに、何だその態度は!! この無礼者が!!」
「礼儀などお前に説かれたくないわ、戯けが!!」
作業場付近にやってきただけでこの騒動である。何が起きているのか嫌でも想像できてしまう。
キクガはため息をつき、廊下の天井を振り仰いだ。一体どうしてこんなことが起きるようになってしまったのか、何があの傲慢な冥王第一補佐官が変わるようなきっかけとなったのか、全く見当がつかない。今までの傲慢さな振る舞いが災いして、誰もが気味悪がっていた。
隣を歩くアッシュの顔をちらりと見上げると、彼もまた肩を竦めていた。おかしくなったキサラギの餌食に遭ったのは獄卒課が先である。もはや憐れむ他はない。
「行かなければならないかね……」
「せっかく通報があったんだから見捨ててやるなよ、キクガ」
「仕方がない」
キクガは純白の鎖――冥府天縛をどこからか引っ張り出すと、
「首に冥府天縛を巻き付けて、第1刑場辺りを引き摺り回してくれる。私の仕事を余計に増やしやがって、許してなるものか」
「キサラギ補佐官の話だよな? オルトじゃねえよな!?」
アッシュの絶叫を背後で受け止めつつ、キクガは呵責開発課の作業場に乗り込んだ。
何度も見てきた無骨な様相の作業場は、今やバタバタと忙しなかった。その原因が作業場の中央で作りかけの呵責道具を運び出そうと躍起になるキサラギと、彼の行動を止めようと押さえつけているオルトレイや呵責開発課の獄卒たちだった。
状況から推理して、おそらく呵責道具を現場の地獄に運ぼうとキサラギが画策したところをオルトレイたち呵責開発課が総出で止めているのだろう。作りかけの呵責道具を、実証実験もなしに運び込もうと考えるのは危険である。現場の獄卒たちの怪我にも繋がる。
キクガは握りしめた冥府天縛を、キサラギめがけて投げつけた。
「冥府天縛、彼を簀巻きに」
「ぎゃあ!!」
投げつけた冥府天縛は、キクガの命令に従ってキサラギをぐるぐる巻きにしてしまう。
簀巻きの状態にされたキサラギはジタバタともがくが、原因がキクガだと分かるや否や顔を顰めた。随分な態度である。キクガが呵責開発課を訪れる原因を作ったのはキサラギだと言うのに。
キクガは簀巻きにしてやったキサラギをずるずると引き摺って回収すると、その背中を踏みつけてやった。
「何の騒ぎかね」
「いきなり呵責開発課の作業場を訪れたと思ったら、傲慢にも『この僕が仕事を手伝ってやろう。感謝しろ』とか言いながら作りかけの呵責道具を持っていこうとしおったのだ」
キサラギが回収されたことで安堵の息を漏らすオルトレイが、今まで起きた事情を簡潔に説明する。
「作りかけとはいえ、実証実験をする段階だがな。まだ未実験のものを現場に持ち込んで怪我でもされたらこっちの責任になるだろう」
「その通りな訳だが。規模に応じた責任を君には取ってもらうぞ、オルト」
「言い方が怖い。何するつもりだ!!」
「冥府天縛で簀巻きにして第2刑場の池に叩き込む」
「やらんわ、戯け!!」
オルトレイが身震いして叫んだ。
怪我人が出れば、責任を取るのは呵責開発課である。ただ首を切ると今度は呵責開発課の運営が立ち行かなくなるので、責任を持って課長であるオルトレイを折檻することに決めていた。今のところ怪我人は出ていないのが救いである。
キクガは踏みつけたキサラギを見下ろし、
「今回の件、責任を取る羽目になるのは君かね? キサラギ補佐官」
「何故そんなことを僕が」
「まあ、未然に防げたので責任を取る必要はない訳だが。もし現場に持ち込んでいたら、私は君に責任を取らせるぞ」
キクガはキサラギを踏みつける足へ、さらに力を込めた。キサラギの口から呻き声が漏れる。
「自分の味方を増やす行為は咎めない。だが他人に迷惑をかけるような行動は控えるべきではないのかね、と私は言ったはずだが。聞こえなかったのかね? それとも私の話は聞く価値もないと?」
「…………」
「なるほど、黙秘権か」
口を噤むキサラギを冷たく見下ろすキクガは、わざとらしく大きなため息をついた。
もはや態度が子供のそれである。いい大人が情けない態度だ。都合のいいことは黙るとは一体どういう了見か。
それならば、キクガもやり返さなければならない。多少は痛い目を見てもらうとしよう。
――――カタカタ、カタカタカタカタカタカタカタ。
通信用の髑髏が歯を打ち鳴らす音が、呵責開発課の作業場に響き渡る。
音の発生源は、キクガが執務室から持ち込んだ髑髏だった。予想が正しければあの人からの通信だろう。ちょうど通信を寄越してくる頃合いだと思っていた。
キクガはキサラギを踏みつけたまま、髑髏の通信に応じる。カタカタと綺麗な歯列を鳴らしながら聞こえてきたのは、冥王ザァトの声だった。
『キクガよ、大事ないか』
「問題ございません。何か?」
『キサラギは何処にいったか知らんか。これより担当の裁判が始まるが』
キサラギの顔色がサァと青褪めていく。
裁判の予定はすでに把握済みである。時間から判断して、裁判の準備時間を割いてまで他の課に媚を売っていたのだろう。本末転倒な行動をしていた。
キクガはあえてそれを言わなかった。誤審が増えればキサラギの責任になるし、勝手に自滅していくならばこれを使わない手はない。そしてこの場にいることから推測して、自分の担当する裁判をすっぽかしているのは明らかだった。
「冥王様、僕はここにぐえッ」
「存じ上げませんね。最近、熱心に現場の獄卒へ取り入ろうとしているでしょう。執務室から離れているかもしれないですね」
『そうか……』
足元にいるキサラギを踏みつけて黙らせ、キクガは冥王ザァトに代案を提示する。
「私が代わりに担当します。次の裁判は『ドーリー・ホーキンス』でしたよね。すでに冥王台帳の内容は頭に入っておりますので代打をすることも出来ますが」
『ならば其方に任せよう。すぐに法廷まで』
「承知いたしました」
髑髏が沈黙したところで、キクガはキサラギに視線をやった。
現場の獄卒たちへ取り入ろうとするあまり、本業のことを疎かにしていたツケが回ってきたのだ。キサラギは忌々しげにキクガを睨みつけているが、全ては自業自得である。
キクガは踵を返し、
「オルト、これは縛り付けておくのでそのままにしておいてほしい。君たちはいつも通りの業務を遂行しなさい」
「すまんな、キクガよ。わざわざ忙しいのに苦労をかけた。このままだと眉間を撃ち抜いていたかもしらん」
「君の手を汚さずに済んでよかった訳だが」
オルトレイとアッシュに見送られ、キクガは足早に冥王の法廷を目指す。背後からキサラギの絶叫が聞こえてきたが、言葉になっていなかったので無視をした。




