【第5話】
「なるほど、そこまでボロボロになっていたらさすがに新調する必要がありそうな訳だが」
「新人もつかせたいし、多少金はかかるけど何とかしてもらえねえかと」
「承知した。新調の件はオルトと相談する訳だが。金の件については問題ない、こちらで対処する」
「ッ!! 助かる、キクガ!!」
「尻尾尻尾」
ぶるんぶるんと振るわれるふさふさの狼尻尾に、キクガは何となく微笑ましくなってしまう。
休暇が明けて翌日に出勤すると、たちまち現場の獄卒から記録課の獄卒まで幅広い場所から相談が寄せられた。裁判を片付けつつ、キクガはそれらの対処に追われた訳である。
執務机には獄卒たちから寄せられた相談の内容が記された書類が積み上げられている。簡単に解決できるものから、すぐには判断が出来ないものまで様々だ。獄卒たちはこんなに相談を抱えていたのに、その相談する先がなかったのかと軽く絶望する。
キクガはため息を吐き、
「君たち現場には特に苦労をかけている訳だが。すまなかった、これからはきちんと現場にも目を向けよう」
「? 何で謝ってんだよ」
現場を束ねる獄卒課課長のアッシュは、不思議そうに首を傾げた。
「キサラギ補佐官とは違って、キクガはちゃんと話を聞いてくれるし解決しようとあれこれ考えてくれるだろ。現場にも足を運んで『何か困ってないか』とか小まめに聞いてくれるじゃねえか。むしろ1人に負担をかけて悪いと思ってんのはこっちの方だよ」
「そう言ってくれると、私も努力の甲斐がある訳だが」
今までは相談できる上層部の人間がいなかったから、現場で解決することを求められたのだろう。少ない物資の中でよくもまあ耐えてくれたものである。思えば、現場の環境はキクガが在籍していた時もあまりよろしくはなかった。
やはり現場環境の改善は急務である。ここまで相談事を抱えていたら、仕事もさぞやりづらかっただろう。多少は無理してでも現場の視察を増やして、設備の改良や呵責道具の新調を優先して検討すべきかもしれない。重要な役割は裁判よりも現場なのだから。
そんなことをあれこれと考えていると、アッシュが「そうだ」と言う。
「キクガ、ウチのチビどもに字を教えてくれたんだって? 嫁さんが嬉しそうに教えてくれたよ」
「ああ。アンドレ君もエリザベス君も、エドワード君にお手紙を書きたいと言っていた訳だが。まずは簡単な文字からと思って」
あの行動力の化身である双子の狼のアンドレとエリザベスは、一体どこで知ったのか不明だが、キクガの髑髏に通信を飛ばしてきたのである。禍々しい髑髏から『きくちゃー』『ちゃー』と聞こえた時には、ついにこの髑髏も壊れたかと錯覚したほどだ。
よく話を聞いてみると、どうやら現世に生きる兄のエドワードにお手紙を書きたいので文字を教えてほしいとのことだったのだ。そんな訳で、昨日は冥府書記官の資格試験の行く末を見守ってから、アンドレとエリザベスに文字を教える為にアッシュの自宅を訪れた訳である。兄の為に四苦八苦しながら文字をクレヨンで書き連ねる双子の狼の可愛い姿は、思い出しても癒される。
アッシュは「そ、それでよォ……」と何だか言いにくそうに、
「う、ウチの長男坊はよ、その、オルトんところの娘と一緒に暮らしてんだろ?」
「確かにそうだが」
「どうなんだ?」
「どう、とは?」
怪訝な表情を見せるキクガに、アッシュが言う。
「だから、その、関係性っていうかよォ……いやオレもオルトんとこだから認めてねえ訳じゃねえけど……」
「ああ」
アッシュの口振りで、キクガはようやく合点がいった。
つまり、アッシュは己が長男であるエドワードの恋路を気にしているのだ。具体的には嫁候補とも言えるユフィーリアとどうなのか、という訳なのだろう。
彼女のもとで自分の息子は幸せに暮らしているかというのは、親としても気になるところなのだ。キクガもその気持ちは分かる。もし息子の行く末を知ることが出来るのだったら幸せかどうか確認したい。
「幸せそうにはしている訳だが」
「結婚とかしてんのか?」
「してないな。おそらく彼の好意は一方通行な訳だが」
「そうか……」
アッシュは頭を抱え、
「生きてるうちに『女は押し倒せ』って教えときゃ……」
「オルトの娘さんにそんなことを実行してみなさい。投げ飛ばされるか張り倒されるかどちらかの末路を辿る羽目になる訳だが」
「だよなァ。ッたく、オルトも娘を鍛えんじゃねえよ。嫁にしてくれって言ってるようなものじゃねえか……」
「いいのかね、それで」
「獣人族は強い女が好みだぞ」
「なるほど」
そんな会話をしていた、まさにその時だ。
――カタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタッ!!
執務机の上に置いた髑髏が、歯列をカタカタと揺らし始めた。
キクガとアッシュは同時に口を閉ざす。冥王からまた裁判の代打だろうかと予想をつけてから、髑髏の額を指先で小突いて通信に応じた。
次の瞬間、髑髏からは悲鳴じみた怒声が放たれた。
『キクガああああああ!! キサラギの奴を何とかしろおおおおお!!』
それだけ叫んで、髑髏は静かになる。用件を伝えるだけ伝えたかったのだろう。
「あいつ、今度は呵責開発課に行ったのか?」
「随分とおかしくなってしまった訳だが」
やれやれと肩を竦めたキクガは、呵責開発課に乗り込んだキサラギを回収する為に重い腰を上げるのだった。




