【第4話】
アッシュから吐かせた情報を頼りに、キクガは第1刑場に向かった。
「な、何か困ってることはないか。何でもいい、言ってみろ。冥王第一補佐官である僕なら融通してやれるぞ」
「何だよいきなり。仕事の邪魔だからどこか行け」
「今更だよな」
「相談っても全部アズマ補佐官がやってくれるしな。仕事も早いし」
媚を売っているような聞き覚えのある男の声と、それを鬱陶しそうにあしらう獄卒たちのやり取りが耳朶に触れる。
周囲を見渡すと、燃え盛る地獄で今日もなお元気に呵責へ励む現場の獄卒たちが1人のもやし男を追い払おうとしていた。彼らの表情は鬱陶しそうに顰められており、強い言葉でもやし男を追い払おうとしてもなお追い縋ってくる。まるで恋人から別れを切り出され、それを拒む男のようだ。
追い縋るもやし男も必死だった。何やら「頼み事はあるか」とか「何か困っていないか」と問いかけている様子である。仕事がないのかと思ったがそうではなく、ただ単に相手のご機嫌を取ろうという印象を受けた。
キクガはため息を吐くと、
「何事かね」
「あ、アズマ補佐官」
「休みじゃなかったんすか」
「オルトの茶菓子目当てで冥府総督府に顔を出したら、アッシュから通報があった訳だが。――それで」
現場の獄卒たちが気さくに挨拶してくるキクガは軽い調子で応じると、キクガが声をかけるまで現場の獄卒たちにすり寄っていたもやし男に視線をやる。
もやし男は冥王第一補佐官であるキサラギだ。だが、以前見た時よりも窶れているような気配がある。食事をまともに取っているのかと逆に心配になるのだが、敵に塩を送るような真似はしない主義だ。
キクガの登場に、キサラギは気まずそうに視線を逸らした。かすかに舌打ちも聞こえる。やはりキクガが休暇のうちに現場へすり寄って味方を増やそうという魂胆は、あながち間違いではないと見た。
「キサラギ補佐官、現場の獄卒たちの仕事を邪魔しないでもらいたい訳だが」
「邪魔などしていない!! 僕はただ、現場の声を聞いてやろうと」
「それが邪魔だと言っている訳だが。彼らが迷惑になる行動は控えるべきだと思わないのかね」
キクガが正論を突きつけると、キサラギは喉の奥から「ぐぅ」と呻き声を漏らした。話を聞いていた現場の獄卒たちが揃って同調してきたことも後押しした。
現場の迷惑を顧みずに自分の要求を通そうとするとは、いくら味方を増やす為のアピールだとしても無駄に終わる。そもそも、今まで現場の声すら聞かずに無茶を押し通してきた冥王第一補佐官が、今更すり寄って何をする気か。下心があるとしか思えない。
すると、
「あ、もしかしてそこにいるのはアズマ補佐官ですか!?」
「む」
遠くから弾んだ声が聞こえてきて、キクガは声の方向に視線をやる。
紅蓮の炎が舐めるように地表を埋め尽くす漆黒の大地の向こうから、何やら泣きそうな顔で駆け寄ってくる獄卒を発見した。その手には錆びたジョウロが握られている。ジョウロを呵責道具に使う刑場は、大食の罪で落とされる地獄『第3刑場』だろうと見当をつけた。
そしてキクガの記憶領域から、第3刑場の獄卒たちの顔が引き上げられる。冥府総督府の総務課で保管されている獄卒たちの記録と照らし合わせ、個人を特定に至った。
「第3刑場のイリアス君かね。何か問題が?」
「アズマ補佐官に相談したいことがありまして――て、今オレの名前!?」
「まだ記憶している途中だが、とりあえず第3刑場までの獄卒は顔と名前は一致させた訳だが」
名前を認識されたことに驚く獄卒に対応しようとするキクガだが、横から第1刑場担当の獄卒が「コラ!!」と叱責する。
「アズマ補佐官は休暇中だって言ったろ!! 休暇明けに相談しろ!!」
「うええ!? で、でもこっちの現場は大変だし……」
戸惑う第3刑場の獄卒に目をつけたキサラギが、嬉々として彼の申し出に飛びついた。
「その相談、この冥王第一補佐官の僕が解決してやろう。内容は何だ? 言ってみろ」
「いや、役に立たないんで黙っててもらえますか」
キクガから獄卒たちの信頼を奪おうと躍起になっているようだが、今までの行動のツケが回ってきているのか、困っている部下にすら相談してもらえないキサラギ。逆に可哀想に思えてきた。
キサラギに鬱陶しそうな視線を投げていた第3刑場の獄卒が、キクガには「休暇中にすんませんけども!!」なんて言って、早速とばかりに相談をしようとしてくる。恨めしげな視線が横から容赦なく突き刺さってきた。
だが、キサラギからの視線などものともしないキクガは、
「構わない。私が対処をしなければならないものは、休暇明けになるが問題ないかね?」
「ちょっと仕事の相談ってか、呵責内容の相談で」
「ほう。もしや呵責内容が生温いと言う罪人がいるのかね?」
「あー、ちょっと語弊があると言いますか」
第3刑場の獄卒は難しそうに首を捻り、
「第3刑場には酔っ払って罪を犯した罪人も落ちてるじゃないっすか。そういう連中って自分が問題を起こした意識がないから反省しないんすよ。文句も垂れまくりで」
「よしそれを解決すれば」
「役に立たないって言ったの聞こえてなかったすか。引っ込め」
キサラギが解決に乗り出そうとするも、現場の獄卒から厳しい言葉で一蹴されてしまう。残念ながら彼の出番は今後もないらしい。
「それなら逆に、浴びるほど酒を飲ませてやりなさい。確か第3刑場の罪人は樹木に拘束されていて動けない状態だろう。酒も過ぎればただの苦痛だ。ジョウロを口に突っ込んでもいいから酒を飲ませ、二度と飲みたくないと宣っても飲ませ続けなさい」
「いい考えっすね!! それで、その酒ってのは」
「呵責開発課に行けば『魔法工学用アルコール』なるものがある訳だが。あと他に部品消毒用のアルコールも」
「あれ酒じゃないと思うんすけど」
「私が酒と言えば酒な訳だが。罪人に手加減など無用。酒を持ってきたと嘘でもついて遠慮なく飲ませてやりなさい。ここは地獄で相手も死んでいるなら、顔色が悪くなるまでしこたま飲ませたところで問題はない訳だが」
「わー」
あまりにもえげつない呵責内容をすらすらと語るキクガに、第3刑場の獄卒は畏怖の眼差しを向けてきた。
「容赦なくて逆に憧れるっすわ。じゃあちょっと呵責開発課に行ってきます」
「呵責開発課の課長に何か言われたら私の指示だと言いなさい。おそらく納得してくれる訳だが」
「納得してくれちゃうのが驚きなんすけど、了解です。あざっした!!」
第3刑場の獄卒は風のように駆け出し、あっという間に消えていく。さすが現場の獄卒である、身体能力の高さに目を見張る。
「アズマ補佐官、休暇中だってのにすんません」
「構わない訳だが」
キクガは朗らかに笑い、
「私はアッシュの子供たちに文字を教える約束があるので、これで帰る訳だが。他に何かあるかね?」
「明日ちょっと呵責道具の新調の件で課長が相談したいって言ってました」
「分かった。明日、私の執務室に来るように伝えてほしい訳だが」
「了解す」
現場の獄卒に見送られ、キクガは冥府総督府をあとにするのだった。これ以上残っていると、今度はオルトレイやアッシュから怒られてしまいそうだ。
ちなみに背後から何やら現場の獄卒とキサラギのやり取りが聞こえてきたが、言葉が不明瞭だったので特に気に留めることもなかった。




