【第3話】
ご機嫌なキクガが向かった先は、呵責開発課の作業場だった。
「む、キクガではないか。今日は休みだろう、冥府総督府まで何の用だ」
「特に何の用事でもない。やることがないから来てみただけな訳だが」
呵責開発課の作業場を覗き込むと、オルトレイを含めた数名の獄卒がこちらに気づいた。作業の手を止めて「お疲れ様です」「どうされました」と対応してくれる彼らに、仕事を邪魔してしまって申し訳ない気分になる。
オルトレイも仕事が休みならば仕事場には来ないのが信条である様子で、休暇を取ったにも関わらず仕事場にやってきたキクガを半眼で睨みつけていた。その視線が痛い。
あからさまにため息をついたオルトレイは、
「全く、お前という奴は仕事熱心だな。休みの日でも構わず職場に来るなど正気の沙汰ではないぞ」
「現世でいい紅茶をもらったので、君の茶菓子目当てでもある訳だが」
「それならそうと先に言え。その茶葉を分けてくれるのであれば特上の茶菓子を出してやろうではないか」
「君の手製かね?」
「当然だ。既製品より自分で作った方が美味いという自負がある」
自慢げに胸を張るオルトレイに、キクガは高級そうな見た目の缶に入った茶葉を手渡した。
これは、ルージュが餞別に寄越してきたものである。「冥界でお仕事が忙しくなっても、休憩は忘れないようにするんですの」と釘を刺されてしまった。彼女も冥府総督府で働くキクガの姿をどこかで監視しているのではないかと一瞬だけ疑ってしまったほどである。
手渡された紅茶の缶を観察するオルトレイは、「ほう」と感心したような口振りで言う。
「なかなかに高級な茶葉ではないか」
「種類は何かね? 高級な見た目だが」
「ダージリンだろうな」
オルトレイは紅茶の缶の蓋を開け、茶葉の香りを確認する。やはり彼の予想は当たっていたのか、茶葉の種類はダージリンだった様子であった。
「これほど高級な茶葉ならば、俺の手製の茶菓子も映えるというものよな」
「ちなみに茶菓子は?」
「今日はアップルパイを焼いた」
「焼いた」
「決して呵責道具を開発するついでに作ったオーブンで試し焼きをした訳ではないぞ、決してだ!!」
言い訳じみているが、キクガが呵責開発課の作業場に視線を巡らせると、大きめの箱がどんと鎮座していた。他の獄卒たちが慌てた様子で隠すも、記憶力のいいキクガの脳内にはしかと焼きつく。
見た目は料理用のオーブンだ。この世界にもオーブンが存在するのかと感動したが、オルトレイなら再現できるだろう。この魔法使いは本当に有能である。
キクガはそっとオーブンから視線を外すと、
「聞こう。あれは第5刑場に導入予定の呵責道具かね?」
「逆に聞こう。あれを第5刑場に導入した場合の使い道はあるのか?」
「あれは箱だろう。第5刑場の呵責は『狭い空間に閉じ込めて圧殺』な訳だが。あれに詰め込んだ上で――」
スッと音もなく瞳を眇めたキクガは、
「オーブンでブンと」
「それは異世界知識か? 随分とえげつないことを考えるが」
「中が空洞になった真鍮製の牛型の像に人間を詰め込み、像の下で火を焚いて蒸し焼きにする方式がいいかね?」
「どっちもえげつないことには変わりないが、面白そうなので採用しよう」
魔法で陶器製のポットを手元に転送したオルトレイは、手早く紅茶の準備をしながら部下の獄卒に指示を飛ばした。
「聞いたな。あのオーブンは増産とし、火力を強めて第5刑場に送れ」
「承知しました。大きさはこのままでいいですかね」
「圧殺の条件にも合うが、些か小さいな。気持ち少し大きめに設計し直すぞ。外観の設計図は任せるが、内部構造の設計はこちらで対処する」
「了解です」
傍目から見ても、相変わらず連携の取れた関係である。信頼が築けている証拠だ。多数の部下をまとめ上げるのも、オルトレイ・エイクトベルという魔法使いの才能だろう。
そんなやり取りを聞いているうちに、オルトレイがキクガの前に紅茶の入ったカップと貝殻の形をしたアップルパイの皿を置いた。狐色にこんがりと焼かれたアップルパイは甘い匂いを漂わせ、紅茶の芳香と合致している。
オルトレイは「さあ食え」と言い、
「会心の出来だぞ」
「いただきます」
キクガはまずアップルパイからいただくことにした。狐色の生地に歯を立てると、ざくりとした食感をまず伝えてくる。バターの塩気と生地のサクサク食感が何とも絶妙な美味しさがある。
そして中に詰め込まれた林檎がまた絶品である。甘酸っぱい林檎がトロトロになるまで煮込まれており、微かに香るシナモンがいい刺激になっている。これをもし世の中に売り出したら全員が食べたくなること間違いなしだ。
美味しいアップルパイに舌鼓を打つキクガだったが、
「オルト、ちょっといいか。――あ」
「む」
「何だ、アッシュ。呵責道具をぶっ壊したとあったらぶん殴るが」
ちょうどそこに、獄卒課課長のアッシュが困り顔で呵責開発課の作業場を覗き込む。もぐもぐとアップルパイを堪能中のキクガを発見するなり、彼は「何でキクガがここに?」と疑問を口にしていた。
口にアップルパイが入っているので喋れないキクガの代わりに、オルトレイが理由を説明すればアッシュも納得していた。それほどキクガが仕事をしないか警戒しているようである。何故だ。
アッシュは「そんなことを話してる場合じゃねえ」と言い、
「キサラギ補佐官、何か様子がおかしくねえか?」
「おかしい? とうとうトチ狂って全裸になりながら裁判でもしているのか」
「いや、何か妙にこっちに媚びてるって言うか」
「なるほど、冥王だけでは飽き足らず獄卒にまで媚を売るとは。欲求不満か、あいつ」
呆れたように言うオルトレイの隣で、キクガは考え事をしていた。
キサラギが今更、獄卒に擦り寄るような真似を見せたのだ。キクガから仕事を奪おうという魂胆は失敗したから、今度は仲間を失わせて仕事を失敗させようとしているのだろうか。そうだとすれば、一度は釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
鬼の居ぬ間に洗濯、という言葉がある。この場合、キクガが休暇でいないうちに仲間を増やしておこうということなのかもしれない。そうは問屋が卸さない。
「アッシュ、キサラギ補佐官はどこかね」
「いや、テメェは休暇だろ」
「休暇など構うものか。あの無能が何か手を打つ前に行動する訳だが。徹底的に叩き潰す」
キクガがカツアゲする勢いでアッシュに詰め寄り、無理やりキサラギの居場所を吐かせるのだった。




