【第2話】
結果はユフィーリアだけが合格した。
「5回目の正直ィ!!」
「ちくしょーッ!!」
「ええと、落ち込まないように。惜しかった訳だが。あと2点足りなかったな」
合格発表の看板の前で受験票片手に飛び跳ねるユフィーリアと、受験票を握りしめて膝をつくエドワードの対比に、キクガは何とも言えない気持ちになった。
お祝いをしたい気持ちと慰めたい気持ちが同居しているのだが、これはどちらを優先するべきなのだろうか。とりあえず膝をついて悔しがっているエドワードを慰めてやるように背中を撫でるだけに留めておいた。決して服越しに彼の筋肉を堪能している訳ではない。断じてだ。
しかし、5回目の受験でようやく合格したユフィーリアには関係がない。彼女はニッコニコの笑顔でエドワードに振り返り、
「ざまみろ」
「その受験票を毟り取ってやろうか」
「残念でしたァ。受験票には名前が記載されるなら毟り取られたところでお前が落ちたことには変わりねえよ」
年甲斐もなく、全力で揶揄うユフィーリア。そんな彼女を悔しそうにエドワードは睨みつける。不合格だったので何も言えないのだ。次回頑張ってほしい。
とはいえ、不合格者をこうも嘲笑うのは本人の精神的にも周囲の精神的にもよろしくはない。ここは少し制裁を加えるべきだろう。
そんな訳で、
「ユフィーリア君、合格おめでとう」
「お」
「あ゛?」
お祝いの言葉を述べながら、キクガはユフィーリアを抱きしめた。
小柄な彼女の身体はすっぽりと収まってしまう。不思議そうな光を宿した青い瞳が真っ直ぐにキクガの顔を見上げていた。「急に抱きしめてくるとは何事だろう?」と言っている様子である。背後に控えたエドワードが何やら物凄い顔をしていたが。
キクガは手早くユフィーリアの背中に腕を回し、
「それはそうと、不合格者を嘲るのはよくない訳だが。態度を改めなさい」
「ぎゃあああああイダダダダダダダダダダダダ!?!!」
両腕に力を込めて、ユフィーリアを鯖折りの刑に処してやった。
あまりの激痛に、ユフィーリアの桜唇から断末魔が迸る。全身を抱きしめられるように固定され、なおかつ背骨を重点的に攻撃されているので逃げ出すことがほぼ不可能。異世界技術『プロレス』もここに極まれり。
いきなり抱きついたことで不埒な態度を察知したエドワードだったが、容赦ない締め技を食らわされる銀髪碧眼の魔女にどうしていいのか分からない表情で右往左往していた。周囲の通行人も戸惑っている様子である。妻に操を立てた愛妻家なキクガが、別の女に欲情するとは思わないでほしい。
存分に鯖折りの刑に処してから、ユフィーリアをパッと解放してやる。膝から崩れ落ちた魔女を横目に、今度はエドワードへと向かった。
「鍛錬が足りない。出直しなさい、シャバ僧が」
「ぎゃあ!!」
身長も高く体格も優れたエドワードの胸倉を掴み、キクガは一本背負で床に叩きつけてやる。
背中から叩きつけられたエドワードは背骨を駆け抜けた痛みに悲鳴を上げるが、それだけでは刑罰にならない。せっかくキクガが付きっきりで見てやったというのに、不合格をもらうとは何という体たらくか。
悶えるエドワードの左腕に組み付き、キクガは彼に腕ひしぎ十字固めをお見舞いしてやる。
「安心しなさい、私は男女平等主義な訳だが。男だろうが女だろうが構わず痛めつけるし暴力も振るう」
「イダダダダダダダダダすいませんでした出直します痛い痛い痛い肘がああああああああ!!!!」
エドワードの口からも同様の悲鳴が迸った。肘関節を本来ならば曲がらない方向に決められれば痛みもあろう。
ある程度まで折檻してから、キクガはエドワードを解放してやる。ようやっと腕を締め上げられる痛みから解放され、エドワードは安堵の息を漏らしていた。ユフィーリアも鯖折りの刑のダメージから回復したようで、動けるようにはなっていた。
キクガはスチャッと右手を掲げ、
「では私は帰る訳だが。これにて失敬」
「ちょ、キクガさんさっきの締め技は何!?」
「俺ちゃんなんか投げ飛ばされたんだけどぉ!?」
何やら後ろからユフィーリアとエドワードの叫びが聞こえてくるも、キクガは構わず中央魔法裁判所から飛び出した。追いかけてこないうちに冥府転移門で移動しよう。
中央魔法裁判所を飛び出すと、見覚えのある子供がトボトボと肩を落として歩いていた。周囲に保護者らしい大人の姿はない。子供が中央魔法裁判所に何か用事だっただろうか。
ふと、キクガの記憶領域がとある光景を弾き出した。それはキクガが初めて冥府書記官の資格を受験した際、父親らしき人物から説教されていた子供である。「冥王の元に行けない!!」と怒鳴られていたことから少しでもあの子供のような不幸を生み出さない為に、キクガは魔法使用倫理協定を作ったのだ。
だからだろうか、肩を落として歩く子供にキクガは思わず声をかけていた。
「君」
「……おじちゃん、だれ?」
「名乗るほどのものでもないが、不審者でもない。少しだけ話せるかね」
警戒するような眼差しを投げかけてくる子供に、キクガは膝をついて子供と視線を合わせる。
「君、お父さんやお母さんは? 1人かね?」
「おかあさんがむかえにくる。おとうさんはいなくなった。わるいことにまほうをつかったから」
「そうか」
やはり彼の父親は魔法使用倫理協定の影響でどこかに雲隠れをしたか、それとも警察組織にでも連れて行かれたのだろう。そのうち冥界にやってくるのも時間の問題だ。
「では、今日は何故ここに?」
「めいふしょきかんのしけん。またおちちゃったけど」
「……その資格を持っていても、冥王様のところには行けない訳だが。それでもほしいのかね?」
「ぼく、ごくそつになりたい。ほんでよんだ」
子供はしっかりとした口調で告げる。
「ごくそつになれば、わるいことをしたひとをこらしめることができるでしょ。どうぐもいっぱいつくるってほんでよんだよ」
「…………なるほど」
幼い頃から獄卒志望とは、なかなかに将来性が高い子供である。しかも目標としているのは呵責開発課だ。自ら志願するとは、課長のオルトレイも諸手を挙げて歓迎しそうである。
獄卒を将来の夢と定めるのは些か早すぎるような気がしないでもないが、その為の勉強はいくらあってもいいだろう。冥界に行くよりも、今は獄卒として働ける為の勉強期間だ。
キクガは小さく笑い、
「それならば、魔法工学の分野をたくさん勉強しなさい。そしてたくさん生きて、たくさんの人と出会い、君のお母さんに育ててくれた恩返しをして、冥界までやってきなさい。その時は歓迎しよう」
「……おじちゃん、ごくそつなの?」
「そうとも」
キクガは右手を掲げた。
その合図を受けて、無数の人骨と巨大な骸骨が支える純白の扉――冥府転移門が現れる。扉が開いた先は、どこまでも深い闇。そして死後の世界である冥界が待ち受けている。
瞳を見開いて固まる子供に、門の前に立ったキクガは振り返る。いずれ獄卒となろう子供に、こう返した。
「君が大人になったその時、冥王として歓迎する訳だが」
それだけ言って、キクガは冥府転移門の向こう側に足を踏み出した。
背後で冥府転移門が閉ざされる。現世の賑やかさは消え失せ、湿った空気がキクガの頬を撫でた。
現世では冥府転移門の出現に大騒ぎとなっているだろうが、いずれ記憶は風化される。ルージュからの説教は怖いけれど、どうにかなるだろう。
見込みのありそうな獄卒を見つけ、キクガは鼻歌混じりに冥府総督府へ向かうのだった。




