【第10話】
『お繋ぎ出来ません』
「は?」
『ロックハート最高裁判官にはお繋ぎ出来ないと申しました』
そこで、髑髏はぶつんと音を立てて途絶えた。
冥王第一補佐官のキサラギは、うんともすんとも言わなくなった髑髏をぶん投げる。勢いよく飛んでいった真っ白な頭蓋骨は、己が執務室の壁にぶつかって耳障りな音を響かせた。壊れたかもしれないが、そんなことは構うものか。
連絡を取っていた先は中央魔法裁判所である。あの生意気な冥王第五補佐官に与えられた裁判の仕事を、何とか自分でも担当できないかと仕事を与えた張本人である中央魔法裁判所に掛け合ったのだが、中央魔法裁判所の回答は『裁判官に繋げない』という無情極まるものだった。
執務机を強く叩いたキサラギは、天板に爪を突き立てて掻き毟る。爪が剥がれようとピリとした痛みを伝えてきたが、この怒りを収める為のものにはならなかった。
「ふざけるな、中央魔法裁判所め。この僕を誰だと思って……!!」
ギリギリと歯軋りをしながら、キサラギは呻いた。
きっと何か悪意が働いているに違いない。何故ならば、キサラギは冥王第一補佐官である。冥王第五補佐官は応対できて、冥界の2番手であるキサラギが応対を拒否されるというのはあり得ない話だ。立場で言ったらキサラギの方が偉い。
そうだ、あの冥王第五補佐官に奇しくも収まった得体の知れない男が原因だ。「冥王第一補佐官から連絡が来ても取り次ぐな」とでも言ったのだろう。いつぞやの意趣返しか。
「あの無礼者め、仕事の邪魔をするとは許せん!!」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったキサラギは、ドスドスと足音を立てながら執務室を飛び出す。
とにかくあの冥王第五補佐官には何か言ってやらないと気が済まなかった。いいや、いつぞやに冥王の小姓扱いをされたが、今では同じことをしているではないかと確信する。
中央魔法裁判所に、冥王第五補佐官のあの男が取り入ったから仕事を与えられたのだ。一体どんな手法を用いたのか定かではないが、冥王第一補佐官であるキサラギをすっ飛ばして冥王第五補佐官に仕事を与えるなどおかしい。
まずはそのことを言及してやろうと決めた矢先、曲がり角から獄卒たちの会話が聞こえてきた。
「補佐官ってさ、頼りになるよな」
「な。仕事も早いし凄え的確」
思わず足を止めて、曲がり角に身を潜めてしまった。
補佐官とは誰のことを言っているのだろうか。まさか自分のことか?
獄卒からの評価は妥当だろう。何せキサラギは長いこと冥王第一補佐官として冥府総督府に在籍し、懸命に仕事をこなしてきた。今になって評価するのは遅いような気もするが、称賛の言葉は気分がいい。
だが、
「あ、アズマ補佐官。お疲れ様です」
「裁判終わりっすか?」
「ああ、お疲れ様。君たちも休憩かね? よいことな訳だが」
曲がり角の向こう側から、聞き覚えのある声が獄卒たちの呼びかけに応じる。
反射的に曲がり角の影から様子を伺うと、現場の獄卒らしき屈強な2名の男と長身痩躯の男が仲良く談笑していた。雰囲気は和やかなものである。現場の獄卒たちも、相手に萎縮した様子はない。
長身痩躯の男は裁判終わりの様子で、その手には裁判資料が抱えられていた。獄卒たちが見かねて「持ちます?」と申し出るも、相手はやんわりと辞退する。「この程度持てなければ笑われてしまう」と言っていた。
「そういえば、君たちが担当する第3刑場に私が今回担当した罪人が移送される予定な訳だが。何か罪人が粗相をしでかしたり、反省の色を見せない場合は私に報告を頼めるかね。呵責の内容を考えなければならない訳だが」
「いやいや、そんなの現場判断でどうにかしますよ」
「そうともいかない。判決を下した以上、その先の責任を取るのも私の役目な訳だが。現場はただでさえ逼迫しているし、その判断まで君たちに負担を強いる訳にはいかない」
「いやでも」
「あと第3刑場の呵責道具が古くなっていたので、新しいものに交換するように呵責開発課の課長には伝えた訳だが。近日中には新しいものと、業務効率の為に新しい呵責道具を導入する。説明は呵責開発課に頼んでいるが、もし不明点があれば私まで言いなさい」
「そんなことまで!?」
獄卒たちが驚くぐらいの仕事っぷりに、長身痩躯の男は軽い調子で笑った。
「何、君たちは今までもよく働いてくれていた訳だが。私も君たちの努力には報いなければ」
「いやホント、倒れんでくださいよ」
「この程度では倒れない、安心してほしい訳だが」
現場の獄卒たちの心配を笑いながら受け取り、長身痩躯の男は颯爽と歩き去った。
彼が姿を消してから、その現場の獄卒たちは「今の見たか?」「見た見た」などとこそこそ会話をする。
獄卒たちの声は明るい。そして酷く感心している様子だった。
「アズマ補佐官、俺らが後回しにしてた悩みまで言わんでもちゃんと把握してくれてたぞ」
「それに、俺たちが第3刑場を担当するって言ったか? 現場もちゃんと把握されてるんだな」
「やっぱり凄えわ、アズマ補佐官」
「てか今月の給料も増えるって噂だぜ。アズマ補佐官が総務課に指導を入れたらしい」
「本当かよ。アズマ補佐官じゃなくてもう神様じゃねえか。アズマ神様じゃねえか」
「頭上がんねえわ……」
口々に獄卒たちの口から出てくるのは、冥王第五補佐官に対する称賛の言葉。今までの称賛も、おそらくはそうだろう。
キサラギは曲がり角に隠れながら、ギリッと拳を握りしめることしか出来なかった。
自分も仕事を真面目にこなしていた。それなのに褒められるのは冥王第五補佐官のあいつだけである。何が違うのか。
その時、
「今のお前の気持ちを言ってやろうではないか」
「ッ!!」
背後から声が投げかけられた。
弾かれたように振り返ると、煙草を咥えたままキサラギの背後に立つ呵責開発課課長――オルトレイ・エイクトベル。飄々とした掴みどころのない態度が、キサラギは気に食わなかった。
またしても、オルトレイはキサラギの内面を見透かすかのように青い瞳を向けている。漂う煙草の匂いは嫌なものではなく、柑橘類を想起させる香りが鼻孔を掠めた。
「お前は嫉妬しているのだ。自分以上に仕事の出来るキクガに対して、お前は妬み嫉みを抱いている」
「黙れ。貴様の戯言など耳を傾ける価値などない」
「的確だと思うがな。お前はその態度がいけないのだ、だから他の獄卒たちから信頼もされん。業務に支障が出るのも頷ける」
オルトレイは煙草を燻らせ、
「キクガはな、仕事で信頼を得てきた。自分の為ではなく、獄卒たちが気兼ねなく働けるように自ら動き、分からないことがあれば学び、勉学に励み、業務改善に努めてきた。我ら獄卒の為に心を砕いてきた。そんなあいつに応えようと考えるのは当然のことよ」
「そんなの、僕だって」
「お前は獄卒たちのことを突き放してきた。上の立場を利用して偉そうなことを言うばかりで責任は取らん。誰がお前のことを信用するか」
ぐうの音も出ずに黙り込むキサラギに、オルトレイは容赦なく言葉を突き刺してきた。
「少しは獄卒たちの意見にも耳を傾けろ。まあ、無理な話だとは思うがな」
オルトレイはそれだけ言って、踵を返した。カツカツと足音を立て、彼の姿は廊下の奥に消えていく。
その場に残されたキサラギは、ただ俯くことしか出来なかった。
己が行動を、今一度振り返りながら。




