【第9話】
食事を終えてから第1刑場に向かうと、数人の獄卒と1人の罪人がぎゃーぎゃーと揉めていた。
「補佐官が間違うと思ってんのか!!」
「誤審なんてある訳ねえ、お前は第7刑場行きだ馬鹿野郎!!」
「ふざけんな、勝手に決めつけるんじゃねえ!! ただ盗みを働いたってだけで第7刑場とか厳しすぎるだろうがよ!!」
罪人として誤審を叫ぶのは、先程キクガが第7刑場行きの判決を下したザラ・ロクサスだった。両脇を屈強な獄卒たちで固められながらも、自由に回る口で何事か叫んでいる。
そんな彼に対して、獄卒たちは問答無用で暴力を振るっていたが、それでも黙らない。なおも誤審を叫び続けている。それほど気合いの入った死者だとは思わなかった。
キクガは「待たせた訳だが」と獄卒たちに呼びかけ、
「アズマ補佐官、すいやせん。こいつが暴れて」
「構わない。想定内の出来事な訳だが」
謝罪する屈強な獄卒たちへ、逆にキクガが「迷惑をかけた訳だが」と謝罪する。自分の下した判決のせいで、彼らに手間を取らせてしまった。その責任は果たそう。
「こ、こッこの野郎!! よくも誤審をしやがって!!」
キクガが現れたことで、ザラ・ロクサスは唾を飛ばしながら叫んだ。血走った眼球は真っ直ぐにキクガを見据え、全体的に狂気に満ち満ちている。
前職の影響で、今のザラのような人間には何度か会ったことがある。命を狙われるようなこともあった。だが基本的に肝が据わっているキクガに恐れる敵などない、相手がどれほど話の通じない猿でも会話に応じてきた。
だから今回も同じことである。キクガはザラを見つめ返すと、
「何か問題があったのかね、ザラ・ロクサス。君は第7刑場行きが妥当だと判断した訳だが」
「それが誤審だってんだ!!」
ザラは獄卒の拘束を振り解こうと暴れるが、元より細身の男が現場で鍛えられた獄卒たちに敵うはずもなく、無駄に体力を消耗するだけで終わる。
「ただ盗みを働いたってだけで第7刑場は厳しすぎだろうが!!」
「いいや、妥当な訳だが」
キクガは首を横に振り、
「君が泥棒に入った際、何名かの使用人に暴力を振るっていたという記録がある訳だが。冥王台帳にもその記載を発見している」
「何だよそれ、ちょっと当たっただけだろ」
「ほう。ちょっと、かね」
ザラの言い訳に、キクガの赤い瞳に冷酷な光が宿った。
「君の暴力が行きすぎた結果、1人の女性が命を落としている訳だが。それについての言い訳は? ただ当たったから、というものでいいかね?」
「は?」
ザラの表情が固まった。まさか、自分の暴力の結果で人が死んでいるとは思っていなかったのだろう。
確かに直接的には関係していない。ザラの暴力で当たりどころが悪く、身体に後遺症が残ってしまい、その果てに命を落とした訳である。いつかの時と同じように『やらなければよかったのに』という結論になってしまう訳だ。
そんな理由から、ザラ・ロクサスの罪の内容を鑑みると第7刑場が妥当だと判断したのだ。暴力を振るった果てに死んでしまったのならば、その罪はザラに被せて然るべきである。現世の法律では窃盗だけの容疑で裁かれたとしても、ここは冥界だ。罪が紐づくのは当然の帰結である。
「な」
「何故、知っているかと? つい先日、君に暴力を振るわれた女性の裁判に同席した訳だが。裁判記録を作成したのは私だ。よく覚えている」
その時の女性は輪廻転生を選んだが、去り際に「あの強盗だけは絶対に許さない」と呪詛を吐き捨てていた。力強い呪詛だったので、記憶に強く残っていた。
彼を地獄に送れば、盗賊王に財産を奪われた金持ちたちも、彼に暴力を振るわれた使用人たちも溜飲が下がるというものだろう。盗賊王を恨む彼女の無念も晴らされるはずだ。
キクガはザラに大股で詰め寄ると、
「だが、まあ。誤審を訴えるのであれば、君は特別対応な訳だが」
「え、何を」
ザラの表情に困惑の感情が浮かぶ。
その反応を確認し、キクガは右足を引いた。軸足でしっかりと自分の身体を支え、勢いよく右足を前方向に振り上げる。
ズムン、とキクガの振り上げた右足はザラの股間に吸い込まれた。脛の部分で柔らかい何かが潰れるような感触を味わい、キクガは密かに内心で顔を顰める。こんな気分を味わうのは久々だった。
ザラの口からくぐもった悲鳴が漏れた。両脇を屈強な獄卒たちに固められているので、膝から崩れ落ちることも出来ない。急所を蹴飛ばされた痛みを逃がすことも出来ないまま、拘束されるだけだ。
「すまない、私の長い足が当たってしまった訳だが」
キクガは棒読みに聞こえるように平坦な謝罪を繰り出すと、急所を蹴飛ばされた痛みに喘ぐザラの顔面に拳を叩き込んだ。
鼻が折れる感触。硬い感覚は歯だろうか。思い切り拳を叩き込んだので、ザラの口から白い歯がポップコーンのように弾け飛ぶ。
この暴力にも、キクガは棒読みで謝罪する。
「すまない、私の長い右手が当たってしまった訳だが」
「お゛、お゛前……ッ、ぶざげ……ッ」
ザラは口の端から血混じりの涎を垂らしながら、恨みのこもった視線をキクガに突き刺す。
これに、キクガは冷たく笑うだけだった。
何を恨むのだろう。ここは地獄である、生前の罪に対して身を持って反省を促す場所だ。そんな場所に落ちたのならば、暴力を振るわれるのは必定だ。
それに、ザラ・ロクサスはこうも言っていた。
「おや、おかしい。君は盗みに入った屋敷に勤める使用人たちに振るった暴力を『ちょっと当たっただけ』と言ったではないか。私も同じことをしているだけな訳だが」
震えるザラの頭髪を掴み、無理やり自分と目を合わさせるキクガ。身長差がある影響で相手の首が辛かろうが、そんなことは関係なかった。
「ここは第1刑場な訳だが。暴力で反省を促す浅い地獄だ。第7刑場へ連れて行く前に、肩慣らしとして私が直々に君へ反省を促してやろう。嫌なら早めに気絶をするように祈っておきなさい。黙ればそのまま君のいるべき地獄に連れて行こう」
それはそれは綺麗な笑顔で告げたキクガは、再びザラの横っ面へ拳を突き刺してやるのだった。
その間、現場の獄卒たちも、たまたま様子を見にきたアッシュも、心配だから付き添いに来たオルトレイも、容赦なく暴力を振るうキクガに畏敬を眼差しを送ると共にこう結論を下した。
あいつを怒らせないでおこう、と。




