【第8話】
キサラギに代わって裁判を執り行ってから昼休みを迎えたからか、冥府総督府の食堂は空いていた。
「お腹空いた」
「全くだ。あんなところで使い物にならなくなるとは情けん」
お腹が空いたのでいつもより多めのおかずを載せたお盆を机に置き、キクガはため息を吐いた。美味しそうなご飯を前に胃袋が空腹であることを訴えてくる。「早よ飯食え」と全身が言っていた。
向かいの席にオルトレイが、キクガよりも多めのおかずを載せたお盆を机に置いた。狭いお盆の上におかずの皿が積み重なっているようにも見える。彼にも昼休みの後ろ倒しをお願いしたようなものなので、キクガは申し訳ない気持ちになった。
キクガは「すまない」と謝罪し、
「君に裁判の進行を付き合わせてしまった訳だが」
「構わん。お前があっという間に終わらせてくれたから問題あるまいよ」
おかずである豆の煮込みのようなものをガッと一気に頬張るオルトレイは、
「まあでも、驚いたな」
「何が?」
「キサラギの奴が担当する裁判なのに、お前は問題なく進行できた。普通なら裁判資料なり冥王台帳の情報なりを頭に叩き込んでおかねばならんはずなのに」
「ああ」
キクガは納得したように頷く。
キサラギから強奪した裁判資料はキクガと同じものの為、当該罪人の情報を新たに頭に叩き込むだけで済んだ。それに盗賊王とやらは分かりやすい犯罪者だったので、判決を出しやすかったという点もある。
魔法を使用した際に犯す罪と違って、中央魔法裁判所などに根回しする必要もなさそうなので助かった。あれでさらに魔法を悪用までしていたら、キクガもさすがに少し時間をもらっていたかもしれない。
「読むだけなら早く出来る訳だが。今回の盗賊王は暴力も振るっていたので、第7刑場行きが妥当だと判断した」
「そうは言っても、あんなサラッと読んで理解できるもんかね。俺としてはお前の脳味噌を解剖してみたいところだが」
「喋れるようにしておいてくれるのなら」
「脳味噌の存在だけになっても働くつもりか、お前は?」
オルトレイはジト目でキクガを睨みつけてくる。
喋ることさえ出来れば仕事も問題なく進行できそうである。願わくば脳味噌だけの存在になっても、台車が何かに乗せて移動してくれるとありがたい。動かなくて済むなら何だっていい。
キクガはハーブらしき香草が練り込まれた腸詰を口に運び、
「私とてさすがに不安なので、先程の裁判の罪人は地獄まで視察に行く訳だが。何か問題が起きたら現場が混乱する」
「いや補佐官の仕事はそこまでやるものではないぞ。それは現場のアッシュにだな」
「判決を出した責任はある訳だが。おそらく問題はなさそうだろうから、少し見てすぐに帰ってくる。私が担当する裁判までは間に合うはずだが」
そこまで言って、キクガは食べかけの香草入り腸詰を見下ろした。
「……これ美味しいな。お代わりしてこよう」
「お前の舌を唸らせるとは」
オルトレイが驚いたような視線を向けてくる。
香草が練り込まれたこの腸詰、肉肉しさと爽やかさが見事に合致しており美味しかった。香草もくどくなく、匂いもそこまできついものではないのでいくらでも食べられそうである。
空いたお皿を手にして、キクガはいそいそと腸詰のお代わりに向かう。食堂で働くおばちゃん獄卒たちが「いっぱいお食べ!!」と溌剌とした声を投げかけてきたので、それに応じるように腸詰を皿の上に追加で載せた。
元の座席に戻ると、オルトレイも同じ料理をお盆に載せていたのか、もぐもぐとキクガが気に入った腸詰を口に運んでいた。そして、
「ふむ、ブラッキーグラスを使用しているのか。この程度なら俺でも再現は出来そうだな」
「本当かね」
「原材料が分かればどうということはない。早速、今晩の献立に混ぜてみようではないか。酒の肴にもなりそうだしな」
腸詰に使われている香草の種類まで判明したところで、オルトレイが「しかし珍しいな」と口を開いた。
「お前がお代わりまでするとはな。それほど気に入ったのか?」
「珍しい味が気に入った訳だが。普段は和食ばかりだったので、馴染みがなかった」
「ワショクとな」
「異世界の料理だが、おそらくこの世界での再現性は厳しいと思う」
オルトレイは興味を示してくれたが、キクガの望む『和食』の再現性は非常に難しいだろう。
何せこの世界には、元の世界で流通していた調味料が存在しない。塩や砂糖ぐらいはあれど、料理酒やみりん、醤油、出汁などといったものは見当たらない。和食を口に出来る日は今後永遠に来ないだろう、ともはや諦めの境地に達する。
だが、
「諦めるとは情けんな、キクガよ。魔法使用倫理協定の制定という不可能を実現しておきながら、異世界技術や文化を広めないとは人類の衰退を意味するぞ」
「そこまでかね?」
「革新的な技術は積極的に取り入れなければな」
オルトレイは「その『ワショク』とやらは興味があるな!! 料理好きとしては作ってみたいところだ!!」などと言ってくれる。
彼ならきっと、再現してしまうことだろう。聡明で、勉強熱心で、異世界だろうが何だろうが自分の知らないことに興味を持つ好奇心旺盛な魔法使いならば、何年かかっても和食の追求をすることだろう。極めるまで止めないかもしれない。
キクガは小さく笑い、
「製造方法は私も知ってはいるが、険しい道のりになるかもしれない。それでも君は手を出すのかね?」
「当然だ。課題が難しければ難しいほどやる気も出るというものよ」
オルトレイが机から身を乗り出し、「さあ何から再現する?」と興味を示してくれた、その時だ。
「キクガすまーん!!!!」
そんな大音声と共に、獄卒課課長のアッシュが食堂に駆け込んできた。食堂のおばちゃん獄卒に睨みつけられるも、銀灰色の狼人間にとってはそれどころではないらしい。
「さっき第7刑場送りになった罪人が誤審とか騒ぎ始めて」
「なるほど」
キクガは音もなく目を眇める。
どこかで文句が飛んでくるだろうとは予想していたが、こうも早い段階で文句が飛んでくるとは思わなかった。だが何事にも想定外はあるし、判決内容について文句が飛んでくるのは織り込み済みである。
頷いたキクガは、
「承知した。食事が終わり次第、対処する訳だが。それまで場を持たせなさい。待機場所は第1刑場内で頼む」
「あ、ああ、分かった。悪いな!!」
アッシュが再びドタバタと食堂を飛び出していくのを見送り、キクガはお代わりしてきたばかりの腸詰を口に運ぶ。本当は今すぐに対処したいのだが、目の前で監視役よろしく座る呵責開発課課長に睨まれて席を立てなかったのだ。
「偉いな、キクガよ。食事を放り出して仕事に戻ろうとすれば、お前の眉間に風穴が開いていたな」
「そうだろうと思って食事を取ることを選んだ訳だが」
もし食事を放り出せば頭が吹き飛んでいた可能性が浮上し、キクガは内心で薄寒いものを感じつつ昼食を胃袋に収めていくのだった。




