【第7話】
再び冥王の法廷までやってくると、何やらドタバタと騒がしかった。
「どこ行った!!」
「探せ!!」
現場の獄卒らしき屈強な男たちが、怒号を上げながら冥王の法廷をバタバタと駆け回る。天井を支える柱の影を覗き込み、隅から隅まで逃げ出した死者を探していた。
見上げるほどの巨体を誇る冥王ザァトが動けないのはまだ分かるものの、すぐ側に控えている冥王第一補佐官のキサラギは呆然と立ち尽くしているだけだった。裁判中の死者を取り逃がしてしまったことに対して何か思うところがあるらしい。
探し回っているのは屈強な男たちが数名で、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら探しているものだから逃げた相手にも位置が分かってしまう。これでは探している相手も出てこれないだろう。
とりあえず使い物にならない冥界の支配者と2番手を捨て置き、キクガは未だに冥王の法廷内を走り回る獄卒に声をかけた。
「状況は?」
「アズマ補佐官!!」
「すいやせん、自分らの不手際で」
「問題ない。起きてしまったことは仕方がない訳だが」
申し訳なさそうにする獄卒たちに、キクガは「何があったのかね」と問いかける。
「実は、今回の裁判はあの『盗賊王』だったんすよ」
「盗賊王」
「ほう、あの盗賊王がようやっと死んだのか。それはさぞ注意して裁判をせねばならんかったのにな」
オルトレイが嫌味を織り交ぜながら、冥王ザァトとキサラギに視線を投げる。自分が役に立っていないことを理解してか、冥王ザァトはオルトレイの視線から色とりどりの眼球を逃がす。キサラギに至ってはそもそもオルトレイに意識を向けることすら余裕がない様子だった。
というか、あたかも知っていて当然とばかりの態度が気に食わなかった。キクガは完全に置いてけぼりである。説明さえないのか。
キクガはオルトレイの脇腹を小突き、
「盗賊王とは何かね」
「驚くことに、魔法を使わずに金持ちの邸宅へ侵入を繰り返して金品を強奪した盗人のことだ。何度も繰り返しているうちにいつしか『盗賊王』などという通称がつけられた」
「ほう」
オルトレイの簡潔な説明に、キクガは納得したように頷く。
魔法が技術として確立しているものの、恩恵を受けているのは金持ちだけである。まさに貴族の道楽と言われてもおかしくないが、今はその部分を批判している暇ではない。
魔法が使えない泥棒ならば、立場はキクガと同じである。むしろ魔法の存在しない世界からやってきたキクガの方が対処は思いつきやすい。
「ならば、人間の心理を使おう」
「何だ、心でも読む魔法でも使うのか。俺でも心得があるかどうかなのだがな」
「何、やることは簡単な訳だが」
そう言って、キクガは屈強な獄卒たちに向き直る。
「君たち、ここは構わないから外の捜索を頼めるかね?」
「え?」
「それでいいんです?」
「外に逃げた可能性も考えられる訳だが。ここは私とオルトに任せ、君たちは外を捜索しなさい」
屈強な獄卒たちは首を傾げながらも、キクガの命令に従った。先程のように「おら、どこ行ったァ!!」「出てこいコラ!!」などと怒声を上げながら冥王の法廷を飛び出していく。
「キクガよ、俺たちは」
「静かに」
どこの捜索をすべきかと話題を切り出しかけたオルトレイの口を手で塞ぎ、キクガは鋭い視線を法廷内に巡らせる。
先程の獄卒たちが立ち去ったことで、法廷内には静寂が降りる。呼吸音はおろか、心臓の音さえも聞こえてきそうだ。冥王ザァトもキサラギも、共に言葉を発することなくそこにいる。
キクガはオルトレイの腕を掴み、足音を殺して法廷の隅に移動する。怪訝な表情でこちらを見てくるオルトレイに、キクガは最小限の声で言う。
「脱走して捕まえられないということは、どこかに隠れている訳だが」
「ならば外に探しに行かんのか?」
「異世界には『灯台下暗し』という言葉がある。探し物は意外にも近くにあることが多い訳だが」
「だがな、盗賊王とまで言われた奴がそんな愚かでは」
納得していないオルトレイがそう言った瞬間、
「……行ったか? いやぁ、焦った焦った。連中は意外にも馬鹿だな」
そんなことを宣いながら、冥王の法廷にふらりと誰かが姿を見せる。
麻のシャツとよれたズボンという簡素な組み合わせの服装に、ボロボロの革靴。栗色の髪の毛は伸び放題となっており、細い顎には無精髭が生え揃う。意地汚さを滲ませる青緑色の瞳で警戒するように周囲を見渡し、それから自分の存在を探している獄卒の姿が見えないことを確認して安堵の息を吐いていた。
なるほど、彼が盗賊王か。ありきたりな顔立ちにありきたりな服装、そしてありきたりな髪型をしているので存在感がまるでない。自分自身の存在感のなさを存分に生かしていた。
予想が的中したことで唖然とするオルトレイをよそに、キクガはしっかりと盗賊王を視線の先に捉えて告げる。
「冥府天縛、彼を拘束しなさい」
じゃらり、と金属が擦れる音。
盗賊王の男が弾かれたように顔を上げるも、彼の身体を戒めるように純白の鎖――冥府天縛が巻きつく。簡単に逃げられないように全身をぐるぐると冥府天縛で縛り上げ、簀巻きのような状態にすると無様に地面へ転がった。
さらにキクガは、盗賊王の男が逃げないように後頭部を踏みつけて法廷の床に縫い止めた。「テメェ、何しやがる!!」と生意気にも口答えをしてきたので、追加で蹴飛ばして黙らせた。
「オルト、すまないが彼を押さえてくれないかね」
「え、俺いる?」
「適宜、蹴飛ばしてほしい訳だが」
「俺が蹴飛ばすと頭が弾けるぞ。多分」
「本望」
「本望!?」
拘束の役目をオルトレイに任せ、キクガは呆然と立ち尽くしたままのキサラギの手から裁判資料を横取りする。キサラギは反論してくることもなく、されるがままだった。
「冥王様、このまま裁判を引き継ぎます。よろしいですね?」
「……うむ。キサラギの今の精神状態では不安がある。キクガ、そのまま補佐を」
「承知いたしました」
まとめられた裁判資料を簡単に確認し、足りない情報は冥王台帳を参照する。中央魔法裁判所に根回しをしている暇はない。今ある情報だけで適宜更新していくしかない。
「――これよりザラ・ロクサスの裁判を執り行う」
心神喪失状態のキサラギから無理やり引き継ぎ、キクガが代わりに開廷を宣言するのだった。




