【第6話】
冥王の法廷を辞去すると、サイラスが興奮気味に話しかけてきた。
「さすがです、アズマ補佐官!!」
「緊張した」
「そのようには見えませんでした!!」
「君も記録係の仕事、お疲れ様な訳だが」
ふんふんとやたら興奮した様子のサイラスから、キクガは裁判記録を受け取る。
羊皮紙の上を踊る裁判の様子をまとめた文章は、きちんと要約されて書かれていた。キクガの理想通りの裁判記録である。あとは内容をキクガの方で清書すればきちんとした裁判記録として残せるだろう。
キクガは頷き、
「とてもよくまとめられている訳だが。これを基礎に、裁判記録を作成しても?」
「こちらでやりますよ」
「いや、裁判記録の作成は元より冥王裁判課の仕事な訳だが。記録課は記録課で冥王台帳の作成で多忙だろう、ここまで綺麗にまとめてくれていたら私も裁判記録を作成しやすくなる訳だが」
今まではキクガが記録課にいたので裁判記録の作成も担当していたが、今回から冥王裁判課にめでたく栄転となったので記録課に作成をお願いすることもないだろう。自分で出来る仕事は自分でやる主義である。
サイラスはちょっと残念そうにしていたが、自分の役目はここまでであると弁えている様子で「それでは自分は仕事に戻ります」と告げて、記録課の仕事部屋方面へと戻っていった。いずれ彼も冥府書記官の資格を取得すれば、ますます成長することだろう。
さて、次の裁判まで時間はある。次の裁判資料の読み込みでもしようと執務室方面に足を向けた、その時だ。
「ふん、裁判を1件終わらせた程度で思い上がるな」
「キサラギ補佐官」
廊下の向こうから、神経質そうな七三ヘアのキサラギが歩いてきた。その手には裁判資料らしき紙束が抱えられているので、次の裁判はキサラギ補佐官が担当するのだろう。
嫌な人物に会ったものである。もはや災害と呼んでも過言ではないだろう。だがここであからさまに態度に出すとあとでうるさいので、キクガは彼のやっかみにも無関心を貫く。
だが、相手が何も言ってこないのを勝機とでも思ったのか、キサラギは偉そうな態度で言ってくる。
「僕のように裁判を何件もこなしてから一人前だぞ」
「きちんとした判決を下せるようになってから威張ってほしいものだが」
「何だと!!」
「失礼する」
背後でキサラギが何やらキーキーと喚き立てていたが、キクガは一切合切を無視して足早に執務室へ向かうのだった。
☆
執務室に戻って裁判記録の清書をしようとした矢先、やたら元気なノック音が聞こえてきた。
「どちら様かね」
「こちら様だ!!」
「ああ」
扉の向こうから聞こえてきた勇ましい声に納得したキクガは「入りなさい」と入室を促す。
入室を促した途端、扉を蹴破らん勢いで開け放ってきたのはオルトレイだった。「邪魔するぞ!!」とやはり元気がいい。今日はいつも以上にテンションが高い様子だが。
彼に何か仕事を頼んでいたかと自分の行動を振り返るも、呵責開発課に呵責内容の相談はこれからしようと思っていたところである。まだ彼の耳には入っていないはずだ。ならば何か自分は間違った行動をしたのかと考えるも、やはり思いつかない。
キクガは首を傾げると、
「オルト、何か用事かね?」
「無事に裁判が終わったと話を聞いたので様子を見にきたのだ。他人の人生を決める裁判の補佐をして、怖がってやいないかと心配でな」
「心配している割には表情はにこやかな訳だが」
「何の障害もなく無事に終えられたと聞いたから安心していたのだ。やはりお前は優秀だな、このこの!! キサラギの奴とは雲泥の差があるな!!」
「いたッ、いたッ、力強ッ」
思いの外、強い力で脇腹を小突かれて、キクガは思わずよろめいてしまう。割と痛かった。見た目通りに鍛えられているだけある。
「まあ、あとはもうすぐ昼飯だから誘いに来たのだ。アッシュもいるぞ」
「む、もうそんな時間かね」
「そうだとも。ちゃんと昼飯は食わんと午後も働けんぞ。俺が冥府総督府にいるうちは飯を抜けると思うなよ」
「近い近い近い、ちゃんと食べる訳だが」
今度は胸倉を掴まれ、至近距離で規則正しい食生活について説かれてしまった。情緒が不安定なのだろうか。
とはいえ、呼びに来てくれるのはありがたい。他人の目がないとすぐに食事を抜きがちになってしまうので、オルトレイの存在はキクガの生活の質向上にも繋がる。ズタボロの生活を送っていたら、息子にも何と言われるか。
昼食の誘いに応じようとした瞬間、カタカタという音が響き渡った。
「む」
「通信か?」
キクガの執務机で、通信用の髑髏がカタカタと歯列を鳴らしている。誰かからの通信のようだ。面倒ごとの気配しかしない。
だが、取らない訳にもいかない。用件を聞いて、今すぐの対応が必要ではなければ午後に回してもいいだろう。ここで昼食の誘いを断ると、オルトレイが何と言うか分からない。
髑髏の額を人差し指で突いたキクガは、
「こちら第五補佐官、アズマです」
『キクガか』
「どうされました、冥王様」
通信相手は冥王ザァトだった。
先程の裁判内容で何か不備でもあったか、それとも自分の担当する裁判が早まったのだろうか。応対すべき内容を予想して、回答を何通りか頭の中で用意する。
ところが、頭の中で用意していたはずの質問に対する回答は、どれも簡単に打ち砕かれてしまった。
『キサラギが担当していた死者が逃げ出した。悪いが捕まえてくれ』
「…………」
『頼めるか』
「……承知いたしました」
そこで通信を終える。
どうやらあの無能な冥王第一補佐官がやらかしたらしい。その尻拭いに選ばれたのがキクガだ。責任を取らせるならば、あの無能に最後までやらせればいいものを。
だが、キクガには冥府天縛という心強い味方がいるので、脱走犯の対処には最適である。ここで恩を売っておくのも、後々のことを考えれば得だろう。
キクガはため息を吐くと、
「オルト、すまないが手伝ってくれないかね」
「獄卒の連行を振り切るとはよほどの手練れだな。協力してやろう」
ありがたいことにオルトレイの協力を得られ、キクガは脱走犯の対処に向かうのだった。




