【第5話】
次の日。
「おはようございます、アズマ補佐官。本日はよろしくお願いいたします」
「おはよう、サイラス君。今日は記録係として頼りにしている訳だが」
冥王の法廷前にて、記録課所属の獄卒であるサイラスと出会い、キクガは挨拶を交わす。どうやら社会人らしく裁判が始まる前に待機していた様子だ。
事前に裁判内容は共有しており、冥王ザァトにも報告済みである。裁判の判決予測まで中央魔法裁判所の最高裁判官であるルージュにも確認済みだ。根回しも問題はない。やれることは全てやった。
法廷に繋がる巨大な扉の前で深呼吸をするキクガは、扉の軽くノックする。
「失礼いたします、冥王様。本日はよろしくお願いいたします」
「うむ」
鬼火を取り込んだ無数のランタンがぼんやりと照らす冥王の法廷にて待ち構えていた冥王ザァトが、厳かな声で応じる。
見上げるほど巨大な靄の怪物は、相変わらず色とりどりの眼球の群れを蠢かせてキクガと記録係のサイラスを観察していた。値踏みをしているようで不快になるが、こちらは現在、まともに裁判が出来るかの試験中のようなものである。文句は言えまい。
キクガはサイラスへ振り返ると、
「では記録係の準備を」
「承知いたしました」
サイラスは静かな声音で応じ、キクガのすぐ側に設置された机にて持ち込んだ文房具を広げる。
裁判の最中はオートマチックライターの使用は出来ない。あれは音を立ててしまうので、記録を取る際は必ず筆記となる。罪人の集中力を欠くような真似はなるべく避けた方がいいだろう。
事前に作成した裁判資料を広げながら、キクガは冥王ザァトの巨体を見上げる。
「冥王様。今回のアデル・メイジャーの裁判は中央魔法裁判所に確認したところ、やはり提案通りの判決が妥当だと」
「ふむ」
「根拠としましては睨んだ通りとなります。事前にご説明はしているかと思いますが」
「うむ」
「手筈通りにお願いします」
曖昧な返事のみしかないが、キクガは念押しするように言う。ここで何度も言っておかなければ、絶対にあとで「言った」「言わない」の問題が発生してくる。
キクガは次いで、記録係のサイラスへ視線をやった。すでに文房具を手にして、羊皮紙には記録済みである。裁判記録にも先程の会話の内容を載せることで証拠とするのはサイラスと打ち合わせ済みだ。サイラスも「任せてください」と言わんばかりに親指を立ててきた。
キクガは居住まいを正し、宣言する。
「開廷しなさい。これより裁判を執り行う訳だが」
☆
屈強な獄卒たちに両脇を固められるようにして引き摺られてきた罪人は、落ち窪んだ眼球がギョロギョロと忙しなく蠢く草臥れた中年の男だった。
くすんだ金髪は無造作に伸び放題となり、碌な死装束も用意されなかったのかヨレヨレのシャツとヨレヨレの麻のズボンのみという組み合わせである。細い顎には無精髭が生え揃い、全体的に身なりは汚い。まるで浮浪者のようだ。
冥王ザァトの御前に引き摺り出されたところで、キクガは口を開く。
「これよりアデル・メイジャーの裁判を執り行う。被告人は嘘偽りなく述べよ」
「へいへい、分かりましたよっと」
アデル・メイジャーなる中年の男は、やれやれとばかりに応じる。斜に構えた態度が気に食わないので暴力でも振るってやろうかと考えたが、暴れていないので対処はしない方向に決める。
「君は生前、23人の子供を誘拐して奴隷として販売した罪がある。これは真実か?」
「はッ、冥界ってのは生前の行動が記録されてるってのに知らないのか?」
アデルが馬鹿にしたような発言をしたので、キクガは実力行使に出ることにした。
大股でアデルに歩み寄り、無防備な喉を掴む。5本の指に力を込めてギリギリと締め上げた。
アデルの口から細い悲鳴が漏れた。空気を求めてジタバタと暴れるが、両脇は屈強な獄卒に固められているので逃げ出すことは出来ない。生前の裁判では斜に構えた態度で応じても暴力を振るわれることはなかっただろうが、死後の世界でそんな常識など通用しないのだ。
「答えろ、と最初に言ったのが聞こえなかったのかね。君の脳味噌は随分と風通しがよさそうな訳だが」
「あ、がッ」
「次にそのような態度を取るのであれば、減刑の判断を待たずに判決を下す訳だが」
「ごッ」
「分かったら返事」
「は、はい゛ッ」
かろうじて返事をしたので、キクガはアデルを解放してやる。
減刑の判断を待たずに、とは言ったものの、判断は決まっているようなものである。相手に希望を持たせることで回答をスムーズにさせる為の処置だ。
キクガは「失礼いたしました」と所定の位置まで戻り、
「君は、君が販売した奴隷の使い道について知ってはいるかね?」
「は?」
「知っているのかと聞いている訳だが」
「し、知る訳ねえだろ。売ったら客の自由だ」
怯えたようなアデルの回答に、キクガは答える。
「君が奴隷を販売した客の中で、奴隷を疫病開発に使用した痕跡がある訳だが。その疫病は3つの村を壊滅させ、多数の犠牲者を出した」
「それがどうした」
「君が奴隷を販売しなければ、このような事態にはなり得なかった。生前ではここまで責任を負わせるような真似はしなかったが、ここは死後の世界。君の生前の行動全てに地獄か天国かの裁量が下される訳だが」
アデルの顔が引き攣った。キクガの言わんとすることを理解する脳味噌は持ち合わせているらしい。
彼の行動が、3つの村の破壊に繋がった。生前は奴隷の販売と子供の誘拐程度の罪状に留まっただろうが、死後の世界ではその先の行動まで責任が伴う。奴隷を販売した責任も当然生じる。
キクガは冥王ザァトへ振り返ると、
「冥王様、以上のことから疫病開発幇助の罪により第8刑場行きが妥当だと判断します。ご判決を」
「はあ!? ふざけんな!! そんなのこじつけじゃねえか!!」
アデルが異議を叫ぶ。
こじつけも何も、彼が販売した奴隷が疫病の開発に使用されたのならば幇助に該当する。個人が犯した罪ではないが、奴隷販売などに手を染めなければよかったことだ。恨むなら客を厳選しなかった自分を恨んでほしいところである。
冥王ザァトは「静粛に」と厳かに告げ、
「アデル・メイジャー。其方の生前の行動によって、多くの犠牲者が出たことは許し難い。それは其方自身の罪状ではないが、其方の行動の選択によって作られた事実は変えられない。よって、第8刑場行きは妥当と判断し、其方を魔獣喰いの刑に処す」
キクガの前で冥王ザァトは初めて威厳ある言動を見せ、閉廷を言い渡した。




