【第4話】
裁判予定を確認すると、キクガの担当する裁判は明日以降となるらしい。
「ふむ、なるほど」
自分専用にあてがわれた執務室に戻り、裁判予定を確認するキクガは納得したように頷いた。
裁判の進行は記録係を務めていた際に何度も目の当たりにしているので、頭には叩き込まれている。不慣れだが問題なく進行できるだろうが、あとで確認はしておいた方が賢明だろう。
無様な真似をすれば、あの冥王第一補佐官に笑われてしまうかもしれない。それだけは避けたいところだ。あの腐れ冥王第一補佐官に笑われるなど恥以外のなにものでもない。
積まれていた裁判資料の、1番上の人物の情報がまとめられた書類を手に取ると、キクガは内容を確認する。それから、
「――被告人、前へ。これよりアデル・メイジャーの裁判を執り行う」
人名の読み方も問題なし、噛むような真似もない。
威厳が出るように冷たさを意識してみたが、自分自身ではよく分からない。最初が肝心なのでもう少し声を張り上げるべきだろうか。
キクガは「ふむ」と頷き、
「被告人、前へ!! ――けほッ、けほッ」
急に大きな声を出した影響か、キクガは咳き込んでしまう。
声を張り上げた方が威圧感を与えるかと思ったのだが、どうやらキクガでは逆効果だった様子である。そういえば、前職でもそこまで声を張り上げるような真似をしなかったので、余計なことはしない方がいいかもしれない。
裁判を取り仕切る補佐官も難しいものだと改めて実感していると、
「アズマ補佐官、よろしいでしょうか」
「む」
ノックと共に、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「入りなさい」
「失礼します」
控えめに執務室の扉が開き、眼鏡をかけた若い青年の獄卒が「冥王台帳をお持ちしました」と顔を覗かせる。その手には3冊の冥王台帳が抱えられている。キクガが追加で許可証を提出した枚数とも一致していた。
「第7分室のサイラス君かね」
「知っているんですか?」
「もちろんだとも。冥府書記官の資格を持たずに独力で冥王台帳の作成速度が高いのは、私としても尊敬に値する訳だが」
「いえ、アズマ補佐官に比べればまだまだです」
「謙遜をしない方が……」
そこまで言いかけて、キクガははたと気づく。そういえば、自分の冥王台帳の作成速度は常人と比べると異常そのもので、化け物扱いされていたことを思い出した。
相手が謙遜をしたくなるのも理解できる。化け物と比べれば自分などまだまだ程遠いと感じることだろう。
キクガは軽く咳払いをすると、
「冥王台帳を持ってきてくれてありがたい。助かる訳だが」
「いえ、とんでもない。明日の裁判を確実に遂行するならいくらでもお役に立ててください」
若い青年の獄卒がキクガに冥王台帳を手渡し、
「ところで、アズマ補佐官」
「何かね?」
「声は、あまり張り上げない方がいいですね」
「にゅぐッ」
キクガの口から変な声が出た。
恐る恐る顔を上げると、若い青年の獄卒は申し訳なさそうな表情で「聞こえちゃいました……」と小声で教えてくれた。どうやら先程の、裁判の進行時の練習が部屋の外まで漏れていた様子である。
恥ずかしい、とても恥ずかしい。出来れば穴を掘って埋まりたい気分である。表情変化に乏しいことが自分の唯一の利点かもしれないが、この場にオルトレイがいれば「おお、おお、見えるぞ見えるぞ」と感情感知の魔眼にモノを言わせて揶揄ってくるかもしれない。
「その、忘れてくれると助かる訳だが」
「善処します……」
若い青年の獄卒は小さく笑みを漏らし、
「驚きました。アズマ補佐官も練習とかするんですね」
「一体どんな印象を持っているのかね」
「いつ如何なる時でも完璧で、少しの間違いも許さないような厳しいお人なのかと」
「確かに仕事のミスはしないように心がけている訳だが」
キクガは苦笑を浮かべると、
「私とて、獄卒は現場から始めている訳だが。最初こそ何も分からず間違えて、獄卒課の課長には随分と迷惑をかけた」
「現場の獄卒から冥王裁判課までやってきたんですか?」
「そうだが」
若い青年の獄卒が、小声で「すご……」と呟いた。あえて聞かなかったことにしておいた。自分の能力と相手の能力は差があるので、努力することを強いるのは何か違うだろう。
「あ、でも、さっき聞こえちゃったんですけど」
「ん?」
「アデル・メイジャーって死んだんですね。冥王台帳を作成したのも自分じゃないので知らなかったんですが」
「有名なのかね」
「自分の地元では、と言ったところでしょうか」
「ふむ?」
キクガは裁判資料と、冥王台帳の両方を執務机の上に広げる。
アデル・メイジャーは23人の子供を誘拐し、奴隷として販売した奴隷商人である。近年、奴隷の所持を認めている地域は減少しており、アデルは奴隷販売が禁止されている地域で秘密裏に販売をしていたと記録されている。極刑モノではあるが、各地獄に該当すべき罪状が見当たらない。
現状、冥王台帳と裁判資料を読み込んだ程度で下されるべき判決は『煉獄行き』だろう。誘拐程度だと地獄の刑場に放り込むことが出来ない。悔しい限りではある。
文章を読み込みながら、キクガは納得できない表情で若い青年の獄卒に問いかける。
「現状、アデル・メイジャーの罪状は誘拐に収まってしまっている訳だが。他に何かあれば話してほしい」
「アデルの客って魔法使いや魔女が多いんです」
若い青年の獄卒はちょっと顔を歪めると、
「その魔女や魔法使いが、アデルの販売した子供の奴隷を使用してよからぬ実験をしていると聞いたことがあります」
「ふむ……」
キクガは少し考える。
事実を並べただけで地獄に放り込むことが出来ないのならば、あとは連想ゲームである。アデルの罪状は『誘拐』だが、その罪を犯さなければもっと重大な事件が起こらずに済んだかもしれない。
ここは死後の世界である。更生を促す為ならば事実を並べて公平に判断するのが最適だろうが、地獄でその常識は通用しない。多少厳しくしたところで、果たしてそれを誤審と言えるだろうか。
「サイラス君、貴重な情報をありがとう。私はやることが出来たので、今日は下がりなさい」
「いえ、お手伝いしますよ」
「問題ない。君の気持ちだけ受け取っておく訳だが」
手伝いを申し出てくれた青年を丁重に帰し、キクガは執務机の上にある髑髏を手に取った。
連絡先は呵責開発課の課長。
そしてその内容は、中央魔法裁判所のルージュと最速で連絡を取る場合はどうすればいいかと聞くこと。




