【第3話】
オルトレイに案内されたキクガの執務室とやらは、冥王の法廷に程近い場所にあった。
「おお、冥王第五補佐官執務室とある」
「よかったな」
「私の役職だ、役職が書かれている訳だが。しかも金属プレートが」
「お子様か」
「はすはすはすはす」
「落ち着け」
あまりにもご立派な執務室に、キクガの興奮は冷めやらなかった。
まず扉からして立派である。記録課の仕事部屋は複数人の獄卒と共用で使っていたので課長専用の個室などはなく、少し大きめの執務机がある程度だった。部下の仕事の監督をしやすいのは利点だが、個別の仕事部屋を与えられるのとでは集中力が段違いだ。
嬉しいことに冥王の補佐官になると個別の執務室が与えられる。これで邪魔な冥王第一補佐官が駆け込んでくることもない。奴もきっとキクガの執務室には近づかないだろう。嬉しいことづくめだ。
扉に埋め込まれた金属プレートにキクガの役職名がしっかり刻まれていることを確認し、わくわくとした気持ちで立派な扉を開ける。
「広い」
「ほう、初めて入るが立派なものだな」
キクガの横から、オルトレイが執務室の中を覗き込む。
まず目についたのは、部屋と同じぐらいに立派な執務机である。シックなデザインのそれにはすでに裁判資料なる紙束がドンと置かれており、通信用の髑髏まで完備されている。椅子も座り心地がよさそうだ。
それだけではなく応接セットや専用の本棚、さらには戸棚まで徹底ぶりだ。そのどれもが高級感の漂うデザインで統一されており、冥府総督府の上層部らしい内装と言えよう。「いくら金がかかっているのだろうか」と考えてしまうのは貧乏性ゆえだろうか。
「すまない、オルト。案内を頼んでしまって」
「構わん。俺も補佐官の執務室には興味があった」
オルトレイはキクガの肩を叩くと、
「あまり無理をするなよ。倒れられても困る」
「そんなつもりは毛頭ないが、善処する訳だが」
「どうだかな。お前は何でもかんでも抱え込むから目が離せん。余計な仕事のしすぎで本職の裁判を疎かにするなよ」
「手は抜かない訳だが」
ここまでの案内を買って出てくれたオルトレイを見送り、キクガは自分の執務室をぐるりと見渡した。
現場の獄卒として肉体労働を経験し、成り行きで呵責開発課に在籍することとなり、記録課の課長を経てついにここまで上り詰めた。冥府総督府の上層部に独力で食い込むとは、結構頑張った方ではないだろうか。
かと言って、上層部であることを笠に着て威張り散らすような真似はしない主義だ。むしろ上層部だからこそ色々な問題にも切り込める。
キクガは「よし」と気合を入れ直し、
「まずは許可証の作成をしよう」
その他の事業に手を伸ばすのならば、まずは自分の本業に慣れてからである。裁判の仕事を順調にこなすことが出来ないならばお話にならない。「自分なら誤審を絶対にしない」と自信を持って宣言したことが嘘になってしまう。
気分的に袖捲りなんかもしちゃって、キクガは執務机に積まれた裁判資料に挑むのだった。
☆
裁判資料を読み込み、該当人物の許可証を作成して記録課に持ち込む道すがら、何やら揉め事のようなやり取りを聞き取った。
「何故また貴様がここにいる!! 仕事の邪魔だと言っているだろう!!」
「黙れ、こっちも仕事だわ戯けが!! お前こそぎゃーぎゃー騒ぐな、仕事の邪魔だ!!」
声と話の内容を聞いただけで、現場の様子を容易く想像できてしまうキクガ。遠くを見たいところだが、このまま放置すれば記録課の獄卒たちにも多大な迷惑をかける羽目になることを考えると、やはり首を突っ込むしかなさそうだ。
仕方なしに記録課の仕事部屋方面に足を向けると、案の定、仕事部屋に面した廊下でオルトレイと冥王第一補佐官のキサラギが激しい舌戦を繰り広げていた。記録課の課長であるミハイルは泣きそうな表情で右往左往するばかりである。
キクガはそっとため息を吐き、
「何をしているのかね、騒々しい」
「おお、キクガよ。この阿呆が難癖をつけてきたからな、売られた喧嘩を買っていたところだ」
「買うな、喧嘩を。君は仕事に戻りなさい」
キクガの存在に気づいたオルトレイが殴りかかるような仕草を見せたので、キクガは血の気の多い呵責開発課の課長を仕事に戻らせた。想定通りの喧嘩の内容である。
渋々とオルトレイが記録課の仕事部屋に姿を消すところを最後まで確認してから、キクガはキサラギへと向き直った。
自分は悪くないと言わんばかりの不貞腐れた態度を見せるキサラギに、もはや呆れを通り越して感動を覚える。一体どんな育ち方をしたら反省の色さえ見せることなくいられるのだろうか。キクガもぜひ真似したいところだ。
「キサラギ補佐官。呵責開発課は記録課の仕事道具である受信機と交換機の調整を委任されている訳だが。勝手な判断で難癖をつけるのは辞めていただきたい」
「難癖をつけた訳ではない。また記録課に侵入してよからぬことをやっていないか」
「そんなことをする理由がどこにあるのかね。証拠は?」
「聞いてみればいいだろう」
「それが裁判でも誤審を招く行為だとまだ気づかないのかね」
キクガはキサラギを真っ向から睨みつけると、
「受信機と交換機は呵責開発課の定期的な調整作業が必須な訳だが。他部署の仕事内容をきちんと把握し、適切な管理をするのも上層部たる我々の役目ではないのかね。いずれ部下から信頼を失う羽目になる訳だが」
「黙れ、貴様が何を知っている!!」
「知っているも何も、私は元記録課の課長な訳だが。受信機と交換機の複雑さは嫌でも知っている。私の時も呵責開発課に調整を依頼していた訳だが」
キクガの正論にぐうの音も出なくなってしまったキサラギは、小声で「屁理屈だけは上手だな」と吐き捨てる。いちいち突っかかると面倒なので、キクガは無視してミハイルに用意してきた許可証を渡した。
「ミハイル課長、許可証を作成した訳だが。あと3名ほど足りないので、この場を借りて追加で作成しても?」
「いえいえ、お持ちしますよ?」
「二度手間になる訳だが。書くだけならばどこでやっても同じだ、忙しい君たちをこの広い冥府総督府を駆け回らせる訳にはいかない」
「いやぁ、我々も多少は運動した方がいいかと思いますが」
「確かに座り仕事だと運動不足にもなる訳だが。では許可証はこの場で作成して、冥王台帳を私の執務室まで持ってきてもらえないかね?」
「はい、承知しました。記録係に挨拶がてら持っていかせます」
「もう決まったのかね?」
「5名ほど選ばせていただきましたので遠慮なくコキ使ってやってください」
ミハイルは「ではお待ちを」なんて言って、記録課の仕事部屋に引っ込んでいく。記録係の選出まで終わっているとはさすがである。やはりキクガの目に狂いはなかったか。
「おい、冥王台帳を」
「許可証を提出してください」
「何だそれは」
「冥王台帳は今後、許可証がないと出さなくなりましたので」
キサラギも冥王台帳を求めたところ、課長のミハイルから冷たい声で許可証の提出を要求されていた。キクガと態度が明らかに違っていた。
許可証の作成を要求するようになったのは、キクガが記録課課長を務めていた時からである。その時は記録課に近寄りもしなかったが、課長が変わったから言いくるめられるとでも思ったのだろう。残念ながら規則は規則だ。
固まるキサラギをよそに、空白の許可証の用意を終えたミハイルが笑顔でキクガを案内する。
「アズマ補佐官、こちらにどうぞ。お席もご用意しております」
「助かる訳だが」
「このくらいどうということはありませんとも。裁判でお手伝いできることがあれば遠慮なく申しつけてください」
態度の違いを見せつけられて呆然とするキサラギを横目に、キクガはとりあえず自分の仕事に取り掛かる。
優劣についてとやかく言うことはないが、何だかちょっと申し訳なくも思えてきた。




