【第2話】
まずは生前の行動記録を参照するべく記録課の仕事部屋を訪れたら、珍しい人物が仕事をしていた。
「オルト? 何故、記録課に?」
「おお、キクガではないか。いや何、受信機と交換機の調整を頼まれてな。あとはついでにオートマチックライターの油をさしてやるところだ」
呵責開発課の獄卒たち数名を率いたオルトレイが、工具片手にキクガへ振り返る。彼の表情もイキイキとしていた。
記録課の仕事道具である受信機や交換機は呵責開発課が調整を行うのだが、キクガの前の課長の時代はあまり他人に仕事部屋への立ち入りを良しとしなかった。この度、正式に受信機や交換機の調整に加えてオートマチックライターの調整も依頼されたので、こうしてやってきたらしい。以前、潜入した時よりもかなりの大人数で呵責開発課の獄卒たちは記録課の仕事部屋を訪れていた。
キクガは「なるほど」と頷き、
「仕事熱心で感心する訳だが」
「俺ほど勤労な獄卒はおらんぞ。まあ、以前より受信機と交換機の調子は気にしていたのでな。正式に依頼をしてくれてありがたい」
ガチャガチャと慣れた手つきで交換機の部品を取り替えていくオルトレイ。老眼には認識が辛そうなほど小さな部品を手早く交換していく様は、さすが呵責開発課の課長と言えよう。
「おや、課長――じゃなかった。アズマ補佐官、何かご用事で?」
「ミハイル課長。随分と顔色がよくなった訳だが、体調は?」
「課長の仕事を覚えるのが大変なこと以外は、部下が頑張ってくれているので何とかというところで」
キクガの来訪を対応してくれたのは、後任として課長に選出した第18分室室長のミハイルであった。寝不足が祟って今にもぶっ倒れそうだった彼だが、一緒に働いていた時よりも顔色がよくなったような気がする。
記録課所属の獄卒たちも質が上がってきているし、彼自身の負担もそれほどはないのだろう。苦労をかけるとすればどこかのど腐れ冥王第一補佐官が無茶なことを言ってくるのではと気にかかるが、その時はキクガが拳を振ってでも守ろうと心に誓う。
キクガは「すまないが」と申し訳なさそうに、
「今度の裁判で死者の生前の記録を参照したいのだが、冥王台帳を借りても?」
「ええ、はい。持ち出しの許可証を作成していただければ、すぐにでも出します。どのぐらい出します?」
「どのぐらい……」
至極当然の質問に、キクガは返答を詰まらせた。そういえば、まだ裁判がどのぐらいあるのか確認していなかった。
「すまない、裁判がどのぐらいあるのか確認していなかった訳だが。空白の許可証だけ何枚かもらえないかね、あとで確認して持ってくる」
「承知いたしました。では空白の許可証を10枚ほどご用意しますねぇ」
「それと、裁判に誰か記録係として同席を。1人に負担を強いるのも申し訳ないので、3人から5人ほど立候補者がいれば」
「アズマ補佐官が申し出れば、うちの獄卒はこぞって立候補しますよ。冥府書記官の資格の有無は?」
「資格の有無は関係ない。出来れば資格試験の取得を目指している獄卒がいい訳だが」
「ほう?」
ミハイルは首を傾げ、
「正確な記録を取る必要があるのでは?」
「私の方でも作成するので、冥府書記官の資格勉強と思ってくれればいい訳だが。若手の育成も必要だろう」
「では資格取得を目指してる若手を中心に選ばせてもらいますねぇ」
あれこれと注文をつけてしまったが、ミハイルは嫌な顔をせずにキクガの要求へ耳を傾けた。適宜メモを取りつつ、「ではご用意しますね」なんて言ってから足早に立ち去る。
部下の獄卒にあれこれと指示を飛ばすミハイルの姿を眺めつつ、キクガは自分の選択は間違いではなかったと改めて実感した。無理をさせてやいないかと心配になっていたものである。
すると、ちょうど交換機の部品交換が終わったらしいオルトレイが口を挟んできた。
「冥府書記官の資格試験ということは、現世行きを認めるのか?」
「いや、冥界専用の試験会場を用意する予定な訳だが。その委託も中央魔法裁判所とやり取りをしている」
「それは誰が?」
「私だが」
「お前どこまで働けば気が済むんだ」
オルトレイが呆れたように言う。
そうは言っても、冥府総督府に於ける冥府書記官の資格取得率は限りなく低いのだ。獄卒の積極的な採用によって資格取得済みの獄卒は増加傾向にあるが、在籍している獄卒たちにも資格の取得を促さなければ話にならない。
その為、獄卒たちにも資格を取得できるように中央魔法裁判所と掛け合って、冥界専用の試験会場を用意する話で決着した。「満点合格したキクガさんなら試験監督も問題ありませんの」などとルージュからの太鼓判も押され、キクガが試験監督を担うことになっている。これで普及に繋がればいいのだが。
「補佐官、空白の許可証の用意が出来ました。あと明日の記録係はのちほど報告に上がります」
「助かる訳だが」
ミハイルから空白の許可証を数枚ほど受け取り、キクガは記録課の仕事部屋を辞去しようとする。
だが、そこでピタリと足を止めた。
石像のように動きを止めたキクガに、オルトレイが「どうした」と声をかける。ミハイルも心配そうな視線を寄越してきた。
キクガは申し訳なさ全開で振り返ると、
「すまない、私の執務室ってどこかね……?」
「聞いとらんのか」
「第五補佐官とやらに命じられたのは覚えているのだが、朝からあのキサラギとやり取りをしていてすっかり忘れていた」
というより、冥王ザァトとの会話で冥王裁判課の補佐官には個別の執務室が与えられることを知ったのだ。あのキサラギは何かとキクガを嫌っているので碌に情報共有をしてくれない。執務室の件も同様だ。
当然ながら、存在を初めて知ったので居場所も不明である。この広大な冥府総督府内を彷徨うのは効率的によろしくない。
オルトレイがやれやれと肩を竦め、
「仕方があるまい、補佐官殿がまともに仕事が出来んとなったら冥府総督府の損失だ。どれ、この世界で2番目に優しい魔法使い様が案内してやるから感謝せいよ」
「君を讃える讃美歌を作ろう」
「そこまで讃えろとは言ってない」
颯爽と歩き出したオルトレイの背中を追いかけ、キクガは今度こそ記録課の仕事部屋をあとにするのだった。




