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13 取調室~調合師の名前~

 ツヴェタエフ王国軍の東方師団に所属する辺境守備隊は、国境監視の他に周辺地域の治安維持も担っている。隣国の間諜が忍び込んだり、戦場で横流しされた武器が犯罪に使われたりする可能性に備えてのことだ。

 俺達の担当区域にはバロータという町があり、しばしば住民から通報や相談を受けていた。


「それでグリゴーリ中隊長、この訴えなんですがね」


 執務室で書類をさばきながら、部下の報告に耳を傾ける。

 『資格があるか分からない者が薬を作っている』という、特段珍しくもない通報だ。薬に限らず、終戦直後は苦しむ人々に付け込んで紛い物を売りつける輩がよく現れた。

 だが背後に隣国の関与が疑われる時もあるので、中隊長の自分まで話を回すようにしていた。


 訴えを持ち込んできたのは、バロータで薬を扱う数少ない店だ。

 ある女性が自作した薬を町民数名が使っていたので「素人が作ったものなど危険だ」と本人を一喝したらしい。すると調合師の資格を示すバッジを見せられたのだが。


「どうにも怪しく思えるって話で」

「というと?」

「その女性、本人は平民と言ってんですが、読み書きが随分達者だそうで」


 大概の平民は自分の名前を書くことも出来ない。更に女性の所作にはどことなく気品が感じられるらしく、貴族じゃないかと噂されているそうだ。


「半年前から孤児院に住み込みで働いてんですが、それ以前の経歴は不明。ま、あそこの婆さんはいつもワケアリの女達を匿ってっから、その類かもしれねぇです」


 ふと、前に孤児院の子ども達が言っていたことを思い出す。

 『あのお姉ちゃんはお花の名前を全部知っているんだよ』

 建付けの悪い戸を直していた時、通りかかった子が自慢げに教えてくれたのだ。指差した先には、子ども達と遊ぶ見知らぬ女性がいた。


「その女性、赤みのある茶髪か?」

「へっ、何で知って……あ、もしかして中隊長、孤児院で話したことが?」

「無いが、少し気にかかる。これは俺が調べよう」


 数日後、調合師を名乗る女性――エヴァンジェリーナを守備隊本部へ呼び出した。

 短い髪は孤児院で見たのと同じ赤銅色で、不安げに揺れる瞳は若草色だ。肌が白いのは、取調室で強面の男と二人きりにされているせいだろう。もしかすると俺の渾名も知っているかもしれない。


 まず薬を作った経緯を尋ねると、元々は孤児院の中でだけ使っていたらしい。

 孤児院は大勢の子どもを養うために薬を買う金も切り詰めていた。それで簡単な風邪薬や傷薬を作り始めたら、よく効く薬があると子ども達が町で話したり薬を分けたりして広まってしまったそうだ。


 次に調合師のバッジを確認したが、悪質な商人が使う偽物ではなかった。

 高度で専門的な職業ほどバッジに希少な金属を使うのだ。紛い物は触れば一発で分かる。


「ありがとう、お返しします。ところで貴女は平民だそうですが、医術協会の調合師名簿には同じ名の平民はいません」


 彼女は当惑した様子で眉間に皺を寄せた。俺は取り寄せた名簿の写しをめくり、ある一点を指す。


「だが貴族になら、同じ名前で同じ年頃の女性が一人いる。貴女はエヴァンジェリーナ=ヴァーロフ侯爵夫人ですか?」


 狭い部屋に沈黙が落ちる。

 彼女は身動ぎもせず、更に白くなった顔で名簿を凝視していた。

 俺は黙って返事を待ったが、貴族であることは確信していた。廊下を歩く姿勢も椅子に座る仕草も平民というにはあまりに洗練されている。青ざめた今でさえ背筋が伸びていた。


「……この名簿は新しいものですか?」


 突然投げられた問いを怪訝に思いながらも、三ヶ月に発行されたものだと教える。

 彼女は深く息を吸うと、俺と目を合わせてはっきりと答えた。


「はい、私はエヴァンジェリーナ=ヴァーロフ侯爵夫人です」


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