12 信じなかった男
私は父母と同じように政略結婚した。
相手は伯爵家だが歴史ある家柄で財産もあり、侯爵家とも充分釣り合いが取れる。私を望んだという令嬢は見目も教養も申し分ない淑女だった。
唯一問題があるとすれば「侯爵家の跡継ぎを産んだら相思相愛の仲である従者を屋敷に迎えたい」と頼んできたことか。
本来なら礼儀知らずも甚だしいと退けるところだが、私は受け入れた。これ以上良い縁談は来ないと確信していたからだ。
今やエヴァンジェリーナの薬は王都の店でも扱われるようになり、大勢の人を癒している。彼女は薬を通じて有力貴族や商会と繋がりを作り、バロータの復興に協力して貰っているそうだ。
社交界で彼女の名声が高まるほど、私に向けられる嘲りと蔑みの目は静かに増えていった。以前すり寄って来た令嬢達は独身になった私に見向きもしない。
もっとも、リーナを貶めてきた彼女達も社交界で徐々に孤立しているようだが。
そんな中で迎えた新しい妻は女主人として家政を取り仕切り、社交の場では私を立てて妻としての務めを全うしてくれた。いずれ愛する従者と暮らす為に。
私が屋敷中の使用人へ「前妻にしたのをと同じ真似をしたら即刻放り出す」と厳しく言い聞かせておいたのもあるだろう。
だが肝心の跡継ぎに関しては上手くいかなかった。
初夜は婚礼の酒の勢いで誤魔化せたが、女性の柔肌に触れるとリーナを思い出すのだ。孤児院の応接室で別れた時、腕の中で体を石のように固くしていた彼女を。するとそれ以上、行為に及ぶことが出来なかった。
新妻は何とかしようと必死だった。跡継ぎを産まなくては恋人の従者と暮らすことが出来ないのだから。生まれたのが従者の子ではないかと疑われないよう、彼を実家に留め置いて清い関係を続けていた。
私も己の義務は理解している。だが出来ないと言っているのに何度も迫られるのは苦痛で、気持ち悪かった。
そんな私の態度に妻は溜息を吐く。
「いっそ私達の性別が逆であれば、あなたは横たわって苦痛に耐えるだけで済みましたのに。私は暴漢まがいの真似をするなど嫌ですが」
苦痛。暴漢。
そう聞いて漸く思い至る。エヴァンジェリーナは私以上に辛かったのだ。何か言っていても最後は受け入れてくれると思っていたのは私だけで、彼女は力で勝る男性に抵抗できなかっただけだ。
思えば体調を崩してからの営みで、彼女はよく涙を流していた。あれは悦びではなく苦痛に耐える涙だったのか? それではリーナにとって私は夫ではなく、ただの暴漢と変わらな――
寝台に吐瀉物をぶちまけた私へ、妻はそっとハンカチを渡して部屋を出た。
その内、社交界の人々は私を種無しだと噂するだろう。
離縁から三回目の建国記念日に、リーナは身重であることを理由に夜会を欠席した。私との間に子がいなかったのは夫に問題があったからだと陰で囁かれるに違いない。
それでも私はヴァーロフ侯爵家の当主として生きていかなければならない。下手に父の縁者へ譲ろうとすれば豊かな侯爵領を奪い合う骨肉の争いが起き、領民を犠牲にしてしまう。
貴族として最後の矜持から、当主の座を投げ出すことは出来なかった。跡継ぎについては薬でも何でも使って、どうにかする他ない。
私は今年の建国記念日も王城へ向かい、リーナを遠くから眺める。
王女殿下からお褒めの言葉をかけられる彼女を。学者や議員と活発に議論する彼女を。親しい婦人達と和やかに談笑する彼女を。
あの男の隣に立つ彼女を。あの男に抱き寄せられ、あの男に微笑みかけ、あの男を蕩けそうな目で見つめる彼女を。
「愛してる」と言葉にしなくとも、リーナが夫を愛しているのは誰の目にも明らかだ。
私だってそうだったのに。
疑いようのない愛を向けられていたのに。
たった一度でも自分よりリーナの気持ちを大事にしていれば、今も彼女の隣にいた筈なのに。
尽きることない後悔に胸の内で絶叫しながら、私は毎年見つめ続ける。
ただ信じさえすれば失わずに済んだ、最愛を。




