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「Satyri」というジャズクラブが、男の指定した場所だった。

電話で話した嶌谷誠一郎という男はこの店のマスターであり、凛一はこの店の常連らしい。

このジャズクラブの建物自体が非常に洗練されており、かつ音響に関して言えば、ニューヨークなどの本場のホールに引けを取らない作りをしていた。

これだけのものをこしらえるには相当の資金が必要なはずだ。

それもこんな袋小路に作るなんて、損得抜きの商売としか思えない。

バックには相当なパトロンか実業家が付いているわけか。


それにこの嶌谷って男も気にかかる。

オールバックにした長い髪をひとつに纏め、歳相当の経験を感じる整った顔なのに瞳だけは無邪気に輝いている。顎には無精ヒゲ、それもこの人の品性を少しも貶めていない。

相当な貫禄としたたかさが伺えるし、さりとて、なぜか相手を安心させるオーラを持っている。

凛一がこの男に懐いたとしてもおかしくないだろう。


俺は複雑な気持ちになった。

「ここまで出向かせてしまってすまなかったね、慧一君」

「いえ…こちらこそ。お仕事中に勝手を言ってすみませんでした」

「いや、ホントのことを言えば、タイミングが良かったんだよ。普段はここに寝泊りはしないし、店は夜からだろ?昼間に店にいることは少ないんだが、今日はちょっと私用があってね、

慧一君の電話に気づいて良かった」

「本当にすみません。弟がお世話になっておきながら、今まで伺わず仕舞いで」

「いいんだよ、そんなことは。早速だが、気になる男って言ったよね。そいつのアパートに向かおう。たぶん居ないと思うが、何かしら手がかりがあるかもしれない」

俺は嶌谷さんと一緒に道で拾ったタクシーに乗り込んだ。


初めて会った男なのに、距離を感じさせない嶌谷さんに、俺は少し気を許し始めていたが、それ以上に別な意味で緊張していた。

正直なところ、凛一とどういう関係なのか、聞かずにはいられなくなっていた。

「凛…弟は、いつもあなたの店にお世話になっているんですよね」

「うん、そうだよ。遅くなるとうちに泊まらせたり…」

「うち?」

「いや、俺のマンション。自宅に帰ってもひとりでつまらんと言ってなかなか帰ろうとしないからね、凛は」

「…すいません」

「…嫌味っぽくなったかな。彼はまだ中学生。そしてもう中学3年だから、お兄さんが目を光らせておく必要はないと思うんだが、たまに、寂しくなるんだよ。俺達大人だってそうだろ?だからそういう時は俺の家へ泊まらせる。変な虫に引っかからなくてもいいしな」

「…そう…ですね」

益々様々な感情がごった返しになる。

どう返していいのかわからなくて、つい口ごもってしまった。

「ああ、変なことは一切していないから心配しないでくれ」

嶌谷さんは僅かに笑って答えた。それは真実だろうと思った。

この人は凛一が信じるに値する大人なのだろう。

「…していませんよ」

俺は静かに答えた。

「そうかな?慧一君は相当に弟さん贔屓だと感じているから、凛一の素行には厳しいんじゃないのかい?」

「…弟は自由なんですよ。俺が何か言った所で、素直に聞きやしない」

「反抗期なんだよ」

「凛一は…あいつは変な遊びなんかはやってませんでしたか?」

「変なって?」

「…女や…男と…」

酷く下世話なことだと思ったが、確かめたかった。

「ああ、そういう遊びね…やってたよ、寂しがりやさんだからなあ〜凛は。だが、あれは本当に遊びだったからね。一夜で終わる相手が多かったよ。そういうところは熱くならないんだよ」

「…」

判ってはいても、凛一が遊びで誰とも構わずセックスをしていると聞かされるのは辛い現実だった。

今更あいつが天使とは思わないが、それでも俺にとっては凛一は汚れ無き天使であって欲しいというバカみたいな望みがまだどこかにあった。


「まあ、あいつを相手にする奴は相当に自分に自信のある奴だよ。あいつは専制君主だから、変な奴には付いていかなかった。いくら好かれても自分が気に入らなきゃ乗らないからね。変な意味じゃなく。俺にも最初はやたら寝ようって迫ってくるんだが、その割りに心は許しちゃいない風でね。俺にその気が無いとわかると、すっかり甘えて懐いてしまう。凛一が俺に求めているのはそういう…親に甘えたい感情なのだろうって思えてきてね。ああ、悪い。親父さんはいらっしゃったのに、親代わりなんて勝手な言い草だった」

「いえ、親父はいるには違いないけれど、あまり実感がないんですよ。一緒に居る時間が少ないから…」

「でも君はずっと親代わりとして凛一の世話に明け暮れていたんだろう?」

「…中途半端なんですよ。本当は…俺は凛一に何もしてあげられてはいないのかもしれない」

「…凛一が心の底から求めているのはあんただと思うけどね」

「…」

嶌谷さんの言葉の真の意味を図りかねた。この人は俺の凛一への思いを探りながら話しているように思えて仕方なかった。




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