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おぼつかなくやり取りは始まった。

俺と凛一は、積み上げられた泥を少しずつ取り除くことにした。

しかしたまに帰っても、凛一は昔のようには俺に気軽に近寄っては来ない。

警戒したかのように、遠目で俺を見て一言二言話すと、逃げるように俺の前から姿を消す。

その繰り返しで俺も息が詰まる。

なんとか修正しようと試みても、彼が逃げてしまうのでは、仕方がないと諦める他はない。


毎回帰国するたびの凛一との繋がりはこのやり取りだけと言っても大げさでもなく、一向に進歩しない。

俺は「愛している」と言い、凛一は「その資格は無い」と言う。

資格ってなんだ?おまえが弟であることこそ、愛される資格だろう?

それともおまえは…俺がおまえを愛することすらも許してはくれないのか?凛一…

結局、俺は意気消沈してアメリカに戻ることを繰り返す。


院を修了するまで、俺の研修もあと二年を残すのみとなった。

出来ることなら院を卒業したらこちらで就職し、アメリカの建築設計の資格であるAIAを取る為の実践的な仕事をやりたかった。

だが、本当にそれでいいのだろうか。

このまま凛一をひとりにさせてしまっていいのだろうか…せめて凛一が大人になるまでは傍についてやって、家族として見守るべきじゃないのだろうか。

だけど、俺が自分のやりたいことを諦めたとして、俺自身がいつか凛一に対して僅かでも恨みを感じたりしないだろうか。

何よりそういう思いを凛一に覚られた時が怖い。

凛一はそういう気の使い方を嫌う奴だ。

俺は悩んだ。ひとりで決めるのに躊躇した。

父親はともかくとして、凛一だけには話しておいた方がいい。


俺は凛一と今度こそ話し合う機会を得ようと、夏季休暇が始まるとすぐさま帰りの飛行機に飛び乗った。


自宅に帰り、俺は凛一を久しぶりに見る。

毎回帰る度に変わっていく凛一に驚かされるが、今回は凛一は赤く染めていた髪を昔通りの艶やかな黒髪に戻し、表情も穏やかになっている。

何かが彼の中で変わってきている…そう感じた。


凛一は中三になっていた。受験の大事な時期だ。

俺は凛一の中学校に行き、三者面談を受けた。

凛一の素行に幾らかの問題があるとしても、成績は悪くなく、このままなら順調にこの学校の高等部に行けると先生からも太鼓判を押された。

高等部は俺の母校でもある。

出来るなら、このまま行って欲しい。


帰り際、一緒に帰るかと誘うと、凛一は首を振った。

「俺、用事があるから兄貴は先に帰っててよ」

「…わかった」

凛一の態度は取りつく島がない。


心からの許しはまだ当分貰えそうも無かった。


夏休みの前の晩、凛一は一週間ほど友人と旅行に行くからと言う。

止める理由は無かった。

本当は俺の卒業後の身の振り方を相談したかったんだが、凛一の様子はなにか別の方に意識が向いていて、俺の事など眼中にない。

連絡先を聞いて解放した。

凛一は俺といることを居心地悪いと感じているのだろう。

いつもどこかよそよそしい。一度入った亀裂はなかなか元には戻らない。

気長に待つしかない。


留守の間、掃除がてらに凛一の部屋を覗いてみる。

割とマメな凛一の部屋はきちんと整理整頓されていて、どこも荒んだ感じは受けない。

本棚に飾られている懐かしい思い出の写真を見た。

母親と最後に行った花見の時の家族写真、梓と三人でのクリスマス劇の衣装での写真。そしてコラージュのように貼られた俺たち三人だけの写真には、どれを見ても凛一の笑う姿で埋め尽くされ、切なくなる。

俺がこの笑顔を奪ったのだろうか。

凛一の心から笑う顔が見たい。

その為に俺が耐えられることは、耐えてみせよう。



約束の一週間を過ぎても凛一は帰らなかった。

もう一日、二日…待っても帰ってこない。携帯に掛けても応答は無い。

俺は凛一が残した連絡先の番号を見つめた。

凛一の行く予定の長野とはまるで違う、都内の番号だ。

それでもここしか凛一の居所を突き止める手段はない。

俺は受話器を取った。


「もしもし」

「…はい」

大人の、それも相当落ち着いた男の声だった。

「すみません。そちらに宿禰凛一はお邪魔していないでしょうか?」

俺の突然の問いに、相手は暫く沈黙し、そして思い出したようにゆっくりと話した。

「宿禰?…ああ、もしかしたら…凛一のお兄さんの慧一さん?」

俺は驚いた。まさか俺の名前まで知っているとは思わなかったのだ。

それに凛一の事を呼び捨てにするほど親しいのか、この男は…

「そうです、慧一ですが、弟は…」

「凛一はここには来ていないけど…と、言うか、ここんところ来てはいないけど…何かあったんですか?」

「十日前から友人と長野へ旅行へ行くと言って…予定ではもうとっくに帰ってもいいはずなんですが、音沙汰がないものだから、心配になりまして…この番号の連絡先を凛一が残しておいたものだから、伺ったのですが…そちらもご存じない様でしたら、仕方ないです。他を当たります」

落胆して受話器を置こうとすると、向こうから呼び止める声が聞こえた。

「ちょっと、待ってくれ!凛一がどこに行ったが知らないけど、あいつが関わりそうな奴のことは知っているよ。良かったらこちらまで来てくれないか。俺も心配なんだ。凛一は…大事な友人だから」

声音で凛一の事を真剣に心配している様子が伺い取れる。


どんな男が凛一と関わっているのか、俺も確かめたくなって、電話の向こうの男の言う場所へ向かった。





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