11.報道番組
見直しが足りないので、誤字誤表示があると思います。
持つべきものは緊急事態に慣れた優秀なスタッフだ。
あっという間に日本行きのチケットを手配して、仕事のスケジュール調整もしてくれた。
その一報を聞いたのは、本拠地で次の派遣先への準備を進めていた時だった。
東京都都内の地下鉄で事件が起きて、その速報がフランスに流れるまでに一時間もかかっていなかった。
彼が被害者の救助にあたっていた、と聞いた時は、
『治安の良いはずの母国に帰ってまで、そんな事に出くわすとは、相変わらず引きの良い奴だな』と、皆で笑っただけだった。
続報が次々入ってきて、彼が重症の被害者だと聞いて耳を疑った。
地雷原を突っ切ろうが、砂嵐の近づく砂漠で避難誘導していようが、彼はどんな危険もすり抜けて常に助ける側だったからだ。
「弟はこのまま寝たきり状態になる、と言う事ですか?」
怒りをはらんだ男性の声が、たった今告げられた事実を再度確認する。
その声に押される様に、医師は心持ち身を引いた。
「普通はこの様な感電事故の場合は、時計や携帯電話等を身につけているお陰で、体表面を電流が流れるケースの方が多いのです。
しかし彼の場合は体内にも被害が及んでいます、これは時間が経過してから症状が現れる事が予想されます。
電撃傷という火傷になったり、ジュール熱という体内を電気が通る際に抵抗で熱を発して皮下組織深くの筋肉や神経を焼いている場合もあります。
高村さんは感電事故当時に心室細動も起して、心肺停止になり短時間でも、脳への血液が滞っていた事も確認されています。」
電紋と呼ばれる火傷の写真、様々な検査結果やMRI画像を提示しながら、家族に説明を行う担当医は眉間にしわを寄せている。
「私が一ノ瀬医師に、この様な事を言うのは釈迦に説法だと思いますが、素人目に見てもここ数日の弟の状態はただの感電では説明出来ない」
同席している浩輔の兄、長男の高村賢亮が医師の説明に、言葉を言い添える
「いえ、私も感電事故の治療は、自然現象の落雷被害のケースだけですので余り詳しくはありません。」
(形だけの)婚約を解消した薫子は浩輔の家族ではなく、医師の資格を持っていてもかかりつけの主治医ではない。
そんな彼女が病院に駆け付けて来た時、いまだに面会謝絶の病室やこの場に立ち会わせてくれたのが、賢亮だった。
「こちらで確認できた身体の損傷と、高村さんの症例が・・・なんと表現して良いのか、そぐわないのです。温度や痛覚はハッキリ知覚出来る、なのに全身不随で声も出せない、視線や瞼の動きで意思表示する事も出来ないなんて、あり得ない事です。」
外部からの刺激に対して、脊髄反射による反応は有るようだ。
「まるで誰かが念入りに、弟の身体の自由を奪ったかの様ですね。」
冷静を通り越して冷淡に聞こえる賢亮の声に、担当医が慄く様に身を震わせた。
★★
体が動かない。
瞼も動かせないから目が乾く、時々看護婦が目薬を差してくれたり、目を閉じてくれるが見えなくなるのは怖い。
どうなっているんだ、一体。
医者がうるさい!こっちが声も出せないのはもう分かっているだろうが!
何とかしろよ能無し!
★★
連日、事件の報道が続いた。
「僕は単なる居合わせただけの偶然です、突然の事で、落とさずに受け止められて幸いでした。」
若干の照れや興奮の隠せないM大学ラグビー部のキャプテンへのインタビューや、彼に感謝している子供とその母親の様子に被せて、駅構内の防犯カメラ映像が画面半分に並べられる。
ついでにその日の午後、彼らが大学ラグビー大会の準々決勝に勝利して、ベストフォー入り出来た様子も心温まるエピソードとして挿入されている。
まだ何事も始まっていないホーム上で、母親の周囲をはしゃいで飛び跳ねる、三才程の男の子の様子が、分かり易く白い丸枠に囲まれている。
次の場面ではホーム下を、最初の被害者(と迫りくる車体)に向かって走り抜けようとするスーツ姿の男性のその前に、犯人に蹴り落とされた子供の映像がスローモーションで何度も繰り返される。
落ちて来た子供を、走るスピードを緩めずに、両手ごと振り上げる様に投げ上げる男性と、深く腰を落としてがっしりと受け止めるキャプテンの前方からの映像と。
彼と同じ様に手を伸ばす、揃いの大学名の入ったユフォームを着た集団の、別方向からの後ろ姿。
病院の会計前の待合室、横長の大きな画面にはこの病院の建物自体も時折映される。
「最初の被害者となった成田公三(72)さんは、全身打撲、頭蓋骨骨折と脳挫傷、肋骨や左大腿部など複数箇所の骨折の為、未だに意識不明の重体です。」
救急搬送外来と書かれた、病院の建物の前で女性リポーターが中継をしている。
「僕は落とされずに済んだけどさ、これ見てよこのアザ、押されたって言うより叩かれたって感じだよ、学校指定のコートと制服を含めて4枚重ね着してたのに。」
犯人に突き落とされそうになった高校生らしい少年が、治療中にインタビューを受けて、背中の"拳の跡”を見せている。
「ああ、痛そうですねぇ、どれだけの力が加わればこんな跡になるのでしょうか?」
レポーターの若い女性が、痛まし気にコメントして、犯人の異常性を訴える。
他にも硬いホームの床で転倒させられた複数の女性が、骨折した腕を三角巾で吊るしていたり、捻挫した足首に包帯を巻いている様子が映される。
事件当日、地下鉄駅から一番近いこの総合病院に被害者達が運び込まれた。
突き落とされた三人目のサラリーマン男性は、ほぼ無傷だった為に翌日には仕事に復帰しており、自身の会社内で、押し寄せて来たマスコミを全部まとめて対応している。
「はい、そうです、上司と仕事の報告をメールでやり取りしている時に、右側から騒ぎが起こって、犯人の男がこう、がしっと・・・」
犯人の周囲に人々が殺到した為に、防犯カメラ映像では彼らの姿は人垣の向こう側だ。
取材陣の一人に協力させて、当時の位置関係や動きを説明をしている。
☆ ☆ ☆
「そろそろ三年になりますから、縒りを戻しませんか?」
フランスの団体本拠地で、そんな能天気な提案を聞かされた時は、この場に居ない相手の代わりに、自分のスマホをつくづくと眺めてしまった。
画像は送られて来ていないが、きっと声と同じぐらい能天気な顔をしているだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マスコミの前では口に出せないが、こう言ってはなんだが、避難スペースと電源ケーブルの隙間を間違えるなんて、あいつは馬鹿なんじゃないか?」
数日経って落ち着いて来たのか、兄弟ゆえの気楽さで賢亮が呆れた様な嘆きをこぼす。
薫子も内心では全く同感だったが、あの男は本当に鉄道・地下鉄と相性が悪かった。
基本の構造そのものは、図面が資料なしで描ける程に記憶しているのに、大規模な送電網が必要な電車の類は、覚えることに重きを置いていなかった。
向こうで再現することが出来ないからだ。
仕事柄、地下鉄が有るような国に滞在すること事態が滅多にない、だから絶対的な記憶能力があるのに、年々増えていく都心の路線図は覚えようとしない、結果として迷子になる。
本人は全く悪気無く、突き落とし犯を感電させかけたが、ワザとではないのは薫子には分かる。
『夢』で連絡して来た『本人』もそう言っていた。突然帰ることになったが自殺を狙った訳では無いと。
以前から準備はしていたので、本人に心残りは無いようだった。
貯金も無いが、借金も無いので『帰って来る』浩輔本人に迷惑をかけることも無いだろうと。
運営していた団体は、ずいぶん前から後継者がしっかりと育って、浩輔は現場と日本を往復し、寄付金集めの講演会で『看板』として説明をする日々だった。
『せっかく仕立てに付き合ってもらったスーツを、ダメにしちゃってすみません。』
肉体労働者に近い彼の身体は筋肉量が多くて、既製のスーツもコートも入らない。
講演会用に生地や形、襟の幅まで細かく薫子のコーディネートで仕立てた冬用のウールのスーツは感電事故で燃えて、処置の為に切り裂かれた。
別れの挨拶と一緒にそんな事を謝るなんて、相変わらず一拍ずれた男だ。
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母親と、兄貴と弟が来た。
母親が俺を見て、怯えた風なのは別にどっちでもいい。
兄貴も弟もオッサンになって家族を連れて来た、嫁さんらしい女達がワザとらしく気の毒がる、ガキ共は俺から目を逸らす。
ムカつく!
★ ★ ★ ★ ★
「問い合わせが殺到しまして、私の秘書達が大変ですよ、大翼の所もね、あくまでも兄としてマスコミの取材を受けたんですが、最近はネットで大概の事は調べられるから、私の職場の事まで分かったらしい。」
不況で日本でも歴史もある事で有名な大企業が、倒産による社会的影響を防ぐために合併を繰り返し、超巨大企業を運営する立場になった賢亮は、世界的に顔が知られている。
「当初はこれ程重篤な状態だとは知られていなかったので、浩輔本人のメールアドレスに安否確認が集中して、開く人間が居ないのでパンクしているらしいし。」
事件の詳細が発信されるにつれて、浩輔が事件に自ら関わりに行った事と怪我をした事も伝わって、知り合い達が彼の事を案じて、運営している民間団体や兄弟である賢亮達へ、より詳しく情報を求めて来たのだ。
「私の方にも、共通の知り合いの人々から問い合わせが来ていたのですが、今日まで情報量では一般の人と変わりが無くて。」
浩輔と公私ともに親しいと、薫子は周囲に認知されている。
「ああ、それで気の早い事に、カーレッド君とかツィタ君とか医療資格を身につけた子達が、せっかく祖国に帰ったのに『弟の介護をさせてくれ』と連絡して来たよ。
もちろんダメだと断りました、彼らは祖国の為に頑張ってもらう方が、本人も喜ぶからとね。」
日本語・英語以外の問い合わせが圧倒的に多いので、秘書たちには通訳の実力を試される良い機会ですよ、と賢亮は苦笑する。
中には取引先の"国”の人間が、妻子の居ない浩輔を心配して、老後(?)の世話を申し出て来たが、断ったそうだ。
「どこの何様だと思ったら、何と!本当に王様でしたよ。
もちろん丁重に、私達兄弟がおりますから大丈夫ですと説明しましたよ、オーナー会長程ではないがこれでも裕福な自負はありますのでね。」
国盟(※)時代はともかく、フリー(?)のボランティアになり、NGO団体を立ち上げてからも厚生年金などといった保証に縁のない生活を送っていて、突然寝たきりの身体障害者になってしまったので、あちらこちらの知り合いに心配されたらしい。
「貴女もですよ、薫子さん。
念の為に言っておきますが、こいつの世話をする為に、今の仕事を放り出すなどとんでもない。
今身体にいるのは、ジント君では無いんですから、貴女は浩輔とは縁もゆかりも無い。
彼が『帰って』、それ以前からジント君と婚約も解消していた以上、貴女がこいつの今後に責任を持つ必要は無いんですよ。」
「え?」
一瞬聞き流しそうになったが、『ジント』と言う名前が出て来て、驚いて思わず顔を上げた。
それは兄弟達には、話せない筈ではなかったのだろうか?
「四十を過ぎた大の男に君付けもおかしいかな、父が先に亡くなって今後を心配した祖父に打ち明けられましてね、去年彼とも話をしました。
もっとも私は、弟の事は解離性同一性障害、祖父は認知症だと思って、
打ち明け話を全く本気にしていませんでしたよ。
事件当日の夜、私自身が祖父の話に出て来た、神様の『お告げ』を受けるという栄誉に与るまでは。」
★ ★ ★
兄貴が来た。
真正面しか見れない俺の顔の上に身を屈めて、わざわざ視線を合わせて覗き込んで来る。
昔と同じ俺の事を見下している目だ。
(※)誤表示ではありません。
性同一性障害という薫子のプライバシー情報を勝手に話せないので、ジントは婚約が偽装である事までは薫子不在では、まだ説明していませんでした。
世界には保守的な考え方をする人達が多いので、再婚約を持ち掛けてはいました。
次回は再び、ざまぁ回ですが、賢亮さんしか話していません、そして暗いです




