0✖2.地下鉄 再び
引き続き[ざまぁ]回です、残酷な表現があります。
【あなたも私達の世界が気に入らないようだし、そろそろ全ての運命を戻しましょう。】
眼下に地下鉄の風景。
自分が事を起こそうとしたアノ地下鉄のホーム。
終わってない?
オレは死んで、逮捕も裁判も無い筈なんだ、それなのに逃れた筈の己の犯罪が戻ってくる?
コイツ、今、死者は何人だったと言った?
異世界に行ったんだよ、新しい人生が待ってるはずだったんだよ。
警察とかマスコミとかに追っかけられる?
噓だろ?
広場で自分を取り囲み、自分の罪を非難する群衆の罵声、
処刑台に手荒に引きずり上げる、衛士の振り上げる拳、身体に打ち下ろされる槍。
身体と首に巻きつく鎖の重さと冷たさ。
『人を殺める罪人は、相応しい報いを受けるのだ!』
つい先程まで繰り返した映像が蘇る。
戻す、と言われて再び叫びを上げる
(ふざけんなよ!戻すってなんだよっ!!勝手なことを言うな!!
散々あんなハードモードの生活ばっかりさせた挙句に、何のチートもフォローも無しに、今度は戻す?
普通異世界行ったら『約束された成功』が用意されているモンだろうが)
【何が『普通』なのか知らないけれど、私はそんな約束はしていないわね。】
実際には約束ではなく、"お"約束だが、彼女にそんな狭いジャンルの創作小説の決まり事など分からない。
(何もしなくてもいいって言っただろうが!何も働かなくても良いって!)
【言ったわよ、『魔王を倒せ』とか、『元の世界の知識を活かして向こうの世界を豊かにして』とか、そんな英雄のような特別な『働き』をあなたにしろとは言わなかったでしょう?】
犯罪に手を染めなければ、何の強制力も働かず普通に暮らすことも出来た。
かつての『祝福の花』のような、華々しい活躍も成功も無いが、様々な苦難も味わうことも無い。
成人したばかりとはいえ、ジントは同年代の少年達のリーダー的存在で人望も有り、補佐をしてくれる友人にも恵まれ、集落の長老達にも次世代として期待されていた。
狩人(対魔物)としても傭兵(対盗賊)でも評価は高い。
幼い兄弟達と、昔の怪我のせいで体の不自由な父親がいなければ、大きな街道商人の商隊に入っても出世していた事だろう。
発覚を恐れて、強盗に仲間を募るのが無理としても、
せめて魔獣狩りにシフトした時に、一人でなく周囲に協力を求めていれば、そこに人生の分岐点(彼がよく言う旗とやら)があったが、助け合って暮らしている周囲の住民全てを、付き合う価値の無い貧乏人だと侮って話もしなかった。
記憶が無い状態でも、ジントの肉体の身体能力と、『前世がえりの奇行』も理解して助けてくれる環境が整っている、真面目に働けばあちら側の世界で問題なく『人並み以上に裕福な暮らし』が出来たことだろう。
(俺は、王族とか金持ちとか、寝てても暮らしに困らない生活がしたいんだっ、
こんな結末が認められるかっ! 酷い目にばっかり合わせた詫びに、やり直しを要求する!)
必死に食い下がった。
身分最下層の貧民街暮らしも最低だが、こちらの世界で刑務所暮らしも冗談じゃない。
自分はメンタルが弱いんだ、自身がネットを閲覧する機会が無くても、世間の連中にアレコレ悪口を言われるなんて耐えられない。
確かに『自殺するなら残りの人生をくれ、その替わりに異世界に行ってくれ』と言う話を持ち掛けられて、犯罪者になる余生に未練は無かったので了承したのは自分だが、あんなのは詐欺だ。
そうだ! ここで相手を反省させて、出来るだけ今より良い条件をもぎ取るのだ。
裕福なより良い生まれとか、チートスキルとか超レアなアイテムとか、今度こそ向こうから女が押し掛けて来るようなチーレム生活をするのだ。
今現在の浩輔は魂だけが剥き出しの状態なので、賠償責任だ慰謝料だと、彼の考えが手に取るように聞こえてくる。
会話が成立しない程に恐慌状態になられても困るが、つい直前まであれだけの目に連続で遭遇ったのに、めげずに立ち直った挙句にコチラを『反省させる』と来たか、
何故あれだけの犯罪を、更にこの場所で、無かったかのように忘れられるのだろう? こうして見ていても頭の中に、もう一欠けらも浮かんでいない。
【神の使徒に向かって、どうしてそんなに気強く主張できるのか理解からないけれど、何かをお願いしますという態度ですらないわね。
やり直しなら散々乱用したでしょう、お生憎様、時間切れよ。】
(ちょっ、ちょっと待てよ!)
【安心しなさい、『寝てても暮らせる生活』ね?これまでの報酬として、それは叶えてあげましょう。
さあ、あなたが来たわよ。】
抗議しようとしたがもう声が出せない、視線が勝手に下へ戻される。
あの時の自分を探す。
地下鉄の建物に火災の痕跡や補修工事をしている様子はまだ無い?
まだ火事は起きていない、眼下の群衆は静かなものだ。
大荷物を抱えて、これから火事を起こす自分。
ガソリンを被って、自分の身体にまで火が燃え移った、あの時の火傷の痛みを思い出す。
魂が戻された直後に、その痛みに負けずに自分はここから逃亡出来るだろうか。
死んでないなら、警察に捕まるなんてまっぴらだ。
違和感を感じた。
あの時は梅雨が明けて夏が来る直前だった、汗だくの自分を周囲の女子学生達が気持ち悪いモノでも見るような目で笑った。
だから缶の中身をぶっ掛けてやろうと思ったんだ。
だが、眼下にひしめく群衆は防寒着で厚着している。
【彼よ】
自分を掴んでいる女が指し示す先に、四~五十代の『自分』が居た。
どう見ても浮浪者や日雇い労働者などではない。
『自分』だと判らない程痩せていて、仕立ての良いスーツとコートを着ている。
普通よりも成功している、立派な風采の男だ。
さっきこの女が言ったセリフを思い出す。
『寝てても暮らせる生活』を叶えてやると言わなかったか?
ひょっとして、向こうでの死に戻りのように、こちらでもあの火事は無かった事になっているのか?
俺と入れ替わってこっちで暮らしていた奴が、兄貴や弟に負けないくらい出世したとかか?
☆ ☆ ☆
ブツブツと独り言を呟きながら、不審な動きをする男の存在に気が付いている者もいたが、皆視線を合わせず、刺激しないよう、見て見ぬふりをしていた。
ドンッ
「アッ、ソーレッ♪」
周囲に居た全員が何が起こったのか判らなかった。
線路に強かに身体を打ち付けた被害者本人もだ。
「ギャハハハハッ」
実行した男は耳障りなけたたましい笑い声を上げながら、電車の進行方向へ向かって走り。
被害者を後方から来る車体の前へとぶつけるように、次々にホームに整列していた利用客達の体を押していく。
最初の被害者は、杖をついた老人。
「人が落ちたぞ! 誰かっ、非常ボタンを押して!駅員さんにも知らせて!」
周囲が呆然として悲鳴すら上がらない中、少し離れた場所で歳をとった『自分』が周囲に指示を飛ばしながら、線路上に飛び降りた。
いくら人命が掛かっていても、飛び降りて助けに行こうなどというのが、短慮で最悪な最後の手段なのは浩輔も理解している。
本人に意識があるなら、ホーム上から呼びかけてホーム側に来てもらうのが正しいのだ、しかしどう見ても被害者の老人が、落下と打撲の衝撃に耐えて、自力で避難するのは無理そうだ。
だが、浩輔が老人に近づこうとしてラッシュの人混みを突っ切ると、別の転落事故を引き起こしてしまう。
その間も、少し身を躱したのでホーム下まで落ちなかったが、二人程女性が転倒させられた。
浩輔が最初の老人に駆け寄る前に、母親から離れてウロチョロしていた二~三歳の男の子が、男に蹴り飛ばされて落ちて来た。
「頼む!」
目の前に落ちて来た小さな体を、すかさず両手で受け止め、揃いのジャージを着た体格の良い学生の集団に向かって、子供を投げ上げる。
「応!」
頼もしい声と共に子供は無事に抱き留められた。
その頃には正気にかえった周囲の利用客や駅員が、突き落とし犯を取り押さえようと殺到している。
「大丈夫ですか?申し訳ありません。」
金属のレールに叩き付けられ痛みに呻いている老人を、返事も待たずに手荒く引きずり起してホーム下の避難退避スペースに押し込む。
三人目のサラリーマン男性はむざむざと突き落とされたりせず、逆に犯人と組み合ったが、そこに捕縛を手伝おうとする駅員や先程の学生等が手を伸ばす、が、何しろ混雑している、男性は押されて犯人諸共に落ちて来てしまった。
浩輔が地下鉄が入ってくる反対側へと、身を翻して引き返し、ホーム上へよじ登れる場所を探そうとした直前だった。
(次から次へと!ふざけんじゃねえぞ!"俺の体”になんかあったらどうしてくれる。)
「上がって!」
犯人を下敷きにする形で落ちて来たサラリーマン男性は、浩輔が引き起して身体をホーム側に向けてやると、自分でよじ登っていく、周囲もわらわらと手を貸して引っ張り上げる。
下敷きにされた突き落とし犯は、完全に気絶している、二人分の体重をかけて後頭部から鉄の棒に落下していた。
自業自得だが、あいにく意識を無くした身体は重い。
おかしな方向に手足が曲がっているし、後頭部から相当量の血が流れている、動かしたら更に痛い思いをするだけで済まないかも知れないが、残念ながら'揺らさない'訳にはいくまい、助ける為だ。
内心で少しだけ黒い事を考えながら、浩輔は顔だけは真面目に、犯人に向き直った。
駅構内にはカメラも目撃者も山程いて、水魔法の身体強化を使うにはいささか不都合だが、農業研修生に付き添って米俵二俵を両肩に担いで見せた事もある、突き落とし犯を適当な隙間に詰め込んでから逃げても、火事場の馬鹿力で押し通せる、薫子とか知ってる人からは正座で説教されそうだが。
駅構内に進入して来る車両は警笛とブレーキ音を響かせて迫ってくるが、止まりきれそうにない。
犯人の背中と首の後ろを浩輔が掴んで持ち上げる、重量的にもホームに戻すのは(普通なら)もう無理だ、出来たら不自然過ぎて。
さっきの老人とは別のホーム下の空間を目指して引きずる。
「そんなの離して、早く逃げてっっ」
誰かの声が叫んだ。
【戻すわよ】
唐突に景色が変わった。
身体を取り戻した途端に、眩暈がする程色んな感覚が押し寄せて来た。
レールと車輪が軋む音、様々な匂い、両手に握りしめた布の感触、限界以上に力を振り絞ろうとして悲鳴を上げている筋肉の痛み、目前の隙間に向かっている自分の身体の傾き・・・!!
目前の隙間は一人分にも足りない!
何かのチューブが何本も横たわっていて、二人なんてとても入れない!!
自分は馬鹿か?こんな奴助けている場合じゃないだろうが!
斜め前に、轟音を上げながら車体が迫ってくる!
エイ、ヤッと声を上げて、押し込もうと両手で掴んでいた身体を後方に投げ飛ばして、その反動を利用して『自分が』隙間に飛び込んだ。
目前の何かのチューブに掴まって、それを乗り越えて更に中へ入りこもうと手を伸ばす、同時に止まりきれない車体と背中がとうとう接触して、衝撃で弾き飛ばされる。
「ギャアァァァァ」
身体の中を熱とも痛みとも表現出来ないモノが駆け巡った。
身体中のあちこちから文字通り火花が飛ぶ、ブスブスと焦げる音と匂いがする。
ギギーー
突き落とし犯の目前で、地下鉄の車体が停止した。
異世界暮らし25年目、肉体年齢46才(精神年齢40才)




