0✖1.使徒の嘆き
短編として予定していた、ざまぁ回ですが、そのため残酷な表現があります。
使徒の嘆き
「カルドアの民よ、咎人の末路を見よ!人を殺める罪人は相応しい報いを受けるのだ!」
代官の宣言に応えて、広場を埋め尽くした見物人が唱和する。
「「「「「人を殺める罪人に、報いを!報いを!報いを!」」」」」
⇒ ⇒ ⇒
「もうイヤだぁぁぁっ」
『朝が来る』のと同時に、手枷足枷が嵌まったまま、がむしゃらに独房の扉に突進して体当たりを繰り返した。
『朝』が来てすぐ明けの鐘(午前6時)が鳴る。
開門の鐘(午前9時)が鳴って、広場一杯に見物人が集まると、ジントは処刑場へと引き出される。
体感で4時間程の間隔で処刑台に上らされて、人々の罵声を浴びせられながら殺されるのを、延々と繰り返すのだ。
(一度や二度失敗しても構わねえから、何が何でも逃げ道を探さねえと。)
『昨日』捕まって牢に入れられ一夜を過ごした、当然のこと翌日からは取り調べや裁判などの、『途中経過』が数日から数か月はあるものだと思っていた。
刑を執り行う代官だって、いつでも予定が開いている程暇ではない筈なのだ。
ところがジントは碌な尋問もされぬまま、『翌日の』開門の鐘と同時に連れ出され、役所が建ち並ぶ広場の脇、衛士詰所の一角に移動させられた。
その時になって初めて嘲笑う衛士達に、そこが処刑待ちの控え牢だと教えられたのだ。
(木っ端役人が雑な仕事しやがって!手近な奴を犯人にでっち上げて終わりにしてんじゃねえ!冤罪だったらどうする気だ?)
【冤罪?まあ、フフフ】
「暴れるな!」
「静かにしろ!」
たちまち牢番が駆けつけて来て、扉の小窓に取り付けられた鉄格子越しに棍棒を突き込んでくるが、構わず手枷を扉に叩き付け続ける。
「いい加減にしろ!」
「グガッ、ギャッ」
小窓から短弓が差し込まれ、立て続けに射られた。
子供でも扱える弱い短弓でも、さして広くもない独房の中なら充分な威力があった。
だが、即死には至らない。
(次は刑場に引き出されるタイミングを狙うぞ、処刑を何百回繰り返したか・・・・・・)
痛みに耐え、床に流れ出る自分の血を眺めながら思案を巡らせる。
【何を言っているのよ、まだたったの29回じゃないの】
(ちくしょう俺がいったい何をしたって言うんだよっ!)
【人を殺した!でしょう?まさかそんな当たり前の事も分かっていないの?あんなに耳元で宣言していた代官の言葉が耳に入って無かったのかしら?】
「悪あがきしやがって」
「どうするコイツ?」
牢番たちは中には入ってこない、矢傷の様子を見に来たら、隙を突いてやろうと思ったのに、囚人が死んでも構わないらしい。
刺さったままの矢は手枷があるので、自分で抜く事も出来ない。
「裁きの刻限になっても、まだ息が有るなら引き出そう、18人もやった奴に手当てなんかいらん、今でも後でも死ぬのは一緒だ。」
「違いない。領主様の隠し子を手に掛けたって?何が何でも門外に晒さないとな」
「正確には先代様の妾の孫な、隠し子は娘」
情報を拾って『次』に活かせるように、呼吸を抑えて死んだ振りをしているのに、牢番たちは下らないおしゃべりしかしない。
「詳しい~な、お前」
「公然の秘密ってやつだぜ、怖い怖~い大奥様が亡くなって、入り婿の先代様もその孫も、孫の父親の御用商人も、さあこれからやっと対面が叶うぞって時に、この浮民のガキが、」
失血で声が遠くなって行く。
「そりゃあ、お怒りだな、特に御用商人!」
ギャハハと下品な笑い声がした。
揺れている、むしろ振り回されている。
途轍もない巨大で長い指を、軽く曲げるように空間を作り、誰かが『浩輔』をゆるく掴んでいる。
腕を勢いよく振り回し、しっかり掴んでいる訳ではないので、指の中でコロコロと転がされる。
(やめろ揺らすな!酔うだろうが!)
【酔う訳無いでしょ、今のあなたに三半規管なんて無いんだから】
(誰だっ?)
【あなたは身体から離れた、只のむき出しの魂】
(誰だって?聞いてるんだろうがっ!答えろよ!)
女の声であることは分かる。涼やかな少女のようにも、蜜の滴る妖艶な大人の女の声のようにも聞こえる。
【会うのは二回目だけれど、相変らず礼儀がなって無いのね、このまま握り潰して欲しい?】
手が『ジント』を眼前に持ち上げる、手のひらは下を向き、捧げ持つような丁寧さは無く、嫌な物か虫をつまむ手つきだ。
(会うのが2回目? お前が諸悪の根源かよっ?)
【あなた馬鹿だから分かってないでしょうけど、私と~っても怒っているのよ。】
はぁ、と、吐いたため息が強風となって彼を襲う。
(お前が勝手に俺を異世界に連れて来たんだろうが、文句を言うんじゃねえ!)
身体の大きさだけでも人間じゃないのは分かるが、怒らせたらとか全く考えなしにとにかく叫ぶ。
【勝手にじゃないわよ、ちゃんと説明したら大喜びで同意したじゃない。】
(嘘つくな!説明なんか聞いた事ねえぞ)
自分を捕らえる巨大な指に手を掛けて、こじ開けようとしたが、見れば腕も指も無い。
【有るわけ無いわよ、記憶消しちゃったモノ】
(なっ!?)
絶句して罵声すら出なくなった浩輔に、悪びれ無く声が続ける
【あなたみたいに喜んで同意する人達って、大概勘違いの挙句に舞い上がって大きな被害を出すのよ】
【大喜びで同意したくせに、与えた加護を悪用するなんて、記憶を消しておいて良かったわ。
最初から加護の事を覚えていたなら調子に乗って、どれだけ乱用した事か!
襲ったけれど、あなたの方が無様に返り討ちにあったのが57人、これもそちらの世界の法律で言えばれっきとした殺人未遂。】
巨大な指に遮られて姿は見えないが、声に感じる嘲りに(無いはずの)頭にカッと血が上る気がする。
(あんなの加護じゃねぇ!寄こしたチートが『死に戻り』だけなんて、クソの役にも立たねえじゃねぇか!)
【軽くひねられて、笑っちゃうくらいにボコボコにされているし、一度は20人目辺りで流石に懲りて、諦めて魔獣狩りに路線変更していたから、同僚に任せて目を離してたら、結局また挫折して強盗に逆戻りしてくれて!】
掏摸やひったくり程度ならいざ知らず、襲ってくる強盗や野盗に反撃して、結果殺したところで罪には問われない、何の迷いも容赦も見せない傭兵達にとどめを刺されまくり、
魔獣なら殺しても構わないと、ゲーム感覚で反撃される事を考えずろくな準備もせずに、生きながら食い殺される体験を繰り返し。
それでも地道に働くというのが、選択肢に無い。
(あんなド貧乏なスラムに転生させるからだろうがっ!金が無いんだから殺して奪って何が悪い!)
【殺すのには成功したけれど、モタモタ荷物を漁っている内に衛士や目撃者に発覚して、《巻き戻して》殺された事実を無かった事にされてしまった人が、13人。】
更に言えばこの13人の半数は、実は『本来のジント』が、街の外で商隊の護衛として働かせてもらっていた時の、顔見知りだった相手だ。
(うるせえ、うるせえ!うるせえ!!)
相手よりも更に大声を張り上げて、相手の声をかき消し、恫喝する。
『前世』で母親に、『この世界』でも、暴力と一緒に家族を黙らせる為に、使っていた手だ。
この相手には全く効果は無いが。
【仕留める事すら出来ずに、追い回されたあなたが逃げ場が無くて、自殺しただけなのが8回。】
こちらはこちらで、勝手に話し続けている。
【合計した回数だけ処刑を体験してもらおうと思ってたけど、そのたびに私の神力が自動的に消費されてしまうしねぇ】
(お前か?お前が俺をあんな糞みたいなところに、転生させたのか?!ショボイチートしか寄こさねーし、責任とって次は王族とか、もっとマシなところにしろ!)
巨大な女は浩輔の言葉など聞こえてないように振る舞う。
【私達はね、例えて言えば果樹園の管理人なのよ。】
【私達の果樹園は、オーナー夫妻が夫婦喧嘩で新しい苗木を植えて下さらないし、肥料も入れて下さらない。】
(何の話だよ!?)
【あなた達がいる果樹園は逆に果樹が育ち過ぎて、木の中に日の光が届かない程枝葉がみっしりワサワサ、実はつき過ぎて、重さで枝が折れそうな程。】
(オイ!聞けって!)
【私達は他所の果樹園にお手伝いにお邪魔して、枝を払って実を摘果して、不要になった葉と未熟果は肥料に、枝は接ぎ木に頂いてきたのよ。】
【風通しと、残した全部の枝に均等に日光が当たる方が優先だから、私達が欲しい枝だけ頂ける訳じゃ無いの、病気の枝もあるし、傷んだ実もあるし。それでも最近持ち出し過ぎだって叱られてしまうし。】
(知らねえよ!)
【だから、私は工夫をしたのよ、宿木として少しの間だけこちらの種を預かって貰おうって】
『浩輔』を全く無視して、滔滔と話は続く。
【でも、さっきも言ったけど最近は相手側の果樹園の管理人に厳しい事を言われる様になってね、器として提供しても良いと提示して貰えたのは、あなたのような罪人ばかり、つまりあなたは壊れても無くなっても困らない植木鉢】
女は好き勝手に話し続け、ジントもその声かき消すように叫び続ける。
(頼まれて転生してやったんだから、もっと好条件で便宜を図れよ!普通は無双とか、ハーレムとか、用意されているモンだろうが!)
【譲って頂いた身体に種を植えて、余ってしまったのがそこから抜き出した元の種】
【ジントも本来の身体を留守にして置くと悪霊や幽鬼が入り込むから、無駄にするのが勿体ないって、代わりにアナタの魂を入れたのが間違いだったわ、悪霊なら浄化で払えたのに、あなたは一応まだ生きているんですもの。
あんまり色んなモノを出し入れするとジントの身体に抜け癖が付いてしまうしねぇ。】
【ジントはジントで、『納得するまで学びなさい』と命じたら20年以上も戻ってこないし、私は死にゆく魂しか扱えないのに、紛争地帯を渡り歩いても、とうとう一度も加護を使わなかったし。】
(シカトすんじゃねえっっっ!俺をバカにするなぁっっ!)
【うるさいわね】
初めて視線がこちらを向いた。
30回も同じ苛酷な『体験』を立て続けに繰り返したのだ、しかもその都度の記憶は極めて明確、浩輔の精神が狂乱状態なのは当然のこと。
本来なら彼女達が、身体を離れた魂を誘う時は、恐怖や怨み辛みの感情の波は打ち消して置くものだが、わざとそのままにしているのだ。
【あなたが地下鉄で起こした火事のせいで亡くなった人達が12人、こちらであなたが『巻き戻さずに』そのまま死を迎えてしまった人達が18人、30回分の処刑を体験してもらったわけだけれど、本来死すべきではない者たちが命を落したのだもの、あなたのお陰で同僚達の仕事は大混乱だったのよ、分かってる?】
(死に戻りだって簡単じゃねえんだ!死ぬ程痛ぇんだぞ、見ず知らずの奴の為にホイホイ使えるか!)
被害者に死を齎したのがそもそも誰か?という自覚が抜けている。
【地下鉄の12人の中にあなたのお祖父さまがいたのに気が付いていたかしら?
ああ、記憶を戻してあげるわ、アナタの身体も燃えた記憶も一緒にね。】
(ギィヤアァァッ)
過去のものであるはずなのに、生きながら焼かれる《苦痛》と《臭い》が蘇ってくる。
痛みに悶絶している浩輔に全く頓着すること無く、《声》は続ける。
【それで、話を戻すけど12人で済んだのは地下鉄職員の避難誘導とテロ対策の対応が優れていたからでもあるけれど、あなたのお祖父さまが、駆け寄ってあなたを止めようとしたからよ。】
それは杉本老人に問われて《彼女》が答えなかった、その回答。
【あなたは意気地なしだったからガソリンを自分で被れずに、ほんの少し撒いただけだった。
臭いと、逃げろと警告するお祖父さまの声で、周囲の人々が身を引いたのと。
お祖父さまが取り上げたガソリンの缶を、別の人が受け取って外に運び出してくれて、被害の拡大を防いでくれたのも良かったけれど、それが無かったら被害者は三桁になっていたわ。
でも、気化したガソリンに引火するのって、ガス爆発と同じなのよね、炎と爆風で直接被害を受けた人だけではなくて、パニックが起こって階段から落とされた人、将棋倒しで押しつぶされた人、ホームから転落した人、煙を吸い込んで窒息した人。】
(そんなの、もう終わった事だろうが! 前世の事をなんで今更とやかく言われなきゃならないんだよ!)
自分だって、ソレで死んだのだ。
【終わって無いし、前世の事でも無いわよ、周囲に転生者が多かったから、自分もそうだと思ったのね。
お生憎さまでした、アナタは自分が起こした地下鉄火災で死んではいないの、一時的に魂だけを抜き出して、ジントの身体の中に入ってもらっていただけよ。
さっき言ったでしょ、空の身体をそのままにしておくと、死霊が入り込むのよ。
アナタ説明を全く聞いてないんだから。】
説明などしていない。双方自分の言いたいことだけを、好き勝手に話しているだけだ。
【ケガだけで助かった人達も、火傷や後遺症に悩まされる事になるの、お祖父さまがいなかったら被害者の数はもっと増えたわ。
さあ、あなたをこれからどうしようかしらね?】
吊り上がる口角に、さすがに『これからどうする?』が、『どう罰して思い知らせるか?』の意味なのは分かった。
【さあ、着いたわ、見て御覧なさい。】
静かな声だったのに、逆らう事が出来なかった。
それ以上叫ぶことも出来ず見下ろすと、現代日本の服装をした人混みで溢れた、『地下鉄』のホームが眼下に広がっていた。
【あなたも私達の世界が気に入らないようだし、そろそろ全ての運命を戻しましょう。】
まだまだ続きます。




