10.走る少年
後半部分に繋げる為のエピソードなんですが、ジントが暗い上にほぼ説明回になっています。
表現もおかしい所があると思いますが、後からこっそりと直します。
ジント、異世界暮らし20年目、肉体年齢41才(精神年齢35才)
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「難民申請を法廷で闘うのは弁護士としてはやりがいのある仕事だけど、政府の手のひら返しが納得いかないよね!」
コタツの寄せ鍋をつつきながら三男の大翼がボヤく。
「ただの難民の少年と、金メダルに手が届く陸上選手では扱いが違っても仕方がないだろう、それだって本人の努力があっての結果だ。
ついつい欲が出て難民申請どころか、日本に帰化するなら認めてやるとは行き過ぎで、呆れたもんだが・・・そろそろ熱燗にするか?」
熨斗紙が付いたままの一升瓶を並べて、長男の賢亮が悩まし気に選んでいる。
「まだビールで良いよ、義姉さん居ないんだし、賢兄さんが燗をつけるんじゃせっかくの良い酒がもったいないよ、て言うか、どんだけ届いたのお歳暮。」
長男を貶しながら、大翼は空にしたグラスに、自分だとて泡の事など関係無しに、無造作に缶ビールの中身をひっくり返す。
一流企業だが実情は経営不振の、賢亮の勤める会社は赤字の責任を追及されて、三月期決算後に上層部が更迭される事が確定している。
実質的に後始末を押し付けられた貧乏くじでも、賢亮は副社長への就任が決まっている。
株価に影響するので外部には秘密なのだが、社内では人の口には戸が立てられないようだ。
「彼の為になる事だけを考えれば、無理して日本に留まる必要はないんだよなぁ、アメリカに行って国籍を取得して、スポーツ用品の会社とスポンサー契約を結べば、CM撮影だけこなして残った時間はトレーニングだけに集中出来るようになる。
爺ちゃんの介護をしたいって言ってくれるのはありがたいけど、もったいないよね。」
選手達の努力は大事だが、やはり持って生まれた才能は大きい。
世界に比べれば少ないが、日本人選手に強化費用を組んでいても、既に成果をあげた選手が目の前にいれば、そしてその祖国が世界地図から消えてしまったら、迎え入れても良いのではないかと思う事もあるだろう。
そうでなければ、陸上競技の表彰台を【元】アフリカ勢が独占しないのだ。
「介護の仕事は本人の希望だろう?介護士資格を取っだけではなく、今は理学療法士の勉強もしてるんだったか?
スポーツ選手が現役でいられる期間は短い、引退後に必ずしも指導者として生計を立てられるとは限らないから、悪くはない選択肢だな。」
「うん、それも無駄に凄い話だけど浩輔兄さんの支援グループが学費は工面してくれるらしいよ。
て、静かだと思ったら、蟹ばっかり一人でどんだけ食べてるの!浩兄さん!ツィタ君を日本に連れて来たのは浩兄さんだろう!」
蟹も好きだが、出来るだけ会話に参加せずに済むように、浩輔は時間をかけて、金網で焙った蟹をほじくっている。
特に大翼が、浩輔(本人)より年が二つ下だが、中身のジントから見ると四つ上でついつい敬語が出そうになる。
例えテロリストの集団でも、『初対面』であるならそのほうが対処に困らない、誰とでも上手くやっていける。
「大翼、食い物の事で喧嘩するな、まだまだあるからドンドン食え、蟹は傷むと臭いんだ。素人が凍らせると味が落ちるし、なによりもう入れる所が無い。」
「どんだけ被ったのさ、ウチにも親父のとこにもお裾分けして、まだノルマが消費仕切れないって、爺ちゃんは当分の間流動食だろうしね。
でも最近じゃ他人様に配って、食中毒の発生原因って訴えられる事案も担当したな、牡蠣だったけど。」
世知辛い話だ。日本でも今日食べる物に困っている人が確かにいるが、最近では魚介類に繁殖するウイルスが強力に変質して、勿体ない精神で気軽に振る舞うと、命にかかわる事態を引き起こす。
庶民の高村家では飽食は悪だが、時代が変わって日本では外国人も多く、食中毒が起きないまでも、宗教的に特定の食材を忌避する人々に、親切のつもりで贈って激怒されてしまう事もある。
兄と弟が話題にしている青年も、海産物が禁忌食材なのでこの場に呼べないのだが、話題を迂闊に提供出来ない。
加護の力を借りて、その場だけは切り抜けられるが、後日冷静になられてしまうと、色々と違和感に気が付く事になってしまう。
特に今回は何故か兄弟三人だけの食事で、会話のクッションになってくれる、兄弟の妻子達や薫子がいない。
「ツィタ君だけなら良いよ、でもさ、セト君もいるんだよ、二人共紛争で難民になって、対人地雷で大ケガをして浩兄さんに祖国から担ぎ出されて、二人で日本に来て、世界地図から祖国が無くなっったのも二人一緒なのにこの差はどうよ?」
ツィタは介護ヘルパー、セトは祖父の知り合いの農家で働いているが、ツィタが高校・専門学校時代に陸上部で出した、短距離走の記録がなかなか無視できないモノらしい。
「地雷で被害にあったのが腕か足かの違いだな、ツィタ君は健常者枠、セト君が競技に出場するなら障害者枠だ。」
セトは右膝から下を失ったが、ツィタは左手首から先だけだったので走るのには問題無い。
「陸上競技じゃなくて!難民認定申請の話だよ!」
「どちらも同じだ、実績がものを言う」
怒りでテンションの高い三男に、長男が淡々と返答した。
◇ ◇ ◇ ◇
肺気腫で入院していた杉本老人が、通院治療に切り替わった時。
父親に連れられて一人暮らしの自宅へ見舞いに訪れた、賢亮と大翼の子供達を出迎えたのは、マレー人の女性看護師とアフリカの小国から来た青年だった。
二人共笑顔で名字の無い長い長い名前を挨拶したが、女性のサヴィナはともかく、ツィタは怯えられた。
黒に近い茶色の肌と日本人とはまるで違う顔立ち、子供達にとっては父や叔父達よりも見上げるように大きい男性。
何よりも特徴的なのは明らかに作り物の左手だった。
「せっかくですから、胸の音を少し聞かせて下さいね。」
そのツィタの方の様子を見に来ていた薫子が、杉本の看護記録に目を通して聴診器を取り出す。
「まぁ、薫子さんがお医者様だから、頼りになりますねぇ」
杉本は眉間に微妙なしわが寄るが、賢亮の妻の美咲が薫子を褒め称えた。
ツィタ達が15才の時、地雷で左手首を失った彼の治療を行ったのは医師の薫子で、
危険な祖国から連れ出し、留学生の身分で日本に滞在出来るように、手配りしたのが浩輔だった。
左手首は失ったが、両脚は無事だった、けれどツィタにとって陸上競技はあくまでも学校の部活動。
生活の基盤として最たるものである国を無くして、不安定な彼は手に職をつける為にもしっかりした資格を身に付けたいのだ、好不調の波があるそんなあやふやなモノに人生は賭けられない。
何より杉本老人は恩人の浩輔の祖父だ、担当している相手は他にも沢山いるが、介護ヘルパーの仕事は自分の天職だと思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「八年前ぐらいに、内戦が再燃して急に国内事情が悪化したんだよな、その前に20年位は表向き平和だったから、ウチの系列会社が発電所や鉄道を売りに行ったら、商談そっちのけでまず口から出てくるのが『お前はドヌ族(大統領派)か?ケト族(副大統領派)か?』だったらしいぞ。」
率先して現地に交渉に行く出張大好き商社マンの兄は、独自の情報により寸での機転で『国ごと消滅して、残りの支払いを回収しはぐれる』という危機を回避した。
「国内が比較的安定していた時だって色々とメチャクチャだったらしいよ。爺ちゃんの友達の竹村さんの体験談では、畑よりも貯水池の方が地面が低いわ、雨期しか水が流れない首都近くだけ無駄な橋がかかっているわ、とにかく自分らの住んでいる所にばっかり公共事業を誘致していたらしいね。」
「・・・・・・」
数年前に彼らの父親が、途上国の建築現場にいて事件に巻き込まれた。
解決に奔走したのは、その人脈で地元の有力者や宗教的指導者に助力を求められる浩輔で、(父親を海外に追い出す原因も『浩輔』だが)、はからずも家族の関係はそこから一気に修復されてしまった。
父親の事件をきっかけにして、大翼にとっては地球の裏側の紛争も、難民問題にもニュースやネットの向こう側の話では無くなったようだ。
いずれ戻って来る『浩輔』がどのような経験を積んで戻ってくるのかは分からない、あまり人間関係を修復し過ぎて、突如元の人柄になると裏切られたように感じるだろうと、杉本老人は言う。
嘘をつくのは良くないし心苦しいのだが、困ったことに真実の方が、ほぼ、噓を通り越してフィクションだ。
「・・・・・・」
薫子から着信があった、無言の。
「あー?薫子さん?お疲れ様です。」
二人揃って黙りこくっていても埒が明かないので、恐る恐るこちらから呼びかけてみる。
「ブライダルエステの予約を薦められたぞ。」
底も底、どん底から出てきたような低い声が返ってきた。
「すみません、ホント申し訳ありません。」
双方事情があって結婚など出来ない、もしくは、したくない二人はお互いを『虫除け』に使っている。
長期にわたって婚約状態のままだと、事情を知らない周囲に『さっさと結婚しろ』とせっつかれるので、大体二~三年を目安に婚約したりフリーになったりを繰り返しているのだが、薫子と知り合って既に11年、足かけなら12年か。
三回目の婚約期間に入った途端、兄弟達に呼び出され、浩輔は男三人で生もの食材の強制消費会。
薫子は賢亮と大翼の妻達に連れられて、『エステ付き女子会宿泊プラン』なるモノに出かけて行った。
旅行会社の格安ツアーの類でも贈答品でもなく、兄嫁達がわざわざ用意したものらしい。
「こら待て!帰ろうとするな弁護士!大人しく客間で寝ろ!」
日本の自動運転車は優秀だが、酔っ払いが思わぬ操作をして自動運転を解除する可能性はゼロでは無いので、酔っ払いや幼児が一人で乗っても違反では無いが、代わりに車はエンジンもかからない。
酔っ払いを布団に転がして、賢亮が戻って来た。
「お前、ほとんど飲んでないだろ?家飲みなんだから気を遣わなくて良いんだぞ。昔と違って飲んでも暴れないようだし。」
以前の『浩輔』は酒癖も悪かったらしい。
「お前もな、そろそろ結婚したらどうだ?相手はいるんだし。」
このモンダイがこっちにも降りかかって来たか、さすが夫婦、美咲さんと連携の取れた攻撃だ。
薫子によれば義理の姉妹二人がガッチリスクラムを組んで『お式とドレスはフランスの方が素敵よね~』とか精神攻撃されて大ダメージを受けたらしい。
薫子の所属団体の本拠地はフランスだ。
「いや、あの、まだそこまでたどり着いていなくて・・・」
「三回も婚約して、まだ、たどり着けないと言うのか、フランスでは事実婚が当たり前らしいがな。
お前達が二人共子供が授かりにくいのも、別の相手を選んだ方が少しでも確率が上がる、という話も前回の婚約解消した時に聞いたがな。」
詭弁でも、他人の身体で勝手に子どもを作れないジントと、性同一性障害で身体は女性だが、自分の中で胎児が育つことが受け入れられない薫子が、『子供を授かるのは難しい』のは本当の事だ。
「もう良いじゃないか、何度別れても結局縒りを戻すんだから諦めろ、
一人もいないならともかく、俺達が頑張って息子が三人で孫が五人も居るんだから、親父や母さんも薫子さんに酷い事は言わないさ。」
これと同じ説得を、薫子の方もされたんだな。
困った、隠したい訳ではないのに、一つ隠し事があると嘘が次々積みあがる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セトやツィタ達のような、薫子の関わった患者達は日本に来て、浩輔の知り合いの伝で生活の場を得ている。
以前の受け入れ先は、杉本老人の知り合いの工場や農家が多かったが、最近は賢亮の系列会社が積極的に名乗りを挙げている。
ツィタもセトも対人地雷で手足を欠損する大ケガをして、薫子が応急処置をしたが現場では薬品も設備も不十分だった。
パスポートもビザも無しに患者を病院の敷地から一歩も出さない条件で、浩輔が欧州の医療施設へ入院させたのだが、治療中に彼らの祖国が亡くなってしまったのだ。
その彼らの義肢の開発をしている会社も、賢亮の会社の系列だ。
法律上の相談に乗るのは弁護士の大翼。
婚約していても解消しても、医者として彼らの予後を知りたい薫子は自然に高村家の人間と顔を合わせる機会が増える。
「お前はいつ帰れるんだ?」
「ホントに何時デショウネ。」
もういつ帰っても十分な程学んだ自負はあるが、使徒からの呼びかけは、とんと無い。
本物の『高村浩輔』が帰ってきた時に、見知らぬ妻と子供達がいたら驚くだろうと思って、始めた婚約偽装だったが、いつまでたっても彼らの魂は戻されない。
「でも、いくら何でも自殺をする訳には・・・」
「それは確かにそうだな。」
死んだら、魂を抜いて二人を元に戻すとは聞いていて、実は故意に危険地帯で無茶をしているが、さすがに死体が回収できないような谷底などに浩輔の身体を落とす訳にはいかない。
世界一高い山を降りた時から、もう何時戻されても良いと思っているのに、ジントが危険を控え過ぎているのか、使徒に与えられた加護が強過ぎるのか。
さすがにジントも、こればかりは薫子に迷惑をかけている自覚はある。
四月の新年度で忙しくなりますので、後半ストック分を投稿します。
まだ書き足りないのですが、後からこっそりと追加でお話を挿入します。
次回から、ざまぁ回ですが『残酷な表現があります』は本気です。(私基準)




