雨、止まぬ悲しみ
雨の中を歩いていくと、石造りの小さな教会がぽつりと建っていた。
「ここだよ」
少女は躊躇いなく入口の扉を開けると、早く来いと俺を手招きする。
「……なんか、意外だな」
「何が?」
「お前のイメージが」
なんか、木の上とかに住んでそうなイメージを勝手に持っていた。
「ふーん、まぁいいや。早く入って入って!」
「へいへい」
言われるがまま、俺は教会の中へと入る。教会の中のひんやりとした空気が、びしょ濡れの体を更に冷やしていった。
「っぶぇっくし!」
思わずくしゃみが出る。なんだか心なしか、ぼーっとしてきた。本当に風邪でもひいたんじゃないだろうか。
「ちょっと待ってて、着替えとタオル持ってくるから!」
「あ、おい待て……」
俺の呼び掛けも間に合わず、少女は奥の扉へと消えてしまった。
「はぁ」
追いかける気も起きないので、ひとまずその辺にある座席に腰掛ける。木製の椅子が、とても冷たかった。
特にすることもなく、教会の中を見渡す。恐らくここは礼拝堂だろう。長椅子が6つ、真ん中の道を挟んで対称に置かれている。正面には女性の姿を写したステンドグラスが広がっていた。
「……クソ神が、本当にいるならブチ殺してやる」
思わず怨嗟の声を漏らす。運命とやらが本当にあって、それを神様が決めているのなら、俺は絶対に許さない。
「いや、逆か。誰かのせいにでもしなきゃ、やってられねぇのか」
そのままステンドグラスから視界を上に向ける。高い天井には、古びたシャンデリアがぶら下がっている。煌々とした光が、礼拝堂の中を照らしている。
「やっぱり神様なんていねーよ」
誰に言うでもなく、独り言のようにつぶやく。よくわからないが、不思議と怒りが湧いてきた。
俺は別に宗教なんて知ったこっちゃないし、信じるどころか興味すら持たない人間だ。それなのに───
「今この時だけは、何かに縋りたいぜ……」
俺はとことん精神的に追い詰められていく。自論ではあるが、何かに縋るような事になったら終わりだと思う。縋り、祈るような時間があれば、その時間を使って状況を打破すればいい。いつもならそんな考えなのに、今はそれすら出来そうにない。
人を殺す事がこんなにも嫌だなんて思ってもみなかった。どうして俺はこんなにも辛く苦しいんだろうか。記憶を漁るが、やっぱり何一つ思い出せない。
「どうかしたの? やっぱり寒い?」
いつの間に戻ってきたのか、あの少女が心配そうな顔で俺の前に立っていた。手にはタオルと服を持っている。
「ほら服脱いで、頭拭いて。風邪ひいちゃうよ」
「いやいやいやいやいやいや! 自分でやるから!」
「でも、1人じゃ上手く拭けないでしょ? 濡れた服って意外と脱ぎにくいのよ」
少女はまるで母親のように、俺の頭を拭こうとしてくる。そんな事をされたら、恥ずかしさで更に死にたくなる。
「いやいやいいから! 頼むからやめてくれ!」
少女からタオルを奪い取ると、俺は壁際まで後ずさりする。ちくしょう、なんでこんな焦らなきゃならんのだ。
「もー、ホントに風邪ひくよ?」
「いやいや大丈夫! あと、頼むから出てってくれ、脱げない!」
「え、どうして?」
「逆にどうしてだよ!」
イマイチ話が通じない。普通、着替える時は出てくだろう。男と女だぞ、もう少し考えろこの女!
「あ、恥ずかしいの?」
「言わせんな恥ずかしい!」
「えへへ、ごめんごめん」
やっと理解したのか、少女はさささっと椅子の陰に隠れる。
「それじゃ意味ねぇだろうが! この部屋から出てけっつーの!」
「やだ」
「こんのクソ女……」
「見ないから! ほら、ちゃんと目も瞑るから!」
両手を目に当てて、見えないアピールをしてくる。もう、色々とめんどくさい。
「見たらホントに怒るからな」
「はーい」
あまりのめんどくささに、俺は諦める。この少女、めちゃくちゃ頑固だ。その上どこかズレてるから更にめんどくさい。
濡れた服を脱ぎ、濡れた体を拭いて置いてあった服に着替える。黒いズボンと、ワイシャツのシンプルな服装だった。
「あたしね──」
着替えてる最中、少女が椅子の陰からぽつりと話しかけてきた。
「あたしね、同年代の人と話すの初めてなんだ」
「……へぇ」
先程とは違い、とてもとても悲しそうな声だった。雨が屋根を叩く音が、どうしてかとても遠く聞こえる。




